3.少女は趣味を見つける
「……すぅ、すぅ……ん…………」
真っ暗で静かな空間に、ご主人様の寝息だけが聞こえます。
時々、小さな吐息と共に寝返る姿は、憎悪に狂った復讐者とは思えないほどで、年相応の可愛らしいものでした。
……いえ、本当ならご主人様は20歳なのでしたね。
「過去に戻った、ですか……」
ご主人様から聞いたことの全てが、信じがたいものばかりでした。
私としてもいくらご主人様の言葉だろうと、すぐに信じることはできませんでした…………が、同時に納得もしました。
なぜ、ご主人様が10代とは思えないほどの知識を抱えているのか。
──それがいつも謎だった。
先日の迷宮の件だってそうです。
ただの少女程度……と言っては失礼ですが、それが迷宮主の秘密を知っているはずがありません。
そしてご主人様が同胞と仰っていた『シャドウ』の方々に関してもそうです。
「う……ん、おかあさん…………」
考え込んでいると、弱々しい声が聞こえました。
声のした方に振り向くと、ご主人様がうなされたように何かに怯え、空中に手を伸ばしていました。
私はその手を握ります。
すると、安心したような静かな寝息が聞こえてきました。
「ご主人様……」
これは今回が初めてではありません。
私がご主人様と出会ってから毎日、夜にうなされては手を伸ばして家族を呼んでいます。
眠っている本人は気づいていないようですが、ご主人様の中には忘れ難き『トラウマ』が残っているのでしょう。
……無理もありません。
ご主人様は一度目で、本当に10歳という若さの村娘だった頃から、大切な家族の命をゴンドル・バグに脅され、とても長い時間、ずっと人殺しをやってきたのです。
そして最後には、家族の死という最大の裏切りにあい、彼女自身も殺された。
不幸自慢をする訳ではありませんが、私も最悪な人生を送ってきたと思っています。
しかし、ご主人様から聞いた過去は──もっと酷いものでした。
これが一人のか弱かった村娘に対する結末なのだとしたら、あまりにも酷すぎます。
私はご主人様の母君の代わりにはなれません。
ですが、少しでもご主人様の気が晴れるなら…………そう願い、私は手を握るのです。
「……大丈夫です。大丈夫ですよ。私が、ついていますから」
◆◇◆
「……ん……ふ、ぁああ……あふっ」
木々の隙間から覗く太陽の光で起きた私は、大きな伸びとあくびをした。
「──おはようございます、ご主人様」
「あ、うん。おはよ…………って、何してるの?」
隣には私に寄り添うように寝そべっている従者の姿があった。
──服を脱いだ下着の状態で。
「暇だったので、ご主人様の寝顔を見ていました」
「おっと、清々しいほどに暴露したね、まあ別にいいけど」
いや、恥ずかしいけれど。
でも、プリシラの前で無防備に寝てしまった私も悪いし、そんな私の代わりに彼女はずっと周囲を警戒してくれていた。私の寝顔観察がその報酬だと思えば安いものだ。…………すっごく恥ずかしいけどね!
「というか……え? 本当にずっと起きてたの?」
「ええ、万が一というのもありますし」
プリシラの目の下には、ちょっとしたクマができていた。
私と同じくらい、プリシラも動いている。
魔族だから人間よりはタフだとしても、何日も歩いていると疲れは溜まるのは当然だ。
「はぁぁぁ……」
反省する。
プリシラは私をとても慕ってくれていて、尚且つ、すごく真面目だ。
たとえ命令していなくても、私のためにと当たり前のように最善のことを尽くしてくれる子だってことを忘れていた。
「今から三時間後にここを出発するよ。テントの後片付けは私がやっておくから、プリシラはゆっくり休んで」
「ですが……」
「ですが、じゃないよ。無理をして倒れられた方が困るからさ」
ここまで言っても、プリシラは納得していない様子だった。
だから、ちょっと卑怯だけど『これは命令だよ』と付け加える。真面目な性格の彼女のことだ。ご主人様の命令に背くような真似はしないだろう。
「……承知しました。申し訳ありません」
「謝ることはないよ。元はといえば私がプリシラに甘えたのが原因だからね。だから今度はプリシラの番」
「はい……では、失礼します」
「うん、おやすみ」
さっきまで私が使っていた毛布に包まったプリシラは、最初は申し訳なさそうにこっちを見つめてきたけれど、やっぱり歩き疲れていたのか、数分もしないうちに彼女は眠ってしまった。
「…………さて、と」
テントの片付けはすぐに終わった。
過去に何度もやっていたから慣れたものだ。
でも、早く終わりすぎるのもそれはそれで厄介で、プリシラが眠ってからまだ30分しか経っていない。
さて、何をして時間を潰そう。
朝一番に体を動かすのもいいけれど、音を立てて起こしちゃうのは申し訳ないし、ここを離れるのは嫌だし、食料集めはすでに傀儡にやらせているから私が出る幕はない。
「だったら……」
『収納魔法』から取り出した裁縫道具一式を取り出す。
その糸を操って、丁寧に編んでいく。
静かに作業ができて、暇つぶしにとっておきのことと言ったら──お洋服作りだ。
物心付いた時、お母さんに教えてもらった『いいお嫁さんになるための技』。その内の一つが裁縫だった。
まぁ結局、一度目ではほとんど役に立つことはなかったけど……。
でも、今は違う。
私の戦闘服だったり、プリシラに似合ったドレスだったり。それを自分で製作する機会が増えたおかげで、お母さんから教えてもらった技を活かすことができている。
ただ地道に糸を縫い合わせていく作業だけど、これが意外と楽しい。
時間を忘れられるし、没頭できるから作業中だけは嫌なことも思い出さない。それに、自分が思い描いたものが形になるのが嬉しくて、この作業だけは結構気に入っている。
過去では皆の破けた服を直すくらいにしか役立てられなかた。
プリシラみたいに自作のお洋服をプレゼントする相手もいなかった。
新しい服を作っている暇があるなら、もっと強くなるために体を動かしていたほうがいいとさえ思っていた。
でも、プリシラに服をプレゼントした時の嬉しそうな顔が──ああ作って良かったな、と心から思える瞬間になった。
それを見たいがために作っていると言ってもいい。
プリシラのおかげで数少ない趣味を見つけられたことは、素直に感謝したいかな。
◆◇◆
お洋服を作り続けていたら、あっという間に三時間が経っていた。
まだ新しいお洋服は未完成だけど、完成まで粘ったら出発が遅れてまたどこかで野宿する羽目になる。……仕方ない。これはまた時間が余った時にでも進めよう。
「プリシ──あっ、と……先に朝ご飯を作っちゃおうかな」
中途半端な服と裁縫道具を片付けて、次は料理道具と食材、昨日余分に採っておいた木の実、盛り付け用のお皿を二枚取り出す。
この後すぐに沢山動くから、重い物は作らない。
編み込んだ煉獄糸の上に買いだめしておいたパンを置いて、少し焦げ目が付くまで焼く。
火の代わりをしてくれる煉獄糸が日常生活をする上で便利すぎて、主婦ならば喉から手が出るくらいに欲しがるだろうなぁ……と他人事のように思って小さく笑う。
次に干し肉をお湯で柔らかくほぐしてから、丁度いい熱さのパン生地に挟む。
肉にはすでに軽い味付けがされている。それを邪魔しないために、手間を加えるのはちょっとだけにする。そうしなければ調味料同士が喧嘩して、折角の美味しいものが台無しになってしまうから。
そこで取り出すのが我が家秘伝のソース。
これはお母さん直伝のソースで、どの料理にも合う万能なもの。名前の通り家族──それも私とお母さん以外はソースを作る工程さえ知らず、もちろんどこにも出回っていない代物だ。
でも、味は保証する。
「味なんかよりも腹が膨れればいい」と豪語していたシャドウの皆からも、このソースは好評だった。
最後にそれをかけて完成だ。
甘さ満点な木の実は、ちょっとした食後のデザート感覚でお皿に盛り付けておく。
プリシラはあの見た目で私の何倍も食べるから、少し物足りないかもしれないけれど……どうせ次の街で露店を食べ歩きする予定だし、今はこれくらいが丁度いいでしょう。
「プリシラー? そろそろ時間だよ。……ほら、起きて。ご飯作ったからさ」
「っ、ご飯……!」
その後、プリシラから凄まじく感謝されつつ、二人並んでゆっくりと朝食を楽しんだ。
ちなみに我が家秘伝のソースはプリシラにも大好評で、また同じものを作ってくれと土下座する勢いで頼み込まれちゃった。
また、我が家のソースに魅了された人が増えた。
そのことを喜びつつ、いつかプリシラにだけは調合方法を教えてあげるのもいいかなーと、内心そんなことを思った。
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