☆1‐4

 夜の閑静な住宅街に爆音が響き渡った。コンクリートが砕けて塵が舞い上がる。

 爆発を起こした張本人たちは、砂埃の一歩外側で、青尉の影を探していた。片方は小柄な女で、長いコートを着込んでいる。もう片方は長身痩躯の男だった。


「油断するなよ」

「はい」


 返事をした方が長いコートの内からナイフを数本取り出し、頭上に浮かべた。

 自分たちが獲物としている輩のしぶとさは嫌と言うほど聞かされている。油断しては返り討ちに遭う。結果も見ずに安心することはできない。


 風に流され埃が消えていく。


 その様を、青尉はから見下ろしていた。

 ようやく敵の姿が見えた。


(小さい方がナイフ使い、でかい方が爆発系の能力者か。たぶん、金属が媒体なんだろうけど……面倒だな)


 青尉は電線の上から二人めがけて飛び降りた。胃を絞られたような感覚に襲われるが、もう慣れきっている。

 落ちながら左手でシャーシン――市販のシャープペンの芯だ。何かの隠語でも、特別な物でもない――のケースを開ける。蓋がくるくる回転するタイプの物だ。青尉の愛用品。固さは3H。ぴったり三本だけ出して、右手に乗せ、変形・・させる。

 落ちてくる青尉に気付いて、チビの方がナイフに指令を与えた。真正面からナイフが飛来する。だがそれらは青尉の振るったに砕かれあっさり散った。


 数多ある破片の内の数十個が光を放つ。

 爆発。先程より媒体が小さい所為か、威力は下がっている。しかしまともに受けたら致命傷は免れ得ない。


 なので青尉はまともに受けなかった。

 爆発を予期していた青尉は、ナイフを砕くと同時にポケットから別のシャーシンケースを取り出して、自分の周りにばら撒いていた。間髪入れずに変形・・させる。

 アメーバのようにぬるりと広がったシャーシン――だった物――が、破片を全て飲み込んだ。

 真っ黒い球体に包まれた瞬間に破片が爆発したが、球体は完全に衝撃を吸収し、ひび一つ入らない。


 ――青尉の能力は【シャーシンの変形】だった。

 一見すると地味なように思えるこの能力だが、青尉はそれを見事に使いこなし、一騎当千と言わしめるまでの実力を身に付けていた。

 要はどんなものも使いようなのだ。道具の良し悪しに関わらず、使い手の力が全てを左右する。どんな名刀も使い手が悪ければただの鈍ら。反対に、達人は紙一枚でどんなものでも切り裂ける。つまりは、そういうこと。


 危うげなく着地した青尉は、近くにいたでかい方に斬りかかった。

 しかし相手も素人ではない。青尉の動きに反応して、でか物はバックステップ。広がった合間にチビの方が素早くナイフを滑り込ませた。

 破砕音。再びナイフが砕け散る。そして爆発。


(へぇ、なかなかチームワークいいなぁ)


 青尉はさっき使ってそのままだった4Bシャーシンのアメーバを利用し爆発を防ぎながら、呑気にそう思った。

 4Bは衝撃には強いが、柔らかいためすぐに磨耗して消えてしまう。盾にしていたアメーバは、最初の半分の面積になっていた。対する3H――剣にして青尉が握っているやつ――は、斬れ味がよく持久性もあるのだが、衝撃に弱く割れやすい。ナイフを何本も砕いた衝撃で、一部が欠けてしまっていた。所詮はシャーシンである。ありがたいのはコストが低いことだ――少なくとも、ナイフよりは。


 青尉はポケットの中をまさぐりながら、敵方を見遣った。


(昨日俺を追いかけてきた奴らとは違うみたいだ。チビな方は女らしい。ざんばらな短髪に猫みたいな吊り目。でかい方は男。身長……一九〇はあるな)


 どちらも胸元に星のワッペンを着けていることに気が付いた。所属を表しているのだろう。青尉は眉を顰めた。


(星が散らばった模様。どこの組織だ?)


 敵方の二人もまた、距離を取って青尉を見ていた。女の方はすぐ能力を使えるよう、集中するのに必死の形相だ。男の方が冷静に青尉を観察している。


(噂に違わない強さだな。彼のあの能力に制限は無いのだろうか。いくつも扱っていたが……いや、能力も能力だが、それより運動神経が素晴らしい。特に、動体視力と反射速度。私たち2人がかりの攻撃を難なく躱すとは。簡単にはいかないと、知ってはいたが……)


「やはり」


 男があまりにも突然に口を開いたので、青尉は少し動揺して剣先を持ち上げた。


「君は必要な力だ。我々にとって――我々の“目的”にとって」


 青尉はあからさまに顔を歪めた。出たよこの人権を無視した自己中な言い草。俺はこういう奴らは大っ嫌いだ。その瞬間、青尉は彼らを『徹底的に叩き潰してもよい敵』に認定した。

 剣にシャーシンを補充しながら無愛想に言い返す。


「だから、何?」


 男は身長差の所為か、見下ろすような目付きで青尉を見た。その目に青尉はさらに苛っとする――なんだか、見下されているみたいだ。


「私の名は山瀬やませ。彼女は佐久良さくらだ。突然の無礼を許してほしい。君とは良い関係を築いていきたいと思っている。改めてよろしく、刀堂くん」


 あらゆる点で今更だと思ったが、青尉は黙っていた。

 山瀬、と名乗った男は、意外なほど柔らかな良い声で続ける。


「我々は『stardust・factory』という組織に属している。知っているか?」


 『stardust・factory』――その名を青尉は思い出した。確か一ヶ月ほど前になるか、それは突如として世に現れた新興組織である。現れるや否や、日本で権威を振るっていた七つの巨大組織の内一つを完全に潰し、その地位に取って変わったことで一躍有名になった。超新星と言うべき集団なのである――と、いつだったか辰生が、それはそれは楽しそうに語っていた。

 青尉は全力で嫌そうな顔になった。三ヶ月間放置していたトイレの掃除を命じつけられたような気分だった。


「その、有名な、スターダスト・ファクトリーさんが、俺に、何の用があるって?」

「分かっている上で聞いているのだろう? 我々は君を勧誘に来たのだ」

「断る!」


 青尉は即答した。そのまま、有無も言わさぬ口調で捲し立てる。


「悪いけど他を当たってくれ。俺はあんたらに協力するつもりはないし、今のところ、いや今後ずっと、どこの組織にも入らない。何を言われようと無理なものは無理、嫌なものは嫌だ! それが用ならとっとと帰ってくれ。二夜連続で面倒事に巻き込まれて、こっちは最っ高に機嫌が悪ぃんだ。でもって“仲間にならないなら他の組織に取られる前に殺しとく”とかって、んなくだらねぇこと言うんだったらマジで斬り刻む!」

「では君は、知りたくないのか? 君があらゆる組織に狙われる理由を。」


 青尉の全力の脅しをいとも簡単に受け流して、山瀬は淡々と言葉を繋げた。

 不覚にも青尉は戸惑った。今もしも攻撃されていたら、きっと避けられなかったことだろう。


(俺が狙われる理由、だって? そんなの……そんなの、知りたいなんて……)


 青尉は奥歯を噛み締めて、山瀬を睨み直した。相手のペースに乗せられてはいけない。情報は確かに重要だが、身を売ってまで得たい物でもない。


「……その様子を見ると、靡いてはくれないようだな。ならば残念だが、ここは一旦引くことにしよう。邪魔者どもも来ているようだしな。」


 山瀬が残念そうな光を目に浮かべて、あっさりと踵を返す。それに合わせて、佐久良といった女の方もナイフを仕舞った。

 肩透かしを食らって、青尉は戸惑った。


(え? なにそれ? いや、あっさり終わってくれるのは願ったり叶ったりなんだけど……)


 戸惑い、混乱して、思わず緊張が緩む。その彼を、山瀬は不意に首だけで振り返って見た。


「刀堂くん、君はいずれ、組織に入るよ。君はまだ“本当の理由”を分かっていない。君のその能力は、君が思っている以上に希少なものだ。実力的にもそうだが、それを差し引いても、簡単には捨て置けないほどの価値がある。君はこれから、もっと大きな争いに巻き込まれるだろう――まぁ、自覚するのはそれからでも遅くあるまい」


 山瀬は薄く笑った。その笑みは青尉に寒気を与え、思考判断を凍り付かせた。だからだろう、


「ただ、実力の差だけは今すぐ自覚しておいてもらおう。」


 続いたその言葉の意味を、青尉は咄嗟に理解できなかった。しかし理解できるだけの猶予も与えられず、足元で唐突に――本当に、直前に光るとかそういう予兆も無く――起こった爆発に吹き飛ばされて、意識を刈り取られた。


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