かまたん~彼女は魔女で、探偵で~どうせなら魔法少女と呼んでくださいな

人生

1 くまのうしのこくまいり




 ここはとある高校の生徒指導室。

 一人の男性教師がクマのぬいぐるみに囲まれながら、難しい顔で週刊誌を広げています。


 そこに、一人の美少女がやってきました。


「どうしたんですか先生、そんな難しい顔をして? それになんです、そのぬいぐるみ。誕生日にはまだ早いですよね?」


 週刊少年誌の誌面――『きれいに整頓された臓器、その横に転がるヒトの頭――』というあおり文からから目を離し、その教師・鎌瀬かませアラタは顔を上げます。

 目の前のテーブル上には、先生の手元にある少年誌を囲うように並んだ八体のぬいぐるみ。見様によっては異様な光景です。


「サバトでも始める気でしょうか? 悪魔を呼び出すくらいなら、この私、綴居つづるい綾香あやかにご相談あれ」


「うん、まあ……うん」


「気の抜けた返事ですね。ところで、何を読んでたんです? 先生が漫画なんて珍しい。もしかして、ちょっとえっちなラブコメですか?」


 小首をかしげる美少女、綴居綾香。先生は苦笑しながら雑誌を閉じます。


「ん……? ところで君、なんで僕の誕生日を知ってるのかな」


「いやですね、以前、先生のツイッターのアカウント作成を手伝った時に言っていたじゃないですか。誕生日とかパスワードに設定しないようにと私が忠告してあげたのに。……それはともかく、もしかしなくても、また誰かの相談でも引き受けたんですね? まだ『失われた内臓事件』も『偉人傷害濡れ衣事件』も解決していないというのに?」


「またずいぶんと大げさな……。たしかにまだ科学の名滑ななめ先生から頼まれた人体模型の部品も見つかってないし、偉人……、偉人?」


「美術部の備品を壊した、という身に覚えのない罪を着せられたので真犯人を探してほしい……という生徒からの相談です」


「あぁ、そうそう……」


 ここは生徒指導室、またの名を相談室。そのためか、学校内で起こる様々なトラブルの相談が寄せられます。それらを請け負うのは指導担当、鎌瀬先生。彼がなんでもかんでも引き受けるのが評判になって、最近では同僚である先生方からも「頼み事」をされる始末です。


 こころなしか疲れ顔の鎌瀬先生に、綴居さんは言います。


「何か困りごとなら、この私が先生の相談に乗りますよ。……ところで、読んでいたのはとある学園を舞台にした伝奇ミステリー作品ですね?」


「え? 確かにそうだけど……なんで?」


「ここへ来る途中に漫研の会長を見かけたので、もしやと。今回の相談は漫研絡みなんでしょう? その雑誌も彼女が置いていった……」


「よく分かったね……。それにしても驚いたよ、」


「私の有能さなら今更驚くことでもないですが、もっと褒めていいですよ」


「まさかうちの学校の生徒が、隔週とはいえ週刊誌で連載持ってるなんて。しかもアニメ化まで」


 そう言って鎌瀬先生が目を向けるのは、先ほどまで読んでいた雑誌の表紙。そこには件の作品のキャラクターが載っていて、アニメが大絶賛放送中である旨が記されています。

 そうです、何を隠そうその作者こそ、件の漫研の会長なのです。


「大絶賛放送中だって」


「……ええ、まあ、そうですね」


「献本ということで一冊くれたんだよ。綴居さんも見る?」


 鎌瀬先生が雑誌を渡すと、今度は綴居さんの方が難しい顔をしながら受け取ります。ぱらぱらと雑誌をめくり、


「……まあ、この回なら問題ないでしょう」


「?」


「……それで? 漫研の会長はいったいどのような用件でやってきたのですか?」


「ん……、それが――」


 鎌瀬先生は思い出し、そして語ります。青い顔をしてやってきた、漫画研究会の会長の相談を。




                  ■




「えーっと……ごめん、もう一度名乗ってくれるかな」


「ボクの名前は漫多まんだ研造けんぞう――我らが漫研の会長が代々受け継いできた由緒正しきペンネームですが何か?」


「んー……、まあいいか。……それで? その……漫多さん? 何か困ったことでも? それと、君が抱えているそれはなんだろう」


 生徒指導室を訪れた彼女、漫多研造は両手に段ボール箱を抱えていました。その中にはクマと思しきぬいぐるみが山と積まれています。こんにちは! とでも言うようにクマの手が覗いていました。


「実は、ええ、このぬいぐるみのことで相談があって。ところで先生は『丑の刻参り』というものをご存知ですか? 深夜、呪いたい相手の髪の毛を含んだ藁人形に五寸釘を打ち付ける――そういう、呪いの儀式のことを」


「まあ、君がいま説明してくれた程度のことは」


「その藁人形が、このぬいぐるみなんです」


 どん、と漫多研造は段ボール箱をテーブルに置きました。中には案の定、たくさんのぬいぐるみ。漫多さんはおもむろにそのぬいぐるみを取り出すと、先生の前に一つ一つ並べて行きます。


「ちょっと話の流れがよく見えないんだけど?」


「つまりですね、このぬいぐるみがこのところ毎日のように我らが漫研の部室前に置かれているんです。置かれているというか、ドアに打ち付けられてるんですよ。見てくださいこのクマの顔」


 言われて見てみれば、クマの顔――布がめくれ、中の綿がわずかにはみ出しています。まるで刺さっていた何かを抜いた跡のように。


「毎日ですよ、毎日。午前授業で終わる土曜日はもちろん、日曜日までやってるのか、月曜の朝にはすでに部室のドアに刺さってるんですよこのクマが」


「それは……なんていうか、不気味だね」


 ぬいぐるみが置かれているだけならともかく、ドアに釘で打ち付けられているとなれば気味の悪いものです。それも、連日。それで丑の刻参りを連想する人はなかなかいないでしょうが、言われてみるとそのような気もしてくるから恐ろしいものです。


「ですよね? うちの部員たちも怯えてしまって。聞くところによれば丑の刻参りは人目につかず七日間続ければ成就すると言います」


 テーブルの上に並んだクマは、すでに八体……一日に一体だとすると――


「まさか……何か、あったの?」


「いえ、特にこれといったことは。……しかしですね先生、聞いてくださいよ。最近うちの部員の身の回りでおかしなことが起こってるんです。小テストの成績が悪かったりだとか、帰り道に人の視線を感じたり、園芸部の水撒きに巻き込まれたり……他にもいろいろ不運が重なっていて。みんなロクに原稿にも手がつけられない有様で」


「それは……」


 反応に困る先生です。それもそのはず、一概に「呪い」のせいだとは言い切れません。テストは個人の問題ですし、人の視線は気のせいだと言えるでしょう。水撒きなんてそれこそ不運としか言いようがありません。

 しかし、事実として何者かが漫研に対して嫌がらせじみたことをしています。丑の刻参りめいた呪いの実効力はともかく、誰かが漫研に対して呪いをかけようとしている可能性は否めません。

 少なくとも、この漫多研造は近ごろ身の回りで起こる不運と、クマのぬいぐるみの存在を結び付けて考えているようです。


「先生はこれを見ても信じられませんか?」


 そう言って漫多さんは、段ボール箱の底から九体目のクマを取り出します。

 なんということでしょう、恐ろしいことにそのぬいぐるみは、お腹が切り裂かれて中の綿がはみ出していました。綿が抜けてうつむきがちになっているクマの姿が哀愁を、その無惨さを物語っています。


「そ、それが部室に……?」


 さすがの先生もドン引きです。


「いえ、これは我々がやりました」


「…………」


「日頃の鬱憤を晴らすようにもう、めちゃくちゃに」


 さすがの先生もドン引きです。


「というのも、クマを手にしてみると中に硬い感触がありまして――試しに開いてみると、これが入っていたのです」


 漫多さんが取り出したのは、リボンで束ねられた一房分の髪の毛と――人間の、肝臓でした。



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