23. 少女はそれでも前に──
みんなの家族は、丁寧に回収した。
今は私の収納魔法の中で静かに眠ってもらっている。並べられていた台から動かすと、永久保存の魔法が解けてしまう。でも、収納の亜空間では時が停止しているので、永遠に腐ることはない。
これは全てが終わる時までの応急処置だ。
「……ありがとな、ノア」
「しばらくの間、私達の家族を任せるわね」
二人はシャドウの拠点に帰って行った。
気持ちの整理をしたいのだろうと思い、私は二人を引き留めなかった。
「気分は、晴れないよね」
ようやく再会できた家族は、とっくに死んでいた。
今まで我慢して守ってきたものは全て無駄だった。
その事実に直面して、すぐに気持ちを切り替えられる人間はいないだろう。
「でも、進まなきゃいけないんだ」
私の胸の中にある感情の全てを、復讐の糧に捧げる。
何が何でも、進まなきゃいけない。一度歩き出したら止まれないんだ。そうじゃなきゃ、きっと私は──耐え切れない。
「…………プリシラは、大丈夫かな」
思ったよりも時間が掛かってしまった。
正確な時間は時計を見なきゃわからないけれど、多分もう少しで約束の時間になってしまう気がした。
「私も、早く行かないとな」
重い足取りで住民街の方へ歩き出すと、やがて一組の親子とすれ違った。
「あっ!」
ベチャッと、背後で音がした。
子供が転んだ拍子に、その手に持っていたお菓子を落としてしまったらしい。
「僕の、おかしがぁ!」
「ほら泣かないの。また買ってあげるわよ」
それでも子供は泣き止まない。
今食べたいのと言って聞かず、母親は困っている。
「…………ぼく」
気が付けば私は、その子に声を掛けていた。
どうしてかわからないけれど、放っておけないと思ってしまったのだ。
「これ、あげるよ」
そう言って取り出したのは、適当な露店で購入したクッキーだ。
後で食べようと思ってポケットに入れていたので、少しだけ形は崩れているけれど、気にするほどではない。
「……いいの?」
「良いよ。その代わり、泣き止んでくれる?」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「……偉い子だ。もうお母さんを困らせちゃダメだよ?」
子供は強く頷いた。
その反応に満足した私は、小指を差し出す。
「男の子はお母さんを守ってあげるものだ。お姉ちゃんとの約束」
「うんっ! 約束する!」
──守ろうとしても、守れなかった。
この子には、同じ人生を歩んでほしくない。
私達と同じ思いをする人は、誰も居ないのが正解なんだ。
「ありがとうございました。ほら、あなたも」
「優しいお姉ちゃん! ありがとう!」
『あなたは良い子よ。そして、誰よりも優しい子だわ』
「っ、……」
夢で言われたことを、ふと思い出した。
どうして急に親切にしてしまったのか、どうして関係のない子と約束してしまったのか。黙って立ち去ればよかった。助けたところで私に得はないし、意味もない。
多分、今の私は不安定だ。
やっぱり二度も家族のあの姿を目の当たりにするのは、流石にキツい。
どうして子供なんかを助けてしまったのかわからない……わからないのに、考えれば考えるほど、お母さんの姿が脳裏に思い浮かぶのは、何でだろう。
「じゃあね、お姉ちゃん!」
子供はクッキーを片手に大手を振り、母親と一緒に行ってしまった。
「…………じゃあね」
呟くようにそう言った時には、親子の姿は見えなくなっていた。
「何をしているんだろ、私」
その場に座り込み、自嘲気味に笑う。
本当に何をしたいのかわからない。
モヤモヤして気持ち悪いけれど、私は動かなきゃいけない。
「わかってんだよ、そんなこと……」
なのに、今はそんな気分じゃないんだ。
「守りたかった」
──守れなかった。
「会いたいよ」
──もう会えない。
「また、みんなと一緒に、一緒に…………」
その願いは、もう叶うことはない。
守りたかった家族を守れず、二度と会えなくなって……一緒になんて、私なんかが願う資格は無いんだ。
「ご主人様っ!」
遠くの方から、女性の綺麗な声が聞こえた。
私をそのように呼ぶのは、多分この世界で一人だけ。
「……プリシラ」
顔を上げれば、プリシラはすぐ近くまで迫っていた。
彼女の表情には焦りと安堵、困惑が入り混ざっていて、少し変だ。
「どうしたの、プリシラ。変な顔だよ」
私は笑い顔を作り、少しでも安心させようと笑った。
「っ……それを、貴女が言うのですか……!」
でも、どうやらそれは逆効果だったらしい。
今の私は、きっと酷い顔をしている。
今日出会ったばかりのプリシラに見抜かれたのだから、相当なのだろう。
「何が、あったのですか」
「何でも無いよ。私が勝手に落ち込んで、絶望しているだけ」
私もそうだけど、プリシラも人のことを言えない。
どっちの顔も、酷い有様だ。
「そんな顔しないでよ。大丈夫。復讐はちゃんと終わらせる」
──でもちょっとだけ、休ませてほしいかな。
「食料調達は無事に終わったようだね。その後の用事も満足してくれたみたいだ。よかったねプリシラ。これがお前の第一歩────」
私は最後まで言葉を発することができなかった。
俯きながらつらつらと言葉を並べていた私は、手を広げて真正面から抱擁するプリシラに気付けなかったのだ。
「何があったかは、まだ聞きません。でも、いつか私にもご主人様の苦しみを分けてください。少しでも貴女の負担を、軽減させてください」
耳元で囁かれた言葉は、とても甘く感じられた。
「貴女は、一人ではありません」
私は、一人じゃない?
今までずっと孤独で生きてきた。
常に殺し殺される世界に身を置いて、眠れない夜を過ごしてきた。
誰が敵か味方かもわからない場所で、ずっと暗いままに過ごしてきた。
私にはシャドウがいたけれど、やっぱり私は独りぼっちだった。
どこかで皆と距離を置いて、ふとした時、今すぐにでもどこかに消えてしまいたい気持ちでいっぱいになった。
でも、それはできないと自分を抑えてきた。
逃げたら家族が殺される。だから戦い続ける。自分のためではなく、家族のために。
一度目はそうやって頑張ってきて、全てを裏切られた。
二度目で全てにやり直しができると思っていたけれど、結局全てが遅かった。
どんなに足掻いたところで、家族は戻ってこない。
──結局私は、孤独なんだ。
そう思ってしまった私の心は、とても弱いのだと理解してしまった。
「私が居ます。私が、最後の時まで貴女の側にいます」
後ろに回された手で、頭を撫でられる。
それは優しくて、とても温かくて……私は込み上げるものを我慢できなかった。
「ぅ、わぁあああああ! ああぁああああああああ!!」
一度溢れ出したものは、簡単に止められない。
プリシラの体にぎゅっと掴まり、みっともなく泣き喚く。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……みんな死んだ。また守れなかった。頑張ろうって、次こそは頑張ろうって思っていたのに、結局私は……!」
この感情をぶつけても、プリシラには迷惑なだけだろう。
むしろ弱い部分を曝け出している私を、情けないとさえ思っているだろう。
「我慢しようとしても、無理だった。死んで行くんだ。全部、居なくなっちゃうんだ。どんなに、どんなに殺しても、大切な人は私の手からこぼれ落ちていく。私の手はこんなに小さくて、今は自分が一番憎らしい。どうして死んでいくの!? どうして私を置いていくの! ……ねぇ、教えてよ。教えてよ!」
プリシラは何も言わない。
ただ黙って、私を抱きしめていてくれた。
私がどんなに喚こうが、私がどんなに理不尽なことを言おうが、私が泣き疲れて眠るその時まで……彼女は、私の側から離れてくれなかった。
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