改稿前、初期版の記録 37656字

旧1話:飲食店の役目

 入り口前の雪を退けて開店の準備が整った。

 夕方一番から食事を求める客はまだ少ないが、この日は届け物を控えており、大急ぎで雪かきを終えた。

 パソコンの画面には「まもなく到着」の文字が表示されている。運び屋ギルドの到着は、普段ならば大賑わいの時間帯に到着し、そのまま貴重な席を使い潰される。

 今回は大差をつけて早いとあって、車やその他の乗り物を想定した空間を確保した。しかし一定距離に来たと知らせる自動メッセージの後から数えると遅すぎる。


 窓から車のライトを探していたら、それとは関係なく徒歩の女性が扉を開けた。


「お待ちどうさま」


 女性は大荷物をカウンターに置き、胸元からドッグタグを取り出した。

 コードを読みとりながら目線を体に向ける。厳寒の地域には不似合いな、胸元や大腿にスリットが開いた服だ。素人目には帽子とマントだけでの不十分な装いに見える。しかし死亡していない以上、何か店員の知らない道具を使っていると合点した。マントの下が見えないのもその考えを後押しする。


「確認が済んだら、こっちに水を満タンに頼むわ。二本ね」

「寒い中ご苦労さま。ところで」

 店員は、客席がまだ誰もいないと確認して話しかけた。


「半分は個人的な話なのだけど、出身地を聞いても?」

「ええ。旧カナディアン・トロント地区」

「てことは、あのレタ・オルフェトさん?」


 運び屋ギルドには家を持たない者ばかりが集まっている。治安の問題から富裕層のリスク転嫁先として発足し、時と共にますます難が膨れ上がった。長期的に留守の家を狙った空き巣が増えて、対抗して家を持たないキャンピングカー族が増えた。すると車上荒らしが現れ、対抗策を練るほどに無防備な運転中が狙い目になっていった。

 やがて運び屋ギルドでは、武装した個人が脚で運ぶのが常識になった。そのために各地の拠点では、ドッグタグと本人確認で衣食を提供している。

 運び屋ギルドにとって出身地とは、個人ごと以外にある唯一のラベリングなのだ。


「他の三人かもしれないでしょう」

「いえ、旧カナディアン・トロント出身の方は、一人だけです」

「そう」


 事故も天災も略奪もある。生き死にはもう気に留めやしないが、生きていた街並みを知るのが、魚やクラゲ以外にはレタだけになった。


「ご用事は?」

「ファンなんです。手際がよくて、確実で。今日だって、到着が普段よりずっと早い」

「ありがとう。それで、用事の残りの半分は」


 店員は理由を聞き損ねたが、原因を自身の話術と考えて諦めた。

「ひとつ依頼があって、レタさんなら紹介できます。概要は、人を送り届けると聞きました」

「わかりました。まずは夕食をもらってからでいいかしら」

「もちろんです。お好きな席をお使いください」

 レタは奥の席へ向かった。

 椅子を傾けて、壁を背にする。左には窓、右には厨房。これなら近寄る道は正面しかない。

 レタが胸元を大きく開けているのは、視線を誘導するためだ。

 いつどこで物盗りに襲われるとも知れない。視線が性欲を含む本能に負けた一瞬の隙で対処する。

 その前にも、注目を集めておくだけで標的にするにはリスクが高まる。多数の目を集めるとは、同時に地味な誰かを見る者が減る。略奪は成功しやすい者を狙う。

 これはレタの生存戦略のひとつなのだ。そのおかげで今では、運び屋ギルドの中でも指折りの高評価を集めている。


「お待たせしました」

 皿が運ばれてきた。代金をギルド持ちにすると、栄養価の偏りを防ぐため、出されたものを食べるのみになる。

 今回はカルボナーラに、肉や野菜を放り込んだワンプレートだった。料理人の腕や思想も選べないので、こういった予想外の結果も多い。

 左手でフォークを持って、右手は腰にあるホルスターの近くで、いつでも抜く準備ができている。


 食べながら席のコンセントで、スマートフォンとモバイルバッテリーを充電する。酷使しても合計で四日は保つ性能がある。こまめな充電と省エネ使用のおかげで、食べ終える頃には満充電だ。


 日が沈んで夕食どきだ。どんどんと客が入ってくる。見た目の印象に反して味は申し分なく、人気店のようだ。そうなれば当然、柄の悪い者も集まってくる。


「あんた、娼婦か?」


 二人組の男で、堂々と目線を上下させて品定めする。

 スリットから覗く脚、開かれた胸元、青の瞳、流れる金髪を追って腰へと戻る。


「生憎だけど」

 男の一歩と同時に口を開いた。

「私は運び屋ギルドの者よ。娼婦じゃない」


 マントで隠していた、背嚢の側面を見せる。渡鳥が地球を背にして飛び立つエンブレムだ。

 これを見て男たちはがらりと態度を変えた。

「おっと、すまねえ。俺らも世話になってるんだ。邪魔はしない」

「話がわかる方で助かるわ。今後ともよろしくね」


 レタの色目を受けて、男たちは名残惜しそうに離れた。

 その後ろ姿を見送って、彼らに反応する人物を探した。友好的ならば警戒度を下げて、敵対的に気にする様子を見たら警戒度を上げる。

 運び屋ギルドに対して友好的な者が多いならば、治安とは関係なくそこそこには安全だ。結果的にでも商売の邪魔をしたならば、間違いなく報復を受ける。

 この日は友好的な者が多い。


 食事を済ませて、紹介された先へ向かった。寮つきの学校だそうで、長期休業が始まったばかりと聞いた。広さと静かさを目印に、すぐにたどり着いた。


 インターホンから挨拶をして、中に案内された。

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