能力者たちの千夜一夜

井ノ下功

第零夜

 いろんな服、ばらばらな年齢、男女混合、一見しただけでは何の共通点も見えてこない十数人の人々が青年を取り囲んだ。彼らの胸元にはブランドのマークのように、煌びやかなデザインをされた『M=C』のロゴが入っている。共通点はそれだけ。

 囲われた青年は嫌そうに自転車から降りた。


「用件は分かっているだろう? いい加減、大人しく付いてきてくれないか?」


 集団のリーダーと思しき男が、尊大な態度で言った。


「抵抗しなければ危害は加えるつもりはないし、大丈夫、悪いようにはしない」

「……それ、悪人の台詞だぞ」


 青年は溜め息をついた。


「何度も言うようだけど、あんたらみたいなテロリストの仲間にはならない。いや、たとえあんたらがテロリストじゃなくても、俺はどんな組織にだって入るつもりはない。いい加減諦めてくれ。こっちはもううんざりなんだ」

「そうか。それは残念だ」


 言葉ほど気にしてないように首を振った男が、手を前にかざす。そこから“何が出てくるか”を知っている青年は、素早くポケットに手を突っ込んで、武器でも防具でもある“物”を取り出した。



 夜の街中に、火柱が上がった。




 ――この世に“異能力”が現れたのは昔のことではない。『十年一昔』と言うからには、九年前の二〇二〇年を『昔』と言うことはできないのだ。

 それは突如として現れた――正確に言うと、公になった。本当はもっと昔から存在してはいたのだが、それは極秘のものだった。だから、何も知らない一般人には、突如として現れたように見えたのである。

 理由? そんなものを知っているのは神様だけだろう。人類には、神様が気まぐれを起こしたのだということしか分かっていない。

 サイコメトリーだとかテレポートだとか、非常識的かつ非科学的である人智を超えた能力。それらをその身に宿しながら、使い道に戸惑う人々、あるいはその力で他を圧迫したい人々は、自然と集まり協力しあうようになった。

 そうして幾つもの集団が作られた。

 それらは分解、併合を繰り返しながら発展していく。

 やがて、自然の摂理に則り、より強い集団が弱い集団を支配するようになっていった。ピラミッド型の勢力図が出来上がったのである。今、その頂点には七つの組織が仁王立ちしている。

 その内の一つが、今まさに青年を追いかけ、追い詰めようとし。

 反対に追い詰められている組織の支部である――




 青年は壁際に追い詰めた一人に向かって、闇と同化した剣を振り下ろした。破砕音が響き、敵の背後の壁が大きくえぐれる。わざと当たらないように避けたのだ。

 死の危機に瀕した敵の方は、腰を抜かしたのかその場にずるずると座り込んだ。

 青年は自分で作った溝に足を掛け、一気に壁を飛び越えた。

 追おうとした人々をリーダーが止める。


「もういい、今日は止めだ」


 集団の数は最初の三分の一ほどになっていた。青年が逃げながら着実に削っていったのである。中には自滅した者もいたが。強すぎるだろうアイツ、とリーダーは溜め息をついた。


「どちらにせよ、この敷地内に俺たちは入れないしな」

「わかってるじゃないか、『マッド=コンクェスト』」


 壁の向こうから別の声がした。


「『賢老君主』か」リーダーは憎々しげに舌を鳴らした。「わざわざお出迎えご苦労さま」

「どういたしまして。ついでに潰してやろうか?」

「いいや、結構。今帰るところだ」

「――……あのな、『マッド=コンクェスト』。うちの生徒にちょっかい出すのは、もう止めてくれないか」


 真摯な語りかけに、しかし男は応じなかった。


「もしもアイツが『賢老君主』の人間だったら、言う通りにしただろうな。分かってるだろう。アイツはただのはぐれで、俺たちは一般人の言う事には耳を貸さない」

「……」

「ま、できる限り殺さないように気を付けてやろう。それじゃあな、先生?」


 皮肉を込めてそう言ったのを合図に、一人の男が手を鳴らした。音が響いた次の瞬間、集団は完全にその場から消え去っていた。

 壁の向こうで嘆息。


 能力者たちの夜は、まだ始まったばかりだ。



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