54 現代技術の力を用いて
ヨミの地を訪れた人々はそのゴミの量に驚愕した。使えそうなものから明らかに使えないものまで、種々のゴミがその広大な国土に散乱していた。状態がキレイな物も多く、これらの物品を密かに入手して商売人は売りさばくのだろう。
◇
「まずはヨミの国内に大量のゴミを焼却する処分場の建設をしたく思います」
王城の会議室で、礼二は国王と大臣たち5名に説明しながら設計図を広げた。専門の業者に早急に発注した図面だという。隆行は設計士であるけれど、焼却場の設計のノウハウを持たない。だから、礼二が向こうの世界に残るイファックス社の社員に指示を出して、描いてもらったのだった。
「地面を大きく掘り下げて、そこにゴミを放り込みます。火をくべて焼くだけの簡素な施設ですが、排気ダクトなどには気を配りました。人々が安全に内部で作業が出来るよう配慮してあります」
国王はふむと頷く。とても興味深そうな顔をしている。
「燃えないゴミに関しては近隣に最終処分場を造りましょう。焼却のカスもまたそこへ埋め立てることとなります」
水野が写真を見せる。日本国内にあると思われる処分場の写真だ。
「建設の現場指示は隆行さんに引き受けて頂くようになっています。よろしくお願いしますね」
隆行は分かりましたと返事する。本職から少し外れるけれど、今この地でそれを引き受けられるのは自分だけだから仕方がない。その後、イファックス側は施設の規模などの説明をして質問を受け付け、数分ほど細かなやり取りをした。ゴミの運搬や処分場の適切な場所に関して、全ての質問に答え終えると礼二は手元のプリントを繰った。
「続いて浄水場の建設です」
そう言って礼二はテーブルに次なる計画書を広げた。
ヨミの国に侵入して初めて知ったのだが、ヨミの国内には大きな河川が流れていた。ひどく腐敗臭の漂う汚染された河川だ。もしかすると人魔の水塊の誕生の地はそこかもしれないと考えられるほどの状況で、これは早急に水質改善が必要であるとレネの国は判断を下した。
「河川の近隣にバイオ処理する施設を建設したく思います」
水野が速やかにパワーポイントで作った大きな計画書を広げる。そこにはバイオ処理の手順の図解が描かれていた。
「川に迂回路を作り、引き込んだ水を沈殿池に貯めます。そこにわが社で独自開発した微生物『イファテリア』を繁殖させます。イファテリアは非常に食欲旺盛な微生物でして、処理速度が非常に早い細菌です。処理速度は……」
「キミキミ、いっていることがまるで分からないよ」
大臣の1人が即座に言葉を挟んだ。
「その微生物というのは何だね」
「生き物です」
皆が興味を示したように首を伸ばす。
「生き物が沈殿物を食べるというのかな」
「その通りです」
礼二はすごく真面目な顔をしているが相手方は分かっていない様子だ。
「それは鳥か何かかい」
別の大臣が口を挟んだ。隆行は思わず吹き出しそうになる。確かにそういう発想になるだろう。
「いいえ、目に見えない生き物です」
皆一斉に驚いた様子を浮かべた。
「その微生物で分解した汚水は生物浄化法という緩速ろ過で綺麗な水へと戻しまして、その後迂回路で河川へと戻します」
礼二は絵を指さしながら説明する。
「生物浄化法の利点としては薬品処理を処理がなく電力も不要ということでしょうか。この国の方々が未来永劫、維持管理していける施設です」
「それもまた生き物にやらせるのかね」
大臣の声にそうですと礼二は答えた。
「微生物と植物にやらせます。彼らが繁殖するための環境づくりが我々の仕事であると考えています」
説明を終えた礼二は着席した。配られた計画書をそれぞれに眺めているが、この世界の人々は理解出来ている風ではなかった。微生物何て見たこともないだろうから、当然の反応かもしれない。理解出来なくて質問すら出ないという状況をしばらく見つめていた国王がそっと重たい口を開いた。
「これは確立された方法なのかな」
「わが社の総力を結集しております」
国王は口元を緩めると深く頷いた。
「それでは信じよう」
大臣たちが口々に声を上げる。
「陛下、生物が汚れを食べるなど聞いたことがありません」
そうだな、だが……といって国王は手を顔の前で組む。まるで心のモヤモヤをさらけ出すように。
「かの国を良い隣国にしたいと思う。ヨミには辛いことが多すぎた」
その言葉に応じられる者はなかった。言葉の意味を心中で噛みしめているのだろう。やがて大臣の1人が口を開く。
「これから時間を掛けて良い環境を作って行かなくてはなりません。腐敗と同じくらい時間はかかりましょう」
大臣の言葉に笑いかけたのは礼二だった。
「いえ、もっと早く事態は解決するでしょう」
自信満々の言葉、隆行は空気を読まない人だと思ったけれど、もしかするとそれは社員に対する信頼から来るものかもしれない。これから、やるべきことは山積している。半年をかけて、ヨミの国が浄化されていくための道筋を作る。それがイファックス社の出した答えだった。
◇
プロジェクト開始から2カ月が過ぎた。現場監督を任された隆行はヨミの国に長期滞在しながらその工程を見守っている。人魔討伐の最前線に送られた時同様のテント生活、でも心持ちは随分違った。悲観などなくて、むしろ気概に満ちている。気の通ずる仲間も出来て、進んで交流を持った。現場の空気を保つこと、そのためならばと精力的に指示を出して些細な質問にも答えた。
建材は熟慮の末レンガを利用した。本来ならば鉄筋コンクリートで作るべきだが、この国には鉄筋がない。地震もないというのでレンガ壁でいいだろうと判断した。大量のレンガはレネ国内から続々と馬車で運ばれてきている。一般から募った建設の素人も多く参加しているが、作業に少しずつ慣れてだんだん上手になっていった。皆、隣国の安定のためならばと進んで協力してくれた。
それと同時進行で浄水場の建設が進んだ。浄水場の工事に際してイファックス社は、スペシャリストを総合研究所から何人か呼び寄せた。彼らの指示のもと実験室スケールをはるかに凌駕する巨大な施設が建造されていくこととなった。
最初河川の近くに第一段階の沈殿池を掘ることから始まった。30メートル四方の深い巨大プール、汚泥を溜めておく場所となる。掘るだけの単純作業だったのでそこには問題がなかった。掘り終えた穴にコンクリートを敷き詰めて環境を整える。
次にろ過池である生物浄化槽の建造に取り掛かった。技術者指導の下、穴を掘りコンクリートを敷く作業は同じだが、そこに石の層を厚く敷き詰めてその上に微生物が混入した細かな砂利の層を形成する。その上に水を張り、現代から調達した藻を繁殖させた。この藻の十分な繁殖にふた月ほど時間を要した。
最後に川から水を引く迂回路を掘ったが、これが一番大変な作業であった。何しろ川に溜まった汚れがひどくてそれを救い上げる作業に皆苦戦した。迂回路を掘り、水門を作って流量を調節する。嫌がる者もいたが、これで人魔が出なくなると皆懸命に作業した。人々の頑張りもあってかその後ひと月半かけて入水と出水の迂回路が完成した。
水門を開けて水を流すという段階には隆行も立ち会った。臭いがひどく、嗅いでいられないほどだったがそれと相対して心にはワクワクとした物があった。どろりとした水が緩やかに迂回路に流れ込んでいく。汚水は長い迂回路を通って沈殿池へと達した。そこにイファックスの開発した微生物イファテリアを大量投入する。これが分解されるまでに2週間ほどかかるだろうと技術者は計算結果を述べた。その日は汚水で沈殿池を満たすことと微生物を投入することだけで終わった。
澄んだ水はその後ろ過池へと流されて、生物浄化を受ける。そこで2週間。岩の排出路からようやく清い水が染み出し始めた時、現場の人々は歓喜に沸いたという。浄化された水は迂回路を通って河川へと戻った。
その吉報は隆行の働く焼却場の建設現場へも届いた。皆ハイタッチをして喜んだ。その日はとにかく作業にならず、即座に作業を切り上げて野営地に戻ると皆で昼から酒盛りをした。
「こういう瞬間が異世界らしさ何だろうな」
隆行の言葉に仲間が笑う。幼子と妻を置いてまで工事に参加してくれた人物だ。
「嬉しいことがあると皆祝うだろう」
「私の国ではこれほど喜びをむき出しにはしないんだよ」
隆行の言葉を相手が笑う。
「それじゃ何のために働いているか分かりやしないだろう」
すべり出すようなその口調、少し酔っているようだった。
「そうかもしれない。仕事とは本来そういう物なのかもな」
隆行は苦笑した。完成した時の喜びをいつしか遠くに置き去りにしていた気がする。もう、働き始めて20年以上経つのだ。その日は珍しく深酒をした。美酒に浸りたかった。
美しい水が流れた時のあの感動は人々の心とこの世界の歴史から永遠に消えないだろう。暗く淀んだヨミの国に光が差し込み始めた瞬間でもある。
――時は流れて。プロジェクト開始から半年が過ぎた。
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