18. 魔族は少女と共に歩む


 気がつくと少女の周りには、おびただしい量の血溜まりができていた。


 全て、少女の手によって死んだ奴隷達だ。


 ある者は全身の骨を折られ、ある者は皮膚が全て剥がされ、ある者は空間に押しつぶされ、ある者は雑巾のように絞られ、ある者はその身を細かく切り刻まれていた。


「アハッ……」


 少女には申し訳ないという気持ちがなかった。

 あったのは『ざまぁみろ』というドス黒い感情。



「──まだ足りない、な」


 まだ憎い。

 もっと殺したい。


 だって、私を不幸にした奴らは、まだこの世に沢山居るのだから。




 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!




 少女の中には、それだけしか残っていなかった。


 それからというもの、少女は全てに対して反抗的な態度となった。


 躾をしようとする奴隷商人を殴り、止めようと動く大男二人を蹴り飛ばし、ニヤニヤとした目線で近づいてくる購入者に噛み付き、その喉を引き裂いた。


 何度もムチで叩かれた。

 太くて頑丈な鎖で全身を拘束された。


 徐々に体力を失わせる魔法陣を張られた。食事も二日に一回しか出されなくなり、少女は一歩間違えたら簡単に死ぬ状態までになっていた。


 それでも、少女の中に燻る復讐心は消えない。


 ──きっと、この感情を抱いたまま死ぬのだろう。


 だからって諦めるつもりはない。

 いつか絶対に奴らを道連れにして、嗤って死んでやる。






「──見つけた」






 ぼんやりとした意識の中、声が聞こえた。


「ああ、やっぱりいい目……」


 そいつは人間だった。

 少女よりも小さな子供だ。


 まだ世界の汚い部分を知らなさそうな幼い容姿なのに、人間の少女に纏わり付く不気味な気配が──気持ち悪い。



 頬を触れられる。



 少女には抵抗する力が一切残っておらず、歯を剥き出しにして、敵意をぶつける。

 だが、相手はそれを心地良い風を受けたような涼しい顔をして、全く動じなかった。


 そして、少女は自分よりも遥かに小さい幼女に買われた。


 路地裏に連れて来られ、透明な瓶を渡された。


「それを飲めば喉が治る。……多分、傷も」


 全てを信じられなくなっていた少女だったが、どうせこのままでも短い人生だと思い、瓶の中の液体を飲み干す。


「ぁ……あ、あー……のど、が……なおった……?」


 すると傷はすぐに癒えて、何日かぶりに声を発した。

 自分はこんな声だったのかと懐かしい気分になると同時に、少女の中では疑問が浮かび上がっていた。


「急に喋ると喉を痛める。しばらくは大人しくしていた方がいい」


 声を聞いた主人は、安心したように微かに笑った。


 ──ズキリ、という胸の痛み。


 良心でくれた恩に仇で返すことが申し訳ないと思った少女は、それでも復讐する未来にしか歩む道が残っていなかった。


「それで、あなたの名前なのだけど────」


「ごめんなさい」


 だから少女は、自分を購入してくれた主人を殺そうと行動に出た。


 しかし、それは叶わなかった。

 糸のような何かに全身を絡めとられ、少女は一切の動きを封じられる。



「別にね、お前を殺してもいいんだよ」


 間近にぶつけられた殺気。

 目の前の女の子からは到底出せないような濃厚なそれは、少女に恐怖心を抱かせた。


「お前を殺して傀儡にする。お前の、魔族の心臓は質がいい。凄く強くて、『死』さえも恐れない理想の駒ができあがる。それも、こぉんなに簡単に……」


 首元にナイフを突きつけられる。

 鼓動が早くなるのを感じた。


「ねぇ、お前は誰を殺したい? 誰に復讐を誓う?」


 その時、少女は初めて主人を真正面から見た。

 そして理解する──ああ、この人は私と同じだ、と。




「──全て」




「ふぅん……?」


 気付けば、そう答えていた。


「全てが、憎い。私を裏切った父親、兄、配下。そして私を甚振った人間共。全てを殺す。

 ……いいえ、殺すだけではない。最後まで苦痛を与える。骨の髄まで壊して、壊して壊して──殺す。それが私の望み。そうじゃなければ、狂ってしまいそうになる」


 その言葉に、主人は口元を吊り上げた。

 それはどこまでも愉快に笑っているように思えた。



「お前は私の奴隷であり、駒だ。お前には私の復讐を手伝ってもらう。そして私はお前の復讐を手伝ってあげる。私達は利用して利用される関係だ。でも、『仲間』なんて生温い関係になるつもりはない」


 主人は手を伸ばす。

 それは悪魔の導きのような、とても魅惑的なものに見えた。



「ここからは戻れない。普通の生き方は決して叶わない。それでも私と共に来る?」


 すでに少女の拘束は解かれていた。


 今ならば逃げられる。

 だが、そんなことはしなかった。


「…………貴女は、私を裏切る?」


 少女がそう問いかけると、主人はどこまでも面白そうに腹を抱えて笑った。


「くくっ、あははっ、アハハハハハッ! それはあり得ないな。こんなにも楽しいのに、こんなにも最高の駒を見つけたのに、裏切る!? ハッ、それこそ勿体無い……!」


「ふふっ、勿体無い、ですか……ええ、ええ、そうですね。その通りです。貴女様とならば、最高の復讐を成せる。ならば、私に迷いなんてありません」


 その時、少女は生まれて初めて、心から笑っていた。


 ──ああ、この人となら大丈夫。

 ──この人になら、いい。


「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」


「名前、ですか? プリシラ。プリシラ・ヴェールです」


「プリシラね。……私はノア・レイリア」


「ノア・レイリア。それが、私のご主人様のお名前……」



 そうして、少女はその手を握った。


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