第17話 彼女はいまどんな気持ちでしょうか?

 たしかに安岡のいった通りだった。その狂気の飾りつけは、SNSに投稿すると、少しだけ話題になり、まとめサイトに取りあげられた。

 コメントには『運営なみにセンスゼロ』『ファンのレベル低』『職権乱用ウザ』と散々なことを書かれた。しかし、レジにいた者の話によると、写真を撮っていくお客が何人かいたらしい。

 そして、少しずつだが、アヤの写真集は売れた。

島尾がレジにいるときだ。レジに写真集が置かれたとき、島尾は唾をのみこんだ。

買ったのはサラリーマンの男だった。世の中がつまらなくて辟易している、といった態度だった。

 見覚えがある。そうだ、こいつ、いつもアヤの列にいる、とかげを頭に載せたおっさんだ。

 島尾は握手をしたい気持ちだった。できなかったから、両手でお客の手を包むかたちをして、おつりを渡した。

 おっさんは、妙に親しげな笑顔の島尾を訝しげに見て、さっさとを店からでていった。

 

 島尾はだいたい昼過ぎに目を覚ます。深夜のアルバイトを終えて、部屋に戻りそのまま寝てしまう。

 あといくつかの単位を取得すれば一応半年遅れで卒業、となる予定だ。

 島尾のモーニングルーティーンは、枕元に置いてある目覚ましがわりのスマホで、アヤの所属するグループのまとめを確認することだった。

「嘘だろ」

 島尾を誰もいない部屋でいった。誰にも聞かれなかった言葉は、空中でさまよい、天井に染みこんでいった。

 今日になった瞬間、運営のブログで発表があった。

 アヤが活動をしばらく休むという。

 一体なにが起こったんだ。布団から飛びあがり、狭い部屋をウロウロと回った。緊急事態だ。

 まとめサイトをチェックする。掲示板にコメントしている連中はアンチばかりで、『なにかやらかしたな』などと書いてあった。

 アヤのSNSも止まっていた。

 結局気持ちの持っていき場所を見つけられないまま、スマホで情報を収集し続けた。誰もが不安を表明し、憶測を語っている。

 夕方だった。爽快堂へ向かう途中、週刊誌のアカウントが速報、と銘打った。人気俳優がお泊まりをしたという。

 そんなどうでもいいこと、全く興味がない。そもそも島尾は若手俳優なんて興味がない。しかしその後、ネットは荒れた。

 若手俳優とお泊まりしたのが、某アイドルグループのメンバーだというのだ。

「まさか……嘘だろ」

 相手がアヤだったことが判明したのは、それからすぐだった。


「あー、ちゃんときた」

 爽快堂の事務所に入ると、店長が開口一番島尾に向かっていった。

「なんですか」

 どういう意味なのか察しはついた。

「島尾くんが応援していた子、問題起こしちゃったもんねえ」

 平均的そのへんによくいるおじさんである、店長まで認知したということは、良くも悪くもアヤの名前はメジャーとなったということだろう。

「いやあびっくりした。なんか見たことあるなあ、って思ったら、うちの店で祭壇作って崇めてる、写真集の子だったとは」

 有名になることを望んでいたとはいえ、こういう形で世間に見つかってしまったことに、島尾はショックだった。もっと、「一万年と二千年に一人の美少女」とか、そういう方向がよかった。

 事務所の奥にいた庄野は特に興味がないらしく、黙っていた。

「あの力作、どうする? 外す?」

 店長に訊かれても、島尾は答えることができなかった。

 どうしたらいいのかわからなかった。

「まだいいんじゃないですか」

 庄野が口を挟んだ。

「別に、犯罪を犯したわけじゃない。めでたい話ですよ。恋愛は自由だし、なにも恥ずべきことなどしていない」

 その言葉を聞いて、島尾は嘘っぱちだと思った。ファンはみんなショックに決まっている。アヤのファンだけではない、一緒に写っていた若手俳優のファンも怒り狂っているに違いない。庄野さんはわかっちゃいない。

「でもさあ、スキャンダル起こしたタレントの写真集を大々的に売るっていうのもなあ」

たいして書店の知識はない、腰掛けの店長だが、世間体が気になるのだろう。

店長の判断は正しい。

「牧村綾さんは女優志望だそうです」

 庄野がいった。

「へえ」

「昨年、出演した映画、観させてもらいました。出番はあまりありませんでしたが、存在感があった。いい女優になるでしょう。今回のことは、彼女にとって芸のこやしになりますよ。もう少しだけ、展開してもいいと思います」

「そう?」

「はい」

 庄野と島尾はレジに向かった。

「さっきはありがとうございます」

 島尾はいった。

「なにが?」

「映画、観てくれたんですね」

「レンタル百円だったから。好きな芸能人、第二位にすることにした。多部さんの次に」

「二推しですね……」

「そういうのは知らない」

 そういって庄野は先に進んでいった。

 まったくメインでもなんでもない、チョイ役の映画出演だった。

 他のオタクに『エキストラ』とバカにされたし、興行収入だってたいしたこともなかった。ファンの島尾の色眼鏡をかけた目にさえ、つまらなかった。そもそもアヤが出演していたことを知っている人間のほうが少ない。わざわざ探してくれたのかもしれない。

「映画まで観てくれたんですね」

「だからレンタルが百円だったから」

「そんなこといっちゃって、庄野さんなんだかんだいって」

「だから違う。知り合いが出演してたんだ。そうでなくては高校生がきゃあきゃあ生きる死ぬと喚くだけの話なんて金をもらっても観ない」

 ひどいいいかただ。言葉を尽くせ、といった人間のくせに。雑な映画のあらすじに笑った。

「じゃあ、知り合いって誰だったんですか」

 庄野の告げた名前に、島尾は目をひん剥いた。

 それは、映画で高校教師を演じていた俳優、主役だったからだ。

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