旧10話:テロリストの怨恨・始動編(1/3)
レタは朝のたびに、周囲の様子を窺っている。待ち伏せや罠を、寝ている間に準備されている場合が多いにある。ホテルでも同様に、窓の近くで聞き耳を立てたり、外に見える景色から変化点を探している。
今朝の観察結果は、やや警戒だ。道路を挟んだ向かい側に、障害物となるダンボール箱が積まれている。隠れるに都合がいい配置だが、通常業務として配置した線も一応ありうる。そうであっても利用される場合は大いにある。狭い一本道の半ばなので、至近距離で横や後ろを取られてしまう。
それはそれとして、街の一角に用事がある。運びの手を求める声が大勢待っている。昨夜の確認からひとつも減っておらず、今はレタ以外の運び屋ギルドが誰も来ていないとわかった。
この状況は大きなチャンスだ。請けて回れば報酬は多額になるし、人がいない故の上乗せも期待できる。
目標までの残りを一気に得られるのだ。誰にも明かしていない目的のために多額のお金が必要だ。初めの計画では、ケイジを届けたところで達成するつもりだった。それを早められる。一日だけではあるものの、その価値は高い。
万が一に備える必要もありそうなので、目的についてもスマホに書いていった。
*
ケイジとスクシの手伝いもあり、普段より多くをまとめて請けられる。その甲斐あって、午後を後半ではなく出発にできた。最後の一件を終えて、スマホで必要な操作をする。これで、レタの目的は達成された。後は生き残るだけだ。
ホテルが見えてきたところで、レタの耳と鼻が異常を察知した。
鞄ごと荷物すべてをその場に置く。まだ身につけているのは防寒具の他はドッグタグと銃だけだ。
「
短く言い残し、ダンボール箱による物陰を注視しながら駆け抜けた。そこには一人の、臭い男がいた。
周囲はまだ静かで、誰も異変に気づいていない。精々が臭い輩が来た程度に思うだけだ。レタはその臭いに心当たりがある。土の臭い。ゲリラのカモフラージュで観に纏うあの臭いだ。この場は都市部なので逆に大きく目立っている。つまり目立っても構わない理由がある。
睨み合いになった一瞬、正面以外への注意が薄くなった。レタは背後から別の男に組みつかれた。ただの通行人風でありながら、目の前の臭い男と連携する。潜伏工作員だ。
右手が腰に届けば銃を引き抜ける。しかしその前に臭い男が距離を詰めて腕を掴み、捻った。肩の関節がおかしな方向へ曲げられ、苦痛に顔を歪める。
レタは車に連れ込まれた。両腕を後ろから上に持ち上げられては満足に抵抗もできず、口にはハンカチで包んだ石を押し込められ、目と口をダクトテープで塞がれた。
車はどこかへ走り去る。ケイジとスクシは遠くから眺めるしかできなかった。
不幸中の幸いは、集団はそれだけで撤収したことだ。その音はレタにも聞こえた。狙いがレタだけとわかればまだやりようはある。
ホテルの一室で、ケイジとスクシは作戦を立てる。
まずはフロントに行き、ことの次第を説明した。宿泊に関する料金はすでに払われていて、厚意により追加で一晩を泊めてくれる。
ケイジの落ち込み顔を見て、スクシが気づいた話をする。
「とりあえず、殺されてはいないと思うぞ。奴らはレタの目と口を塞いでた。つまり、しばらくは生きてる必要がある。殺すつもりなら口だけでいいし、音を防ぐだけでもいい」
話に納得し、ケイジは少し落ち着いた。対してスクシは逆に、問題点に気づいた。
「とはいえ、追う方法がないことにはな。どうする?」
ケイジは黙って、手元を見た。なけなしの荷物の他は、レタから預かった鞄だけがある。長らく使ってきたくたびれかたをしていて、レタの匂いが染み付いている。
匂いの刺激で、この場にはないもうひとつの手を思い出した。
「ササキだ。匂いで追ってくれるかも」
善は急げだ。二人はササキを隠した森林へ向かい、目印の筒を引き抜いた。いつも通り、草葉をかき分ける音と共に駆け寄ってくる。ケイジは筒を開け、中の餌を与える。そして背中を撫でた。
一方その頃、レタはどこかの小屋に入れられていた。窓がない部屋の、しかも真ん中にいるので、外との密かな連絡は不可能だ。
持っていた銃と隠し持っていた銃は、隅の机に二丁ならべて置かれている。その近くには、布で守られた大型の武器も置かれている。
レタの手脚はそれぞれ、椅子の脚と肘掛けにベルトで繋ぎ止められた。
膝の上にバケツの水が置かれて、不用意に暴れればずぶ濡れになってしまう。そうなれば防寒具が役目を果たさなくなり、体温を奪われ、ごく短時間で死に至る。
テロリストの一人がマスクもせずに部屋に入ってきた。
背が低い男で、コートの膨らみは素材ではなく筋肉とわかる。長い顎髭を蓄えて、対照的に頭髪は薄い。
「よう、姉ちゃん」
手をレタの頬から首へと差し込んで、長い髪を服の下から引き出し、背中側に流した。
「生きて話さえできれば、あとは好きにしていい許可を取ってるからな。たっぷり楽しませてもらうぜ」
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