両片思い百合カップルが、二人して俺を恋敵認定してくる件

夜宮鋭次朗

第1話:とある男一女二の三角関係


《百合》とは主にユリ科ユリ属の多年草を指す総称である。

 そして昨今では、女性同士の恋愛を指す名称でもある。


 世間の同性愛に対する理解度が、実際のところどの程度かは知らないが。少なくとも俺は、その手の作品を嗜む趣味こそないにせよ、多少の理解はあるつもりだった。――互いに好き合っている両片思いの女友達二人を、素直に応援できるくらいには。


 それなのに、なあ。どうしてこうなった。


「ぬぁぁ。動画の低評価が今朝から三つも増えてるウギギギギ」

「まーたアンチコメ拾って沈んでるのかよ。気にしすぎだっての」

「そうだよ。高評価は今朝に比べて三十七も増えているじゃない」


 日差しの強さが夏への移り変わりを実感させる、昼時の教室。

 男子一人に女子二人、肩が触れ合う近さで椅子を並べた三人組がいまして。


「名作映画なんかでも否定的な意見は一つ二つ出るもんだ。ましてやタマの動画は癖が強いんだから、イチイチ反応してたら身が持たないっていつも言ってるだろ」


 俺は大神タスク。どこにでもいる普通の高校生だ。特徴と言えばせいぜい、なにも校則違反してないのに度々難癖つけられる不良顔くらいか。言ってて悲しい。

 ぶっちゃけ自慢だが、俺には親しい女友達が二人いる。


「しょうがないじゃん。気になるモノは気になる。ツバサさん、慰めて」


 こいつは猫田タマコ。ちっこくて前髪長くて、如何にも陰キャって感じの女子だ。俺とは幼稚園からの幼馴染で、一時期疎遠になったが今はこうしてつるんでいる。

 実は動画配信者という裏の顔を持つ。チャンネル登録者数は最近三十万を突破した。


「よしよし。タマコはアンチにも負けず動画作りを頑張って偉いわね」


 こっちは鷹村ツバサ。下手な男より男前オーラ出てるイケメン女子だ。タマとは俺が疎遠だった中学時代に知り合い、俺とタマが再び友達となる橋渡しをしてくれた。

 実は彼女も動画配信をしており、タマともその縁で親しくなったのが馴れ初め。


「私はタマも、タマの作る動画も大好きよ。それだけじゃあ、駄目?」

「つ、ツバサひゃん……!」


 そして、この背景に咲き乱れる百合の花からもお分かり頂けると思うが。

 タマとツバサは互いに好き合っている。ライクではなくラブで。こんな首や視線の角度計算し尽くされたキメ顔、ツバサが他の女子相手にやったとこ見たことないし。タマもツバサ以外にこんな乙女な顔晒さないし。


 そもそも当人たちから打ち明けられているし、なんなら校内でも公認カップルだ。生徒の半数が、もどかしい両片思いの二人を生暖かい目で見守っている。


 ――それだけに、二人の間に居座る俺への風当たりはきっつい。


「クソがっ。百合の間に挟まってんじゃねえぞ、この夾雑物が」

「百合とは女子だけの聖域、秘密の花園。それを土足で汚すなんてっ」

「どうする? 処す? あの許されざる大罪人を今日こそ断罪する?」

「待て。いくら解釈違いクソ野郎だとしても、死んだら心優しい百合カップルが悲しむ。たとえなにかの間違いで身の程も弁えず二人の友達になっていやがるペテン野郎であってもだ。だから二人に手出しできないよう去勢の方向でだな」


 ちょっと耳に入ってくるクラスメイトの会話だけでコレだ。

 俺、クラスメイトから嫌われすぎでは……? なんか怖い話してるし。


 しかしまあ、怒りはご尤もだ。今だって間に俺さえいなければ、顎クイから唇が触れそうな距離で見つめ合う、くらいは期待できそうなシチュだった。俺は完全に二人のお邪魔虫にしかなっていない。


 誓って言うが、俺は二人の間に割って入るつもりも、ましてや二人の仲を邪魔するつもりもない。友達として、相思相愛の二人を応援しているのだ。


 それなのに、なぜ俺が二人の間に居座っているのか?

 ――そんなこと、俺が訊きたいくらいだよ!


「なあ。なんで俺はお前らの間に挟まれてるの? 正直居心地が悪い。普通、女子同士が隣で座るもんだろ。ここは一つ身長順に並ぶ形でだな」


 さりげない風を装い、俺は席を移動させようとする。無論、二人にはピッタリ密着させつつ、俺は不自然でない程度に席を離すつもりだ。

 しかし席を立とうとした段階で、両側からグワシと肩を掴まれる。


「気にすることない。うちでご飯食べるときも隣じゃん。タスクはここにいて」

『なにさりげなくツバサさんの側に座ろうとしてるのさ。あたしの手が届かない位置でツバサさんにナニする気だこの野郎。いや、ツバサさんが嫌がるようなことするヤツじゃないのは知ってるけど。ていうかツバサさんと身長釣り合ってることの自慢ですか? 身長釣り合ってないチビなあたしへの当てつけか!』


「そうだよ。タスクは私たちの親友なんだから。堂々としていればいいの」

『私を間に挟んでも構わないとは、幼馴染の余裕かしら? いつも家にお邪魔して一緒にご飯食べてるからお腹一杯胸一杯だと!? 私は嫉妬で胸がはち切れそうなんですが! 友人としてはいい男だけど、それだけに敵に回ると手強い! それにあだ名呼びして羨ましいこと山の如し! タマなんて猫さんみたいに――はっ。猫耳タマコ、だと!?』


 ……なーんか副音声的なモノが聞こえるんだよなあ。

 俺を挟んで険しい目つきのタマとツバサ。これで二人の間に火花が散っていたなら、俺はとんだ二股男だが。実際は二人して俺に敵意の目を向けている。


 そう。どういうわけか俺は、この百合カップルの双方から恋敵として認定されてしまったのだ。今も『やっぱり彼女はタスクの隣がいいのか』と互いに誤解し合ってすれ違って、俺に対するヘイトは高まる一方。


 俺は純粋に二人の仲を応援しているのに、どうしてこうなった?


『『タスクには負けない! (ツバサさん/タマコ)は(あたし/私)が振り向かせる!』』


 いやもう、俺に構わず勝手にイチャイチャしてろよお前ら……。



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