第15話 本気を出してもらいましょうか?

 その日の営業を終え、シャッターを閉めた途端、島尾に向かって庄野がいった。

「この写真集の宣材、どこにある」

 庄野は写真集の前に立っていた。写真集を手にしている。

「どこって」

「これだけ発注したんだ。出版社がポスターとかパネルのひとつも送ってきたはずだろう。ここの出版社の営業は、店に毎月きている。そのぐらいの気を効かせるはずだろう」

 庄野は棚下にあるストッカーをあけた。

「それは……」

 島尾は返事を窮した。いうべきか、いわざるべきか。知らぬ存ぜぬで突き通すか。

「なに」

「家に持って帰りました」

 庄野の目の鋭さに、白状してしまった。

「宣伝物を持ち帰るのは禁止だ。きみは純粋にこの娘のファンらしいから、転売なんて愚かな真似はしないだろうが」

「はい」

「なにがあった」

「ポスターとポップです」

「いますぐ家に帰ってもってきて」

 そしてアヤの写真集を手にし、ビニールをビリビリと毟りはじめた。

「なにやってるんですか!」

 その奇行に島尾は声をあげた。

 出版社がつけているビニールを破くのはご法度だ。商品として売れなくなる。この人、なんでいきなりそんな頭おかしいことするんだ。

「これは僕が買う。中身を確認する」

 そういって庄野は写真集をぱらぱらとめくった。

「透明感がある」

 しばらく眺めてから、いった。

「はい?」

「紋切り型で申し訳ないが、この子は透明感がある。そして表情が豊かだ。笑顔にいくつもバリエーションがあり、見飽きない」

「そうなんです、そうなんですよ」

 突然の庄野の牧村綾評に驚きながらも、島尾はうんうん頷いた。

「それに見てくださいよ、ここ」

 島尾は写真集をひったくり、ページを探した。アヤにも伝えた高原での写真だ。

「すごくよくないですか? なんていうか……」

「なに?」

「なんていうか、すごく、いいです」

「言葉を尽くして表現して。今から百個、この娘のいいところを挙げて」

 いつものしかめっ面でいった。冗談をいっているのか判断がつかない。いや、きっと庄野は大真面目だ。

「まだ閉店してないの?」

 階段から声がした。吉行である。

「いいところにきた。みんな、この写真集を見ろ」

 続いて降りてきた小島や遠藤は、なにが起きているのかわからない、といった顔で庄野を見た。

「なんか、普通じゃないっすか?」

 想像通りの横柄さで吉行がいった。テンプレすぎて、いい返す気もおきない。

「じゃ、その普通をどう表現する。普通の良さをいまからいってもらおう」

「はい?」

 なんで俺が、という顔を吉行は向けた。

「朝番がくるまでに、百個、この写真集のいいところを挙げよう。それから島尾くんがポスターをもってくるから、大きくコピーをしてパネルを作る」

「今日俺用事があるんで」

 吉行が写真集を庄野に突っ返した。

「だったら五人で割って、二十個。美点を挙げれたなら帰っていい。それまでは、この店から一歩もださん」

「パワハラだ……」

 小島の呟きに、庄野はいった。

「努力友情勝利、きみたちが一番好きなやつだろう。いまこそ、その熱い想いを発揮してもらおう」

 庄野が四人に向かって宣言した。

「もし手伝わない者がいるのなら、そいつは今後事務所で遊ぶのを禁止にする。きみたちのスマホ、ゲーム機、パソコンの充電も禁止。見つけたら没収。この店はかつかつなんでな。遊びに使わせる電気代はない」

さ、写真集をみんな見なさい。そういって写真集を吉行に押しつけ、庄野さんは三階へあがっていった。

「先公かよ」

 遠藤が小さく舌打ちした。

「島尾くん……」

 恨めしげな顔で吉行が睨むのから逃げるように、

「一度家に帰って宣材もってきます……」と島尾はいった。

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