第一章 妹は夜のお姫様
第1話 ——お兄ちゃん?
翌朝。
「うぉ……ねみぃ……」
俺は盛大に寝坊をかましていた。
普段なら春休みとはいえ割と規則正しい生活を送ってるために、昨日みたいに夜更かしするとこういうことがままある。
とういうのも、昨晩に父さんがあまりにも心が痛んでいたみたいで、それはもう妄想の新しい家族の話をされたために、これはどーにかせんとと思って原因とか対策とか色々考えてたのである。
原因としては思いついたのは、やはり母さんを失ってしまったことが未だにショックなのか、はたまた世界でも有名な名医ってことで仕事のストレスを感じて抑制しすぎた結果なのか、とか。
もしそうならば対策としては、父さんの職場の病院の精神外科医の先生に診てもらうとか、可及的速やかに父さんのことを支えてくれる女性を見つけるとか。
それで、父さんは精神外科医ではないけど医者の息子なりに色々考えてみた結果、あまり効果的なのは思い付かなくて、結局俺が今すぐできることとしては今まで以上に自立して父さんに心配かけて負担にならないようにとかしか思いつかなかった。
しかしまぁ、昨日の妄想の家族の話をする父さんはなんというか幸せそうだった。
再婚相手のるみさん? は、すごく美人だとか、それに似て義娘のるなちゃん? も、すごく可愛いとか、四人で生活を始めたらるみさんと俺が作った料理を毎日食べたいとか、俺とるなちゃんの成人式は着物にするかスーツにするだとか。
そして、最初の方は俺も姉妹ができたらとか思いながら聞いてたけど、流石に妄想義娘のるなちゃんが嫁に行くところを妄想して泣き始めた時は苦笑いも顔を引きつることもできなかった。
父さんが語った家族像はそれはもう暖かい家庭だったけど、それは現実じゃなくて父さんの妄想だと思うともう真顔しかできない……父、哀れ。
妄想なんだよって言っても、頑なに認めてくれなかったし。
何がどう追い詰められてそんな情緒不安定になるのか分からなかったけど、人は追い詰められるとああなってしまうのかと悟りを開いた気分だった。
「ほんと、父さんはいったいどうしたんだろ? ……ん?」
さてどうしたものかと思いながら自室から出て、一階にあるリビングに向かうとテレビの音と父さんの声が聞こえてきた。
「まだ家出てなかったんだ」
昨日また一か月くらい家を空けるって言ってたかし、俺は寝坊しちゃったからてっきりもう仕事に向かったと思ってたんだけど。
まぁ、もしかしたら仕事は昼からなのかもな~って思いながらリビングのドアを開けて……俺は固まった。
「おは……え?」
「お~、星夜、おはよう。今日は遅いな」「あら、あなたが星夜くんね。おはよう」「おはよ」
なぜか我が家のリビングにはいつも通り見慣れた父さんと、見慣れないなんかすっごい美人なエプロンを着た女性と、その女性に似た女の子が自然といるではないか。
「ん、ん~? 夢かな? もっかい寝よ」
うん、きっとそうだ。
だってさっきの光景……笑顔の父さんと俺に、向かって手を振るキレイな女性、イスに座ってトーストをかじってた女の子、ここに俺が加われば昨日父さんが話してた妄想の家族のまんまになるし。
きっと、昨日父さんに散々妄想家族の話をされたから俺の夢にもそんな家族が出て来たんだろう。
それか寝不足で幻覚が見えてたのかに違いない。
そう思って、俺は来た道を戻ってもう一度ベッドの中に入って寝なおすことにした。
やっぱり、昨日寝不足だったせいか俺はベッドに入るとすぐに寝ることができた。
■■
「——きて」
「う、ん?」
ゆさゆさと誰かにゆすられる感触がして、ぼんやりと意識が覚醒し始める。
あ~、けど、もう少し寝てたい……寝よう。
なんとなく人の輪郭が俺の上に見えたような気がしたけど、気にせず夢の中へ~。
「おきて! がぶっ!」
「——いっ!?」
腕に鋭い痛みが走って慌てて飛び起きる。
「あ、おきた」
「うぇ……?」
すると目の前に俺の腕に鋭い八重歯を突き立てる見知らぬ少女の顔があって、思わず呆けた声が出た。
え、誰だこの子……寝てる俺の上に乗って……まさか夜這い?
「お母さんたちが呼んでる」
と、少女は平たんな声でそう言う。
お母さんって……あ、よく見るとこの子、さっき夢で見た父さんの妄想義娘のるなちゃん。
あ、まさかまだ夢から覚めてない感じ? いやでもさっきチクッとした痛みは感じたし……。
というかなんで俺はマウントポジションを取られてるんだ? ……まさか、父さんの妄想が俺にもうつって妄想の義妹を見てるのか? もしかして本能で義妹に乗っかられたいとか思ってるのか俺?
「お~い、月菜ちゃん! 星夜のやつ起きたか~!」
俺がまさかなって思いながら未だ寝ぼけ中の混乱してる頭を必死に回してると下から父さんの声が聞こえてきた。
「ほら、呼ばれてるから行く」
「え、あ、ちょっ!」
目の前の少女は父さんの声が聞こえると、俺の腕を無理やり引っ張って玄関に連れてこられた。
そこには旅行鞄を持った父さんと、父さんの妄想妻のるみさんがいた。
「やっと起きてきたか。時間がないから手短に紹介するな、再婚相手の
「
そう自ら名乗った女性は、腰まで伸ばした綺麗な黒髪に抜群のプロポーション。切れ長の瞳には妖艶さを滲ませつつも、俺を見るまなざしは優しさが溢れてて、なんといか母性を感じる。
「おいおい、月美さん。あなたはもう宵谷だろう、俺たちは結婚したんだから」
「健星さん……うふふ、そうだったわ」
ちなみに
で、父さんは本当に手短に紹介したと思ったら、いつの間にか二人の世界に入ってらっしゃる。
俺はというと、ただいま混乱の境地にいた。
流石にここに至っては父が再婚することが妄想であるとは思ってない、けどなかなか現実を受け止めきれない。
だって、昨日のあれは完全に頭パーになった父さんの哀れな妄想だと思ってたのに、次の朝になったらいつの間にか家族が二人増えてて、しかもその相手は美人局を疑うほどのめっちゃ美人で、正直『はぁ?』って感じだ。
「健星さん、そろそろ」
「あぁ、もうそんな時間か。星夜、昨日話した通り俺たちは一か月くらい家を空けることになるから、家のことを頼むぞ!」
「星夜君、月菜のことお願いね! 手のかかる子だけど悪い子じゃないから」
「えっと……わかりました?」
ほんとはよくわかってないけど、とりあえず頷いておくと、二人は満足したようにうなずき合って腕を組んで出て行った。
残されたのはやっと頭で整理できてきた俺と。
ちょんちょんと裾を引かれて振り返る。
「これからよろしく、星夜——お兄ちゃん?」
「——ぐはぁっ!」
……訂正します。
残されたのは上目遣いでお兄ちゃんって呼ばれて悶える俺と、なんか天使みたいな新しい妹でした。
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