24. 少女は丸焼きを見る
「ふおぉぉぉ! ふんぬぅぅぅ……!」
私はベッドに突っ伏し、奇妙な叫び声を上げていた。
「ご主人様うるさいです。もう少しでご飯ができるので、我慢してください」
「にゃぁぁぁ……!」
「かわ、っ──ンンッ! 大人しくしていてください!」
外からはプリシラの声が聞こえたけれど、私は反応すること全てが適当になっていた。
それは──先日の出来事が関係している。
急に落ち込んで、好き勝手泣き喚いて、プリシラに慰められて、しかも寝る! 子供か! いや見た目は子供だけれど……!
「にぎゃぁぁぁ!」
「ご主人様! ご飯はまだですってば!」
「いや、ご飯が待ちきれないから騒いでいるわけじゃないよ!?」
見た目は子供でも、私は大人だ。
って……んん? 何処かで聞いたような台詞だけど、なんか深く入り込むと危ない気がするから、これ以上は気にしないようにしよう。
「……はぁ、プリシラ。今日のご飯は何?」
「今日は体力を付けるためにお肉を用意しました。森で採ってきたので、それを調理して料理しようかなと」
「おおっ、最近はずっと動いていたから、お肉はありが、た……ぃ……?」
プリシラはお嬢様だから、どんな料理が出てくるのか。
それが気になった私は外に出て、言葉と動きを失った。
…………あれ、おかしいな。
私が想像していたお肉料理とは、なんか一線を超えた物が目の前にあるな?
「ねぇ、プリシラ?」
「はい?」
「それ、料理……なの?」
「はい!」
大空に浮かぶ太陽の輝きにも負けないくらいの、とても明るい笑顔。
そんな彼女の後ろには、手足を縛られた鹿が二体、そのままの形で焼かれていた。
──見事な丸焼きだ。
これまで見事な丸焼きは、初めて見た。
普通は血抜きをしたり、皮を剥いだりするものだけれど……そんなことをした様子は無くて、お前は一体どこの野生児だと突っ込みたい気持ちになってしまうほどの、ご立派なお肉がそこに顕現していた。
「もしかして、プリシラって料理の経験無し?」
「──(ギクッ)」
プリシラの笑顔にヒビが入った……ように見えた。
嘆息した私は、小さく一言。
「図星」
「わぁああああああっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ! ご主人様の役に立とうと見栄を張りましたが、実は料理をしたことがありませんでした! どうか見捨てないでください! 他の家事は母に教わったので、それで頑張りますので、どうか……どうか! 私のことを捨てないでくださいお願いします!」
凄まじい勢いで腰に抱きつかれ、凄まじい勢いで懇願された。
見捨てられるのが本気で嫌なのか、ガチ泣きしている。
「いや、料理ができないくらいで見捨てないよ」
「本当ですか!?」
「う、うん……別に料理の方で期待はしていないし……」
復讐を目的としている私が、料理如きでああだこうだいうつもりはない。
「でも、次からは私が料理するよ。……流石に、ただの丸焼きはねぇ……」
血抜きや皮剥がしてあるなら別に丸焼きでも良かった。
むしろ、こういうのが『肉!』という感じがして好きだ。
…………と言っても限度がある。
「うぅ……申し訳ありません」
「だ、大丈夫! 料理したことがないなら、少しずつ覚えていけばいいからさ!」
どうして私は、プリシラを慰めているのだろう?
心から申し訳なさそうに眉を下げている、ついでに泣いている従者を見て、なんか咄嗟にフォローを入れている自分がいた。
プリシラの料理音痴が発覚したところで、緊急交代で私が料理をすることになった。
幸いなことにまだ丸焼きを始めたばかりだったので、すぐに鹿の首を切り落として血抜きを終わらせ、皮を剥いだ。
「なるほど、肉を焼くにも手段があるのですね」
プリシラはメモを取りながら、私のやることを真剣に学んでいる。そこまで本気にならなくてもいいと思うけれど、私のために頑張ってくれているのだから、こちらが文句を言う理由はない。
私は主人でプリシラは奴隷という関係だけれど、そのようなつまらないことで自分達を縛りたくない。だから、彼女がそうしたいのであれば、好きにさせてあげよう。
「血抜きも皮剥も、最初にやるんだ。血が残っていると色々と問題があるし、皮を先に剥いでおかなきゃ後で剥ぎにくくなる。まだやったばかりで良かったよ。もう少し遅かったら手遅れになって、折角プリシラが用意してくれた肉が台無しになるところだった」
「ご主人様……」
「まぁ、台無しにしたのはプリシラだから、自業自得でもあるんだけどね」
「ご主人様ぁ……!」
嬉しそうな視線を向けたと思ったら、次は膝から崩れ落ちて……感情が激しい従者だ。奴隷商人に囚われていた時は、死にかけだったというのもあって大人しそうな印象だったけれど、本来の彼女はこっちなのだろう。
こんな良い子をここまで狂わせた奴らは、本当に救いようのない奴らだ。その根源が家族だなんて……同情してしまう。
「ご主人様はこんなに小さいのに、料理ができるなんて凄いですね!」
「まぁ……私は一度、大人になっているからね。十分なお金は無かったし、こうやって野宿する機会の方が多かった。こういう知識は豊富なんだよ」
「ぁ、……申し訳ありません」
聞いてはいけないことを聞いてしまった。そのように思ったのだろうけれど、これはプリシラが謝る必要はない。
むしろ過去の体験を今に活かせているのだから、悲しむようなことではないんだ。
「謝らなくていいよ。過去にあったことはどうしようもない。後悔しても……もう何も戻ってこないんだ。だったら次に活かした方が、何倍もいいでしょ?」
「……そうですね。私も、そう思うことにします。まずは料理ですね!」
まずはそこからなんだねと、私は苦笑した。
「うん。期待しているよ──っと、そろそろ焼けたかな」
肉の焦げ目が茶色くなってきた。ナイフで軽く切って奥の方を覗き、ちゃんと奥まで火が通っているかを確認する。
「プリシラ。お皿取ってくれる?」
「かしこまりました」
鹿にそのまま齧り付くのは厳しいので、小分けに切り分けて皿の上に乗せる。
味付けに香辛料と専用のタレを掛けたら、ようやく完成だ。
「美味しそうです!」
「ただの丸焼きだけどね。次はもっと豪華な物にしよう」
「私にとっては十分嬉しいです! 久しぶりに、豆以外の物を食べましたから……いや、思い返せば最近は食べてすらいませんでしたね」
「奴隷って、そんなに酷い扱いを受けていたの?」
「他はもう少し量があったと思いますが、私の場合、弱らせるためにわざとやっているようにも感じられましたね。最後の方は私の方から反発した結果、あのような痴態を晒すことになってしまいましたが……」
「じゃあ、これからは好きなだけ食べられるね」
「ご主人様……っ、はい!」
プリシラは飯とも呼べない物を与えられ続けてきた。そのせいで体力も運動神経も大幅に低下してしまっているらしく、本調子になるにはまだ時間が掛かりそうだ。
……そう考えると、今日のご飯はお肉で良かったのかもしれない。
やっぱり、元気を取り戻すにはお肉を食べるのが一番だ。ちょっと原始的な考えすぎる気もするけれど、今後もお肉料理を多く出した方がいいかもしれないな。もちろん、味に飽きないように色々な料理を作る。アメリアに仕込まれた腕の見せ所だ。
「あーぁ、本当なら私の大切な奴隷になんてことしてくれたんだって、あの奴隷商人のところに殴り込みに行きたいけれど……」
「はい。もうあいつらは居ないので、残念ながらそれは叶いませんね」
満面の笑みでそう答えるプリシラは、とても晴れ晴れとしていた。
「一応聞くけれど、生き残りは?」
「居ません。一人残らず、駆除しました」
あれは二手に別れた時の話だ。
私が頼んだお使いを早々に終わらせたプリシラは、そのままの足で奴隷商人のところに戻ったらしい。
そこで行われたのは、殺戮だ。
自分を商品にした奴隷商人。拷問が緩く感じるほどの仕打ちを与えた商人の手下。自分の慰めにプリシラをおもちゃにした奴隷達。
──彼女にとっては、全てが復讐対象だった。
だから、記念すべき最初の悲劇の舞台には、彼らに立ってもらうことにした。
その場面を見られなかったのは非常に残念だったけれど、代わりにプリシラの満足した笑顔を見られたのだから、それで良しとする。
「……って、食事中にする会話じゃないよね」
しかも今目の前にあるのは、シンプルな肉だ。
そこで殺したとか、駆除したとか、普通では出てくるような言葉ではない。
「私達らしくて良いではありませんか」
「……まぁ、そうだね。プリシラの言う通り、こっちの方が私達らしいや」
私とプリシラの行動理由は、普通と比べたら異常だ。
そんな二人が今更おかしな会話をしていても、それは私達にとっての『普通』なんだ。
「それでご主人様。今後はどうなさるおつもりですか?」
「……ん? まだその話していなかったっけ?」
「私の記憶が正しければ、まだですね」
「あ、そうか……ごめんごめん」
先日のことで頭が回っていなくて、うっかりしていた。
よく思い返してみれば、確かに詳しいことを話さないまま、時間になったという理由で干し肉の調達だけを頼んでいたんだった。これは悪いことをしたな。
「プリシラもそうだと思うけれど、私もまだ本調子じゃないんだ」
「ご主人様が、ですか? あれほどの実力をお持ちなのに、まだあれ以上の力が……」
「この体だと、まだ十分に鍛えられていないんだ。一度目で普通にできた動きを満足にできていないから、本調子と言うには遠いかな」
それに、いざという時の『奥の手』も、二度目ではまだ試していない。
もし問題なくできたとしても身体能力が乏しい今では、それも満足してやることはできないだろう。
「だから、まずは手っ取り早く体を鍛えようと思う」
これは今の私達が一番に優先した方がいい課題だと思っている。
貴族を相手にするのだから、「これくらいで十分だろ」と過信することなく、むしろ手加減してでも相手を殺せるようになっておかなくてはならない。
──常に最悪を想定して動く。
これは『死』と隣り合わせにある者にとっての、基本となる心掛けのようなものだ。
何が起こるかわからない以上、色々な場面を考えて動く必要がある。でも、残念ながらそれに注意しておけば良いという訳ではない。
もし事前に危機を察知できたとしても、実力が伴っていなければ動く前に死ぬので、鍛えることは何よりも生き残るために重要だと言っても過言ではないんだ。
「手っ取り早く鍛える、ですか……?」
プリシラはその方法に心当たりが無いのか、怪訝な表情を浮かべた。
気のせいか、少しだけ不安そうにも見える。
「そんなちょうど良い方法があるのですか?」
「あるんだよ。私達にぴったりな場所が、ね」
ニヤリと、含みのある笑みを浮かべる。
今の私達に最適な場所、それは────
「『迷宮探索』。そこで一週間、限界まで鍛えぬく」
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