第9話 なんで本屋で働いてるんですか?(二度目)

「お客さん、なにかお探しですか」

 突然庄野が二人組に話しかけた。

 日に焼けた二人組は驚いた顔をして、庄野を見て、

「大丈夫です」

 と答えた。

 いかにもスポーツをしているという風貌をしていた。

「さっき僕はお客さんたちと同じくらいの年の子と友達になりました」

 庄野は冷徹な目で二人を見た。

 ロックオンされた二人は、一体なにが起こるのか見当がつかないらしく、たじろいだ。

「もし友達になにかしようものなら、それも遊び感覚で彼を陥れるようなことをしようものなら、僕はそいつをボコボコにします」

 庄野は言った。

「漫画だったら、きっとそうしますよね」

 有無を言わせない口ぶりだ。

「なに言ってるんだかわかんないんですけど」

 一人がへらへらした調子で言った。

 舐めているらしい。

「屈した彼も悪い。だが彼なりに周りに気を使ったんだろう。浅はかだが悩み抜いての行動だ。そして命じたやつは底が浅い。しかもどうなったのか探りを入れにくるなぞ、こそどろみたいなことをしている時点でお里が知れる。自分たちが漫画の主人公でなく、すぐ死ぬザコに成り下がっているのにも気づきもしない」

「なに言ってんのかわかんねえし」

 中学生の一人が庄野に歯向かった。イラついているらしい。

「俺ら客なんだけど、なんなん?」

 そういって連れと一緒にへらへら笑った。

「個人の見解です」

 庄野が言った。どう考えても煽ってるだろう。

 キモいから行こうぜ、と一人が言った。

「まじで胸糞わりいわ。ネットのレビューに書こうぜ、サイコな店員がいるって」

中学生たちは、証拠がないから手出しをしない、と舐めているらしい。庄野に聞かせるような声で言い放った。

 ネットのレビューに悪評を書く。ダメージを与えてやったとでも思っているつもりなのだろう。小賢しい。

「そのときは庄野って店員だとちゃんと書いておいてください、店と他の店員に迷惑がかかるので。それと、なにか伝えたいことがあるのなら、どこの誰か、きちんと明らかにしておいてください。自分は安全な場所に隠れて、匿名で文句を垂れるなど、この世で一番醜い行為だ。いまからそんなものに慣れてしまったら、きみたちはなにもできなくなる」

庄野は言った。

小島は庄野の背中しか見ていなかったから、どんな顔をしていっているのかはわからなかった。多分、さっき万引きを見つけたとき以上に厳しい顔をしているだろうと思った。

逃げるように中学生たちは去っていった。

庄野は中学生たちがおりていくのを見届けてから、

「すまん」

 と言った。

自分にいっているのだろうか、それとも、いじめを解決することができなかったからだろうか。小島には言葉の向かう先がわからなかった。

視線を感じて振り返ると、三階へあがる階段に、遅番たちと万引き犯の中学生がいた。

万引き犯の彼は、顔を歪ませていた。こんな散々な結果になってしまって、悲しいのだろう、と思った。

「ぼくの名前は……」

 彼は、自分の名前を言った。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」

「じゃあ、警察を呼ぼう」

庄野は頷き、三階へとあがっていった。

客が二階にやってきた。

「あれ、ありますか?」

 そういって人気漫画の題名を小島に訊ねた。

 漫画が積まれていた場所は、ぽっかりと空いてしまっていた。

 事務所の机に、全巻分積まれている。さっき万引きされたものだった。

 たぶんあれは、まだ売ってはいけない。



 結局警察に中学生は連れていかれた。

 なんとなく事情を理解した遅番たちは、中学生に同情的だった。

「反省してるなら、よかったんじゃねえのかな」

 翌日、雑誌を立ち読みしながら吉行は言った。

「バッドエンドっすよね」

 遠藤も同意した。

 二人と一緒に立ち読みをしながら、小島は黙っていた。

 結局、庄野は警察の調べに遅くまで付きあわされたらしい。朝番の安岡さんが、島尾に教えてくれたという。

「じゃあ今日庄野さん休み?」 

「いや、店長が帰るのとバトンタッチでくるってさ」

「ほら、噂をすれば」

 店に庄野が入ってくるのが見えた。相変わらず寝癖をつけている。レジにいる島尾に挨拶をし、そのまま階段をあがって言った。

 一分もたたずに、店長が降りてきた。帰りたくて帰りたくてしょうがなかったのだろう、急ぎ足で店からでていった。

「でもさ、庄野さん、リュックがギャルソンなんだよな」

 遠藤が言った。

「なにそれ」

「コム・デ・ギャルソン。それにスニーカーもナイキのフット・スケープだし」

 自称おしゃれ、の遠藤が言った。

 遠藤は今日もまた、謎の柄シャツを着ている。でかでかとチワワがプリントされており、異彩を放っている。遠藤を見ると、おしゃれとは正解のない自由なものに思えてくる。

「へー」

 庄野はいつも白いシャツに黒のパンツを履いていた。いつ見ても同じ服だ。

「店長が帰ったし、行きますか」

 吉行は雑誌を閉じ、一同は三階の事務所へと向かった。

「おつかれさまでーす」

 そういって元気よく吉行たちが入ってくると、庄野はエプロンを身につけているところだった。

「今日島尾くん、店長と二人っきりだったから、ずっとレジだったんですよ」

 まるで自分に起こった災難のように吉行が報告した。

「悪いことをした」

 庄野は首を回した。眠たいのだろう。

「これは……お菓子だ!」

 そういって遠藤がテーブルにある菓子折りを手にした。

「とらやですよ! 羊羹ですよ!」

 喜びの舞〜と身体をくねらせながら、周りに箱を見せびらかした。

「あけるな」

 庄野がびしゃりと止めた。

「事務所のテーブルにあるってことはみんなで食べていいってことでわ?」

 遠藤が首を傾げた。

「それは、昨日の万引き犯の親がもってきたものだ」

「だったら余計、俺らには食う権利が」

「食うな。これを食べたら、僕らは賄賂をもらったことになる。親の誠意であろうと食べてはいけない」

 庄野が店をでていこうとしたとき、小島が呼び止めた。

「なに?」

「庄野さんは、なんで本屋で働いているんですか?」

 なぜいま唐突に、と全員が小島に注目した。

 一同は黙った。

「退屈だから」

 庄野はでていった。

 残された者たちは、顔を見合わせる。

「退屈?」

「本屋が退屈?」

「どういうこと?」

「楽ってこと?」

「楽じゃねえだろお」

「え、なにあの人もしかして、格好つけてない? 似合わねえ〜」

 吉行と遠藤が喋っているのを、小島はただ聞いていた。

 退屈しのぎにしては、ずいぶんと血眼になって万引き犯を捕まえたものだ。

 やっぱり庄野は、わけがわからない。

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