2.少女は過去を語る


 ──パチッ、パチッと薪の弾ける音が静かな空間に響く。


 初めての誰かとの野営の準備は、とても満足のいくものだった。

 力があるプリシラはテントを張って、私は木の実や動物の肉を集めた。


「これが誰かとの協同作業!」って内心気分が舞い上がり、食料を調達しすぎて思いもよらない豪華な食事になったのは内緒だ。


 でも、プリシラは「美味しい」と何度も言って綺麗に全部食べてくれた。

 お母さんに教えてもらった料理だ。それを喜んで食べてくれたのはすごく嬉しくて、私の心はぽかぽかと暖かくなった。


 そして、今は食後の休憩時間。

 ただただ静かに時が過ぎていく。


 たまに風が木々を揺らして不気味な雰囲気を出すけれど、食材調達の際にここら一帯の魔物は狩り尽くしたから襲われる心配はない。


 ここで誰か来るとしたらそれは魔物ではなく、私たちの有り金を狙った盗人か野盗と言った賊の類いだろう。

 ぼーっとしてはいるけど、しっかりと周囲の警戒は怠らずに最低限の気を配っているから、急に襲われる心配はない。


 そんなことより、私は今、とても悩んでいた。

 ──私の過去を話すのは、ここが一番いいのでは? と。


 それを悩んでいるせいか自然と口数は減っていた。

 プリシラも私が何かを言い出そうと思い悩んでいるのを察したのか、何も言わずにじっと焚き火を見つめている。


 ゴンドルへの復讐が終わったら、私の全てを話すとプリシラに約束した。

 それでもいざ話すとなったら、躊躇ってしまう。


 実は一度死んで、過去に戻りました。

 ……なんて言われたら、私だったら鼻で笑うか、風邪でおかしくなったかを疑う。


「…………ご主人様」


 先に沈黙を破ったのは、プリシラだった。


「無理に言わなくていいです。私はご主人様のことを知りたい……ですが、そのせいでご主人様を悩ませてしまうなら、私はそれを望みません」

「…………あはっ、その言い方はずるいなぁ」


 そんな一途に心配されたら、余計に言わなくちゃって思うじゃん。


 彼女は私のことを慕ってくれている。

 特別何をしたって訳じゃないのに……正直、どうしてなんだろうと不思議だ。


 むしろ、駒にすると脅しているし、迷宮主と戦わせて危ない目にもあわせている。

 やっていることは屑どもと変わりないことに自分自身、虫唾が走る。でも、これは必要なことだからと割り切っている自分もいる。


 慕われる理由がない。


 理由なく慕われるよりも、己の復讐のために私を利用しようとしている。と言ってくれたほうがまだ納得できるのに…………。


「…………変なことを言うかもしれない。頭がおかしくなったと思われるのも仕方ない」


 気を遣わせている。

 それがどうしようもなく、嫌だった。


「けれど、これは私が経験してきたことで──真実なんだ」


 だから、話してみよう。

 大丈夫。信じてもらえなかったら、適当に誤魔化せばいいだけだ。


「聞いてくれる?」

「っ、はい」


 プリシラは嬉しそうに顔を輝かせ、元気よく返事をしてくれた。


 そして私は過去のことを、一度目のことを話した。

 私は死んでいること。そこから過去に戻ったこと。その人生で私がシャドウの一員だったこと……。一切の隠し事をせず、全てを話した。


 最初は何かを言いたげだったプリシラも、最後まで私の言うことを静かに聞いてくれた。


 そしてプリシラは静かに目を伏せ、考え込んでいる。

 なんて言われるのか不安だ。……こんなに緊張したことはない。


 十分待って、ようやく、重い口が開かれた。


「…………正直、信じられないです」

「そう、だよね……ごめん、やっぱり忘れ────」

「ですが、納得しました」

「えっ……?」

「十歳、しかも村娘だったとは思えない身のこなし、人間の限界を超える力…………ふふっ、私のご主人様は凄い御方ですね」


 そう言って微笑んだ。


 ただ、それだけのこと。

 こっちはすごく苦悩して、やっとの思いで過去のことを打ち明けられたのに、簡単な受け答えだと思われるかもしれない。


 でも、呆れなかったこと。納得してくれたこと。


 それだけで私の不安は消え去った。

 ……嬉しかったんだ。


「ご主人様」


 プリシラは私の隣まで移動して、静かに腰を下ろす。

 そして──抱きしめられた。


「家族を殺され、裏切られ、辛かったでしょう。……もう大丈夫です。この世界では貴女の家族は生きている。貴女も生きている。そして、もう一人ではないのです。私がついています。どこまでも、貴女のお側についています。だから──大丈夫ですよ」


 その声はどこまでも優しげだった。

 そっと手を置かれて、頭を撫でられる。


「憎い。許せない。それなら私たちがやることは簡単──復讐です」


 相変わらず優しい声。

 でも、それはとても非情な言葉だった。


「ご主人様の憎き奴らを殺し尽くしましょう。私はご主人様の奴隷であり、共犯者です。ご主人様の敵は私の敵……必ず殺して差し上げます。命令をされれば、すぐにでも奴らの首を貴女の前に並べましょう」


 プリシラは静かに怒ってくれていた。

 私を利用した奴らを、自分がやられたことのように怒っていた。


 それは嬉しい。

 けれど、それではダメなんだ。


 殺すだけでは、ダメ。

 それに、私の手で殺さないと復讐の意味がない。


「…………ありがとう。もう、大丈夫だよ」


 お礼を言って、プリシラから離れる。


「いえ、こちらこそ話していただき、ありがとうございます。ご主人様を知れたことが何よりも嬉しいです」

「あはは、ちょっと恥ずかしいけどね。──よし、もう遅いし寝ようか警戒は私がしておくから、プリシラは先に眠ってて」


 私は睡眠の深さを自由に操れる。

 寝ながら常に周囲を警戒し続けることも可能で、一人で野宿していたからこそ会得した技だった。


 だから、私が火の番と警戒役を買って出たんだけど、


「いえ、警戒は私がしておきます。ご主人様の方こそ寝てください。最近、作業のし過ぎでロクに眠れていないこと、わかっているんですからね。時にはちゃんと体を休めてください」


 プリシラに力強く断られてしまった。

 寝静まった頃にベッドから起きて、密かに作業をしていることがバレてたみたいだ。


 ……この子は頑固なところがある。

 一度決めたことは、たとえ私が何を言っても考えを曲げない。今回もそれと同じで、私がどんなに説得しても、警戒役は譲ってもらえないだろう。


 浅い睡眠は一時的に体を休められる程度だ。普通に寝た時とでは、疲れの取れ具合が全く異なってくる。

 ……それに、確かに今日は疲れた。


「……うん、じゃあ任せる。でも、何かあったら絶対に私を起こすこと。一人だけで解決しようとしないこと。それだけは約束して」


 寝込みを襲ってくる盗賊は集団行動が基本だ。

 プリシラがどんなに強くても、視界が暗い森の中で多人数に囲まれてしまったら、対人慣れしていない彼女では奴らの姑息な手段の前に負ける。


「わかりました。賊が現れた時は慣れているご主人様を頼らせてもらいます」

「よろしい……それじゃ、おやすみ」


 収納魔法から手作りの毛布を取り出して、それに包まると、眠気はすぐに訪れた。

 それに抵抗することなく、私は目蓋を閉じる。


「はい、おやすみなさい、ご主人様……いい夢を」

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