☆8‐11 辰生side
『はい、ポイント十一、制圧完了、っと。』
「ポイント十一の制圧、了解しました。損害および不足物資は?」
『損害無し。
「任務了解!」
辰生は刀堂家の居間で、二台のパソコンを前に、タブレットを片手に、携帯を傍らに、長距離用無線機を装着して、あらゆる情報の集積と共有の役を担っていた。どうして一般農家に長距離用無線機があるのかと言うと、その昔、実験と称して母・紫が大量に購入してきたからである。そんなことなど知らなかった辰生だが、『……まぁ少尉の家だから、何があっても不思議はないか』と自分の中で勝手に納得していた。
得た情報は小まめに整理しながら、再確認を繰り返す。
(朱将さんがさっき警察署に向かって……黄佐さんがポイント一、三~五、八、十一を制圧。拓彌さんたちが二、六、七、九を制圧、十と交戦中……うん、優勢だから大丈夫だ。残り五カ所で次は十二ね、えーっと、情報を黄佐さんに送信っと。あとは――)
「良平さーん」
「おうッ! 任務ッ?」
「はい。黄佐さんにFを三つ運んでください」
「了解ッ!」
地図の上に赤いバツ印が次々書き込まれていく。いずれも、ユウレカおよびM=Cの戦闘員たちの潜伏先だ。ここを九時までにすべて潰してしまえれば、組織間の武力衝突が発生したとしても、かなり小規模に抑えられるはず。ついでに、朱将の交渉が上手くいったら、これらの作戦行動をすべて『stardust・factory』の手柄として、恩を売ろう、とのことである。
しかしものすごいスピードで進んでいくものだ、と辰生は改めて感服した。味方だから安心していられるが、絶対に敵には回したくない。
(……というか、どうして、黄佐さん一人の方が早く制圧できるんだろう? いくら能力封じの音源を持っているとはいっても……)
先程、ユウレカのパソコン内で発見した、あんち・ぷしちく・そにく――『ANTI・PSYCHIC・SONIC』は、黄佐が手を叩いて喜んだほど重大なものだった。和訳されると、その重大さに辰生もすぐに気が付いて、黄佐とハイタッチを交わした。
――即ちそれは、能力封じの音波ファイル。
辰生は『電光会議室』をちらりと覗き込んだ。さっきから話題は、辰生が提供し解析を求めた、能力封じ音波のファイルに関する考察一色になっていた。一秒で五、六個の発言が流れていくから恐ろしい。だというのに、だ。
>1527:ハンニバル やはりこれまでの見解で正しかったんですよ!
>1528:bbsb 能力は第六感である、という捉え方か。
>1529:bbsb ということは、このファイルは閃光弾みたいなものか。
>1530:ハンニバル 能力は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に次ぐ第六の知覚であるという説が断然有力になりまして、それならば、閃光弾のような感覚で、音によって能力を封じることも出来るということですね!
>1531:ハンニバル あっ、bbsbさんの繰り返しになってしまいましたね。すみません
>1532:bbsb お気になさらず。
>1533:M&Ms ねぇねぇ、能力封じに名前付けにゃい?
>1534:ぱっくまん お前まだその語尾引きずってたのかよ気持ち悪ぃ
>1535:ぱっくまん→りんどぶるむ ポイント十五に十六が合流。
>1536:ハンニバル→りんどぶるむ ユウレカ内で襲撃情報が回り始めたようです。ポイント十二から十四が移動を開始。
こっちが頼んだ仕事も完璧なんだよなぁ――警戒を促すようなアラーム音とともに辰生宛の発言が現れて、辰生は素早く「了解しました!」と返した。
同じ内容を黄佐と拓彌たちに送信する。
(ポイント十五と十六はM=Cの潜伏先だ……ってことは、ユウレカ内だけじゃなくって、M=C内でも情報が流れ始めたと見て良いな。まぁ、気付かれない内に三分の二を潰せたんだから上々か……。こっからは少し、危険になるな……。黄佐さんは、あらかた潰せたらそれで良いって言ってたから、ここらが切り上げ時かな)
不意に携帯が鳴り出したので、辰生は反射的にそれを取り上げた。視線はパソコンに貼り付けたまま、器用に応答する。
「もしもし?」
『朱将だ。交渉成立。山瀬と牧野を連れて、今から帰る』
無愛想で端的な報告は、辰生が「了解しました!」と返すより早く切れてしまった。しかし辰生は気にした様子もなく、携帯を放り出して「うしっ!」とガッツポーズを決めた。そしてすかさず、無線機に喋る。
「黄佐さん、聞こえます?」
『はーい、なんかあった?』
「星屑との交渉、成立です!」
『お、マジで? おっしゃっ!』
黄佐の喝采が聞こえた。
『よっし、拓彌さんたちには、今やってるとこが終わり次第帰投するよう伝えておいて。こちらはあと3分で帰投する』
「あ、補給のために良平さんがそちらに向かってます。合流後に移動願います」
『そっか。了解!』
辰生は、なんだかわくわくしている自分を自覚していた。
(リアル戦略ゲーみたいだ……っと、待て待て)
慌てて頭を振って気を引き締める。
(これはゲームじゃない。人命を懸けてやってんだから……絶対に、最後の最後まで、一手も間違えられない。いや、間違えない!)
再び画面に向かってキーボードを叩き始めた――その時。
「っ!」
けたたましい警告音が鳴り響いた。
「っと、これは……あれか!」
すぐに警告の内容を思い出す。監視していたユウレカのパソコンに仕掛けておいた罠が作動したのだ。自分以外の誰かが、間違った手順でパソコンを操作した場合、自動的に発動、パソコン内のデータを壊す。また、もし遠隔操作された場合は、それをした別のパソコンにもウイルスを流し込む仕組みだ。辰生は素早く追加命令を下した。ユウレカのネットワークへ侵入を試みるが、
「……ちっ、隔離された。さすがに、駄目だったかー」
やはりそう簡単にいく相手ではない。辰生は頬を掻いて、すぐに気持ちを切り替えた。罠の後始末と追撃への防御策を講じる。情報を制する者は世界を制するのだ。こちらの情報拠点を割り出されてしまったらかなり劣勢に追い込まれてしまう。
「さて、と――」
凝り固まった肩甲骨周辺を伸ばして、考えを巡らせる。
(ユウレカに情報が流れた。監視の再配備、されるかも。ポイント十二から十四の連中がM=C第一支部に向かって行ったら、少尉の移送用の人員とみていい。投入された人数的に、M=Cとの全面衝突は考えていない、かな。反能力音波を使って逃げ切る算段だろう。この分だと第一支部は黙っていても解放……というか放棄されるし、星屑はこちら側に付いた。あとは……)
「――少尉だけか」
辰生は眉根を寄せた。
(少尉……大丈夫かな。変に律儀で真面目で傷付きやすい、我が友人は。変なことをされてないかな。脅されたり、傷付けられたり、怖い思いをしてないかな……いや、誘拐されたって時点で、普通“怖い思い”か。誘拐なんてされたことないから分かんねぇけど……)
ためしに想像してみて、身震いした。辰生の貧困な想像力は映画のワンシーンを引用しただけだったが、思わず歯を食いしばる。
(怖い。これはヤバい。怖すぎる)
M=C第一支部に連れていかれたらしいことが確かになりつつある今となっては、どうしてすぐに助けに行かなかったのか、と怒りさえ覚えるほどだ。
(……頼むから、どうか無事で)
一瞬だけ瞑目して、辰生はすぐさま、ブルーライトに目を凝らした。
居間の扉の向こうで、玄関が開き、朱将の声が「ただいま」と告げた。
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