オリビアの恋と3人の護衛侍女
青空一夏
第1話 憧れのハミルトン様と婚約した私
私、オリビア・ベンジャミン男爵令嬢は2年前までは平民だった。お父様が男爵の爵位を没落した貴族から買ったので、私は末端貴族の仲間入りをした。雲の上の存在のハミルトン・パリノ公爵とお会いしたのは、初めて私が夜会に出席した日だ。
「あら、やだ。なにかおかしな匂いがしませんこと?」
「えぇ、なにやら場違いの方がいらっしゃるようだわ」
「最近、貴族の爵位をお金で買う豪商が増えて、社交界も質が落ちましたわねぇ~」
初めての夜会で、社交界の嫌みマダムの皮肉の洗礼を受け、私は庭園で一人でため息をついていた。そこへ、ちょうどハミルトン様が通りがかって、声をかけてくださった。
「美しいレディ。気分でも悪いのかい?馬車まで送ってあげよう」
藤色の髪と瞳の類い希な美青年に、私は一目で恋に落ちた。優しく手を取って、馬車までエスコートしてくださったことがまるで昨日のことのように思い出せる。その後も、何度も夜会や舞踏会でお見かけしたけれど、それっきり、親しくお話することはなかった。
☆
今日のお父様はすこぶるご機嫌が良くて、朝から鼻歌まじりに執務室と居間を行ったり来たりしていた。なにか、重大なことでもあったかのように、執事達も難しい書類を朝からずっとチェックしている。そして私は、その日の夕方にお父様から重大発表を聞かされる。
「オリビア、お前の嫁ぎ先が決まったよ。ハミルトン・パリノ公爵家だ。オリビアの美しさならすぐにハミルトン様も恋に落ちるだろう。なにも、心配しなくていいからね」
お父様が、私の頭を愛おしげに撫でる。
「公爵家‥‥お父様、いくら我が家が富豪とはいえ、身分違いも甚だしいかと思います。あちらは承諾されているのですか?」
「もちろんだとも!パリノ家の筆頭執事が公爵家の全財産を持って逃亡したらしい。私が援助を申し出たのだ。私の自慢の娘の美貌には公爵夫人の地位こそ相応しい」
「そうですわ。でも、もし結婚して嫌なことがあったのなら、帰っていらっしゃい。あなたは、かわいい私達の一人娘なのですから」
「はい、お父様、お母様」
私は、両親に抱きつき、嬉しさに顔をほころばせた。
☆
婚約者として初めての顔合わせは、ベンジャミン家の応接室で行われた。贅を尽くしたベンジャミン家の屋敷は王宮にも引けをとらないきらびやかな造りだった。
ハミルトン・パリノ公爵は、白いドレスシャツにグレーのボトムスで現れた。藤色の髪は少し乱れていてお疲れのようだった。両親が席を立ち二人きりになると、ハミルトン様は私を上から下まで不躾に眺めた。
「お前がオリビアか?ぱっとしない女だな。私を金で買えて嬉しいか?」
その冷たい目つきと同じぐらいの氷点下の声に、私は心臓が激しく波打った。
「最初に言っておきたい。私が貴女を愛することはない。これは契約書だ。貴女は公爵夫人の地位を手に入れ、私は貴女の家から金銭的援助を得る。貴女も私も自由でいよう。話は以上だ」
私の目の前に差し出された契約書には、たくさんの項目が並んでいた。
読み終わらないうちに、ハミルトン様は席をお立ちになり「その書類は、後でサインをして公爵家に使いをだして届けてくれ」と言いながら帰っていった。
ハミルトン様が私と二人っきりでいた時間は、わずか5分もない。しかも、私を”ぱっとしない女”と仰った。私は、ハミルトン様が帰って、しばらくは動けないでいた。
「まぁ、ずいぶん、早く公爵様は帰られたのね?オリビア、どうかした?お顔が真っ青よ?」
「お母様、私は”ぱっとしない女”でしょうか?」
「え?まぁ~、何を言うの?ふふっ、貴女は私にそっくりじゃないの?お母様は若い頃は、ミス・カレブ(※ここカレブ王国の美人コンテストで、容姿に自信のある女性が、王族も貴族も平民も身分に関係なく参加することができる。そこで一位になった女性のことです。)だったのよ?誰が、そんなことを言ったの?」
「‥‥いいえ、誰も。ただ、聞いてみただけですわ」
「もし、オリビアが”ぱっとしない女”ならば、世の中の女性全部がそうなるでしょうね。さぁ、ハミルトン様とは仲よく話せたの?見栄えは素晴らしくいい男性よね?」
「仲よくですか?仲よく‥‥よく、わかりません。けれど、私はあの方をお慕いしていますので問題はありません」
私は、あの初めて会った夜会の日から好意を抱いていたので、ハミルトン様と結婚したかった。
だから、あのばかげた契約書もサインをして公爵家に使いを出した。
けれど、男性からあのようなことを言われたのは初めてだったから、もちろん、心の中はズタズタだった。
(※オリビアは、艶やかな腰まで伸ばした金髪に、エメラルドグリーンの瞳の薔薇のように美しい美女です)
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