デッドヒート・イン・フォーミュラワン<チームオーダーの絆>
草薙 健(タケル)
第1話<プロローグ> 凄いドライバー
そこにはF1にまつわる様々なトリビアが掲載されており、映画の題材になったラウダとハントなど往年の名選手がずらりと紙面を飾っている。
「ねぇ、ジェシー。チームオーダーって何?」
セナは記事を見て疑問に思ったことを口にした。そのページは『物議を醸すチームオーダー』と題された特集になっており、シューマッハとバリチェロ、ベッテルとウェバーと言った、大事件を起こしたチームメイト同士の確執が詳しく解説されている。
「F1は1チームに2人のドライバーがいるんだけど――」
同級生で帰国子女のジェシー・中島が得意げに説明を始めた。
「チームオーダーって言うのは、ドライバー達に個人のレース結果よりチームの利益を優先させる行為をさせることなんだ」
「難しいよ……。もっと分かりやすく説明して」
「例えば、セナが1位を走ってたとして、チームメイトが1位を取ればチャンピオンになれるからポジションを譲れって言われたら、セナはどう思う?」
「絶対に嫌だ」
「つまりはそう言うことさ。僕ならそんな命令に絶対従わないね」
かなり怒気を含んだ口調に、セナは少し怖くなった。
しばらく静かに雑誌を読んでいると、ジェシーがおもむろに口を開いた。
「なぁ、セナ」
「なに?」
「お前、まだF1ドライバー目指してるのか?」
「うん。ジェシーと一緒に走れたらいいなと思って」
「無理だよ。お前のような奴がF1ドライバーになったなんて、聞いたことがない。僕とは持って生まれたモノが違う」
「そう、だよね……」
ジェシーの言うとおりだとセナは思った。
2人は同じサーキットでレーシングカートの腕を競い合っているが、勝つのはいつもジェシーの方だ。それどころかスポーツ全般で敵わない。才能、運動能力、血統や環境――何もかも友達の方が恵まれている。
やっぱり、もうちょっと現実的な夢を見ようかな。
小学校3年生にしては少し大人びた考えがセナの頭を支配し、自分の夢を諦めかけたそのとき、セナに衝撃が走った。
おもむろに雑誌のページをめくると、ある人物の白黒写真が目に入ったのだ。
1974年にF1デビューしたイタリア人ドライバー、ロンバルディ。
顎がしゃくれたその人は、七三に整えた短い髪、ややふっくらとした卵形の顔や首の太さも相まって、F1ドライバーというより柔道家といった雰囲気を漂わせていた。
「見つけた!」
「え?」
「僕でもF1ドライバーになれるって証拠だよ!」
セナは食い入るように夢中で記事を読み始めた。ジェシーは何も言わずばつが悪そうな表情を浮かべてはいたが、やはり内容が気になるらしく横から覗きこんでいる。
ロンバルディは華々しい経歴を持つ選手ではなかった。と言うより、人によっては不名誉だと思うような記録を刻んですらいた。
「世界最少獲得ポイント記録だって。だっせぇ」
一緒に読んでいたジェシーが吐き捨てるように言った。しかし、一目見た瞬間から心を鷲掴みにされていたセナは、それを強く否定した。
「格好いいよ!」
「そうかぁ? だって0.5ポイントだぜ?」
「まぁ、確かに中途半端だよね……。なんでだろう?」
「ここに説明が書いてあるぞ。ハーフポイントと言って、レースが既定周回数の75%以下で終了しちゃったときは半分のポイントが与えられるんだって。このときはレースが事故で中断になって、6位だったロンバルディは1ポイントの半分で0.5ポイントが与えられたらしい」
F1は、ドライバーズポイント――レース結果に応じて獲得できるポイント――によって個人の年間チャンピオンを争う。なお、現行のレギュレーションでは獲得できるポイントが異なると雑誌の注釈には書いてあった。
「ま、大したことないな」
「そんなことないよ! あ、それにこれを見て! ロンバルディは他にギネス世界記録も持ってるんだって! やっぱり凄いドライバーじゃん!」
セナは目を輝かせて言った。記録の説明文を読んで聞かせると、ジェシーはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「んー、記録の中身が地味」
「それはジェシーの負け惜しみだね。自分じゃ絶対に更新できないから」
「なんだと!?」
「決めたよ」
「え?」
「僕、やっぱりF1ドライバーになる。いや、僕はいつかロンバルディの世界記録を超える凄いF1ドライバーになるんだ!」
その日から、セナにとってロンバルディは
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