16. 魔族は天才と呼ばれていた
少女は生まれもって強大な力をその身に宿していた。
だが、それは当然のことだった。
少女は『魔王』の血を受け継いでいる。
彼女には兄が三人居るが、彼らも魔王の息子として恥じぬ力を持っていた。
しかし、少女の持つ力は、まだ未熟ながら兄達を凌駕するものだった。
そのため、周囲からは次期魔王候補として応援され、少女もまた魔族のため、上に立つ者として相応しくなろうと、幼い頃から努力をした。
それから時は流れ、少女は三十歳となった。
人間で例えるといい大人だが、魔族にとってはようやく産毛がなくなったまだまだ未熟な子供だ。
その歳になると、少女の周りを囲む者達との『実力の差』というのがハッキリと出るようになっていた。
幼い頃から鍛錬を続けていた少女と、やっと鍛錬を始めた同世代の子供達とでは、すでに埋めようのない圧倒的な実力の差が出来てしまっていたのだ。
圧倒的な実力を持つ少女は子供達から避けられるようになり、少女はまだ幼い子供でありながら、同年代の子供と遊ぶことをしなくなっていった。
その分、いつか来る人間との戦いのため、少女は一日の稽古時間を増やし、いつの間にか少女の兄達と互角に戦えるまでに成長していた。
少女は僅か三十という幼い歳で、実の父親である『魔王』以外の魔族には負けなくなっていたのだ。
その類稀なる才能から、周囲の期待は自然と高まっていた。
しかし、それを面白く思わない者達がいた。
──少女の兄達である。
挙句には父親であるはずの『魔王』でさえ、自分の地位を奪われるのではないかと少女を恐れ始めていた。
それからというもの、兄達は少女を虐めるようになっていた。
最初は気にならない程度の虐めも、次第にエスカレートしていき、すでに成人してある三人が一方的に少女を嬲るまでになっていた。
痛い、やめて、と少女が訴えても、兄達はその反応を楽しむかのように笑う。
もちろん助けは来ない。
少女はただ耐えるしかなかった。
ある日、少女の母親に虐めの現場を目撃され、父親に直談判しに行くことになった。
しかし、父親は兄達に口だけの注意をして、後は忙しいからと二人を部屋から追い出してしまう。
「ごめん、ごめんね……力の無い母親で、ごめんね……」
母親は泣きながら、少女にそう言った。
「大丈夫だよ、お母さん。気にしないでいいんだよ」
お母さんが謝る必要はない。
全ては父親と兄たちが悪いのだからと、少女は母親を慰める。
慰められたいのは少女だったはずなのに、自分のせいで心を痛める母親を見ていたくはないと、少女はそう思っていた。
その後、二人は魔王城を出た。
魔族が誰一人住んでいない遠く離れた地に赴き、二人きりで暮らし始めた。
少女は虐めのない平穏な日々を送るようになったが、時が経つにつれて少女の母親は見るからにやつれていった。
──少女は五十歳になり、成人した。
久しぶりに父親から、お祝いと謝罪の手紙が届いた。
そこには『成人祝いのパーティーを用意したので、ぜひ参加して欲しい』という旨も書かれていた。
「絶対に怪しいわ。行っちゃ駄目よ」
母親はそう忠告したが、少女はここまで母親を追い詰めた父親と兄達、そして何も出来ない自分を許せなかった。
だから、どうか母親だけは元の生活に戻してあげてほしいと、そうお願いするために、少女は招待を受けることにした。
母親の強い反対を押し切り、別荘を出て数分したところで、少女の前に黒ずくめの集団が現れる。
「プリシラ・ヴェール様ですね」
「……誰?」
少女は警戒しながら、問いかける。
「魔王様の配下の者でございます。お迎えにあがりました」
見るからに怪しい集団だったが、父親の配下と言われて少女は安堵した。
──今思えば、それが間違いだったのだと少女は思う。
「この先に馬車を用意しましたので、どうぞお先に」
「ええ、ありがと──ッ、?」
促されるまま配下の横を通り過ぎた少女の胸に衝撃が走る。
直後、じんわりとした温かいものが広がるのを感じた。
不思議に思って胸元を見ると、少女自身の胸からは鋭い突起物が出ていた。
それは乱暴に引っ込み、入れ替わりで真っ赤な血が流れ出る。
少女はそこで理解した。
──私は刺されたのだ、と。
「──ァあァああああっ!!」
そう認識した途端、温かい感覚が激痛となって少女を襲う。
初めて味わう痛みに、少女は冷静さを失って地面を転がった。
「……胸を刺されても生きているのか。さすがは魔王様の血族なだけはある」
「ぐっ、ぅう……ぁああああ……」
黒ずくめの男が何かを言っても、少女は痛みに耐えるのに必死で何も聞こえない。
「だが、これで終わりだ」
男は刃物を振り下ろす。
少女にはそれがとても遅く見えた。
その隙に体を動かそうとしても、自分のものであるはずの体は言うことを聞いてくれない。
──ああ、これで死ぬのか。
他人事のようにそう思った。
今まで必死に鍛錬してきたのに、いざという時に意味をなさなかったことが悔しい。
やっぱり罠だったことに、「ほら、見たことか」と自分を笑ってやりたい。
全てがスローモーションになった世界で、少女は諦めたように目を閉じる。
その目蓋の裏に、母親の姿が映った気がした。
「ッ、アアッ!」
──これ以上、母親を悲しませたくない。
──こんなところで死ねない。
最後の力を振り絞って、振り下ろされた刃物を掴む。手に鋭い痛みを感じる。
「アァアアアアッ!」
少女は無我夢中で力を発動した。
今はとにかく生き残る……という思いを胸に抱き、黒ずくめの暗殺者は悲鳴を上げることなく空間に押し潰され──存在ごと消えていった。
「はぁ、はぁ……家に、帰らな、きゃ────」
朦朧とした意識の中、母親が待つ別荘へと歩きだそうと立ち上がる。
しかし、上手く足に力が入らずバランスを崩して地面に倒れ、少女はそのまま気を失った。
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