第二章 吸血鬼な女の子との生活は理性を保つのが難しい

第6話 ふわトロにしてね♪



「ふんふんふ~ん♪」


 リビングから月菜の鼻歌が聞こえてくる。


 月菜と語り明かしてから数日。


 あの日から俺と月菜の間にあったよそよそしさというか、遠慮というかそういうのはすっかりなくなった。


 ソファに寝っ転がって足をパタパタさせながらテレビゲームをするくらいリラックスしてくれてるし、早くもこの家に馴染んでくれたのなら俺も嬉しい限りだ。


 そんな可愛い妹に微笑ましく思いながら料理の続きをしようと手元に視線を戻して。


 ——ピロロロン♪ ピロロロン♪


「お、月菜~お風呂空いたからご飯できる前に入ってきちゃいな」


 お風呂ができた合図が鳴ったからリビングにそう言うと、ソファに寝転がってた月菜がぴょこんと頭をだした。


 さらりと吸い込まれそうなくらい綺麗な黒髪を揺らして、すれ違えば絶対目で追ってしまいそうになるくらい綺麗な美貌がこっちを向く。


 ただ、その表情はちょっと曇り顔だ。


「え~、お風呂苦手。昨日入ったし別にいい」


 彼女は吸血鬼だからかあんまり湯船につかるのもシャワーを浴びるのも好きじゃないみたい。


 でも、今日は入った方がいいと思うなぁ……。


 俺は苦笑しながら月菜を説得する。


「でも、今日は月菜の引っ越しの荷物を開けたりして埃とか被ったかもしれないから入ってきな。もうすぐ夕飯もできるから」


「むぅ、わかった」


 渋々って感じに月菜が立ち上がってリビングを出ていく……が、ドアを開ける前にこっちを振り向いて。


「兄さん。ちなみに、ご飯はなに?」


「オムライスだよ」


 俺がそう答えると、月菜のさっきまで仏頂面だった表情が輝いた。


 月菜と語り合った日に月菜の好物がオムライスってことを知ったから作ってあげようと思ったのだ。


 月菜は吸血鬼だけど、もちろん血以外の食べ物を食べるし、飲み物も飲む。


 ただ血液が一番栄養摂取に向いてるだけで普通の食事ができないわけじゃないらしい。


 実際に歓迎パーティーをしようとしたときに作った料理も美味しい美味しいって言って食べてくれたし。


「ほんとっ!」


「おう、だからちゃっちゃと入ってきな」


「うん! ふわトロにしてね♪」


 愛らしくウィンクした月菜の着替えを取りにパタパタとせわしなく廊下を駆けてく音を聞きいて、また自然と笑みがこぼれた。


 なんていうか月菜と生活するようになってから、俺の表情は結構柔らかくなったと思う。


 ちなみに、俺の呼び方だけどあの夜の日に「お兄ちゃんってなんか子供っぽいな」って言ったら、めっちゃ子供っぽく頬を膨らませて「……じゃあ、兄さんって呼ぶことにする」ってなってお兄ちゃんから兄さんになった。


「まぁ、それでも時々子供っぽいしぐさとかするけど」


 そうぽつりとつぶやいて、さて改めて料理の続きといきますかって腕まくりをし直した時だった。


「えっ……」


 その時ふと、キッチンに立つ俺の視界の隅をナニかが横切った気がする。


 いや、まぁ、一瞬見えたのを具体的に言えば黒くて、素早くて、見たらなんか背筋がぞわぞわってするやーつ。


「いやいやいや、ないないない!」


 ここは俺の勝手知ったる支配地、アリの一匹、ましてやアレに侵入されないよう細心の注意を払ってるんだ、だからきっと幻覚とかで……そう、俺は疲れてるんだ! はっはっは!


 そう気のせいだと笑い飛ばそうとしてみるけど、確実にそこにいるとういう強烈な気配を感じる。


 きっと俺の主婦力が高すぎて、キッチンの侵入者の気配を察知する能力が高いんだ。


「よし落ち着け、こういう時は一度深呼吸をして、現状を受けて止めてから——」


 心臓がバクバクするのを抑えようと空気を吸おうとしたその時、キッチンの奥の壁についた黒影が少し動いた。


「——でゅふふうう」


 やっべ、なんか自分でもどこから出たのかわからない声が出た。


 とういうか、なんでアイツが我が家にいるんだ! 虫が大嫌いな俺は毎月一回は駆除剤ばらまいてるといのに!


「……そういえば聞いたことがあるな」


 あの黒い悪魔はダンボールに潜んで日本全国に配送され生息域を広げていったのだという。


 つまりはあれか? 月菜が持ってきたダンボールの中に潜んでいたと? それで、今日開けた時に出てきやがったのか!


「考えろ、考えるんだセイヤ・ヨイタニ。ヤツを滅する武器は一応キッチンに常備してあるんだ。しかし今は料理中、もう完成間際でスプレーの類は使えない——つんだな」


 うん、完璧にこれはつみだ! どうしようもできん!


「……いや、本当にそうか?」


 確かに、俺一人なら完全に詰みだが、この家にはもう一人、月菜がいる。


 月菜は人間じゃなくて吸血鬼だし、もしかしたらゴッキーも平気だったりするかもしれない。


 正直、この考えは兄として……いや、男としてどうかと思うが背に腹は代えられぬ。


 もう月菜を呼ぶしか手は残されてないのだ!


「月菜! ちょっとこっちき——」


「うっひゃああああ!」


「——うぇっ?」


 頼みの綱を呼ぼうと、廊下に続くドアに叫ぼうとしたら、その声がこれまたどこから出てるんだろうって感じの奇声とともに勢いよく開かれた。


 そこから飛び込み前転するみたいに飛び出してきたのは俺が呼ぼうとした月菜である。


 もうちょい詳しく言えば服を脱ぎ途中の四捨五入したら裸になるような恰好の月菜だ。


 細くしなやかなシミ一つない綺麗な身体で以外にも色は黒でなかなかセクシー。


 それにしても、呼んでから来るのが早すぎないか? 脱衣所の床に下着姿でクラウチングスタートでもしてたのか?


 それから月菜はごろごろと床を転がってきたと思ったら俺に突っ込んできて抱き着いてくる。


 服の上からだと分かりにくかったけど結構ある形にいい胸が押し付けられて「ふにょん」って感じに形を変えて柔らかさが伝わってきて、男なら理性を崩壊させうる事態だけど今の俺はそんな余裕はない。


「る、月菜? 突然何を……いや、今はそうじゃない! 月菜、Gは大丈夫だったりする?」


「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」


「え? どうした?」


「じょじょじょじょじょーじ!」


「?? ジョジョ?」


 月菜はなんかスタンドでも現れたかのようなことを叫びながら涙目で必死に何かを伝えようとドアの向こうを指さしてる。


 その向こう、廊下を挟んだ脱衣所兼洗面所を見て絶句した。


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