24. 騎士になった理由


「──私を助けてくれ、アッシュ」




「なん、だと……?」


「とても怖いんだ。今すぐに逃げ出したい。少しでも油断したら泣いてしまいそうだ。それでも私は、戦わなければと剣を取ってしまった大馬鹿者だ」


 どうしようもない性格だなと、リーゼロッテは自嘲気味に苦笑する。


「だが、貴方と一緒ならば頑張れる気がする。友人を死地に誘うようで申し訳ないが、不思議とそう思ってしまったのだ」


「どうして、俺なんだ……まだ、知り合って一日だぞ」


「ああ、だから不思議なのだ。……本当に、どうしてだろうな。アッシュならばこの状況を覆してくれるのではと期待してしまう」


「意味がわからない」


「そうだな。自分自身、何を言っているのだと思う。……今のは忘れてくれ。死に急ぐ愚か者の戯言だ」


 リーゼロッテは最後に笑い、俺達に背を向けた。

 この背中を見送れば、二度と彼女を見ることは出来ないのだろう。


「アッシュさん……」


 服の裾を握られる。

 アンナの瞳はうるうると揺らいでいた。


 ……彼女も、迷っているようだった。


 リーゼロッテを助けて欲しい気持ちはあれど、そんな願いのために俺を死地に送るわけにはいかないと、その狭間で迷い続けている。



 ──二人はどうして、そこまで人に優しく出来るんだ。



 俺は今まで、誰かに優しくしてもらったことが無かった。


 毎日、屑みたいな父親に殴られ、蹴られ、最後は自分だけが生き残るための生贄とされた。こうして全てを焼かれた俺は、イルシェーラの使徒として蘇った。

 不条理にも自由を奪われ、こちらの意思とは関係無しに多くの人間を殺してしまった。無意識の状態だったとしても、俺が犯した罪なのには変わらない。


 だから次は人を助けようと思った。

 そうすれば、いつかは自分がここに居た理由ができると思っていたから。


 大勢の人間を殺し、火を奪おうとするイルシェーラを否定した。灰人でありながら人間に味方した。騎士団にも入団した。短い期間に色々な人と関わった。友達も出来た。


 その友達が今、死のうとしている。




「おい、あんたら! 早く逃げないと死ぬぞ!」


 地下へ逃げる男性が、立ち止まる俺達に声を掛ける。

 安全に行動するなら逃げるのが一番だが、今逃げて地下に篭ったところで、絶対に助かるとは限らない。


 イルシェーラは聡明で巧妙だ。


 一度、攻め入ると決断したら、徹底的に潰すつもりで灰人を動かすだろう。叛逆の目が出ることを許さず、跡形も無く蹂躙し、絶対に復興を許さないほどに破壊し尽くす。あいつは、そんな女だ。


 騎士団が破れることがあれば、悲劇は必ず繰り返される。



『終いだ』


 そう言ったイルシェーラの瞳は、冷酷だった。

 どこまでも冷たく、どこまでも非情。一切の感情を隠すことなく、その身に宿る激情のままに滅ぼすと決めた瞳。彼女に好き放題させれば、この都市は間違いなく滅びる。


 そうすれば皆──死ぬ。

 それが当然で必然のように、まるで埃が風に飛ばされるかの如く、この都市は簡単に破滅の一途を辿るだろう。



 ギリッ、と奥歯を噛み締める。


 そうならないために、俺は『自由』になったんじゃないのか!

 イルシェーラの思い通りに人間が死なないよう、俺は剣を取ったんじゃないのか!



『──私を助けてくれ、アッシュ』


 そう言ったリーゼロッテの手は、小刻みに震えていた。


 試験の時と同じだ。


 本当はとても怖いのに、その感情を表に出さない。

 本当はとてもか弱いのに、彼女の信念がそれを許さない。


『とても怖いんだ。今すぐに逃げ出したい。少しでも油断したら泣いてしまいそうだ』


 それでも彼女は剣を手に取った。


 誰よりも気高い騎士であろうとする彼女を見捨てて、何が『人を助ける』だ。

 結局は何も出来っこない、ただの臆病者が掲げた偽善じゃないか。


「あの、お願いがあります」


 俺は、見知らぬ男性に歩み寄り、頭を下げる。


「……な、なんだよ……」


「この子を、避難所まで連れて行ってくれませんか」


 手を解き、アンナの背中を押す。


「アッシュさん!」


「……ごめんな。俺は馬鹿だからさ」



 ──リーゼロッテを見捨てることなんて出来ない。

 ──初めての友達をこんなことで失いたくない。



「お願いします」


「あんたら、騎士様か……?」


 男性は俺とリーゼロッテの格好を見て、そのような質問をした。


「まだ、正式ではありません。でも必ずお礼はします」


「ああ、もうっ……! お礼なんていい! あんたら友達なんだろ。だったらちゃんと帰ってこい! この嬢ちゃんは俺に任せて行け! 早く!」


「……ありがとうございます」


 男性はアンナの手を取り、走り出した。

 最後にお礼を言い、彼らとは反対の方向──リーゼロッテへ向く。


「アッシュさん! リーゼちゃん! ……必ず……必ず、帰ってきて! そうじゃないと私、絶対に二人のことを許さないから!」


 涙を我慢した彼女の声に頷き、リーゼロッテの横に並ぶ。


「本当に良かったのか?」


「なんだよ。リーゼから言ったんじゃないか」


 初めての友達からのお願いだ。

 そんなの、聞かないわけにはいかない。


「だが、これより先は」


「──俺が守るよ」


「えっ……」


「必ず守ってやる。たとえ死んでも、絶対にだ」


 俺は灰人だ。……決して死なない灰の騎士だ。

 皆の代わりに俺が盾になる。そうすれば皆を守れる。人間を守り抜ける。


「今ならまだ間に合う。行こう、本部に」


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