保健室で出会った小悪魔と一緒に住むことになりました
文嶌のと
本編
プロローグ
第1話 保健室での出会い
僕に青春ラブコメなんて必要ない。
十年前に母さんが死んでから、父さんと妹――
だからこそ、勉強に人生を費やし良い大学を出て、少しでも多くのお金を稼がなければならなかった。遊んでいる暇なんてない。
その甲斐あって高校二年の現在、上位の成績を収めている。順調な学園生活を過ごしていた。
そんな三月のある日。
急に腹痛を催し、保健室に向かった。
ドアを開けるも先生はおらず、ふたつの空きベッドと最奥にひとつの閉じられたカーテンが見える。あまりの痛さに、先生の帰りを待つ間だけでも横になろうと考え、詰める意味も込めて閉カーテンの隣のベッドに靴を脱いで座った。右を下にして寝る方が楽なところを見ると肝臓周辺ではなく胃腸の不調なのだろう。胆石なら余計に痛むはずだから。
右を向いているためカーテンが良く見える。誰が寝ているのだろうか。その生徒も体調を崩しているのだろう。同じ境遇から心配の念を抱いていた。
そんな時だった。
頭側のカーテンが少しだけ開けられ、生徒の頭だけが見える。茶色だ。高校生にも拘らず染めているとはお世辞にも真面目な生徒とは言えないだろう。当然、校則違反だ。
「君も……なの?」
声が小さくはっきり聞き取れない。だが、声の高さから察するに女子生徒だろう。
「え? なんですか?」
「君もサボりなの?」
は? 今なんと?
こっちは真剣に腹痛と戦っているというのに、わざとここへ来て時間を潰しているというのか。
「違います……腹痛なんです」
「えっ、大変!」
サッと勢いよくカーテンが開けられ、女子生徒の全体を捉えた。彼女は今、自らの掛布団を跳ねのけ、ベッドに座っている状態だ。
「先生お昼食べに行ったから、なかなか帰ってこないよ?」
「そう……ですか」
最悪なタイミングでここへ来てしまったということだ。さて、どうする。
「テキトーに棚から取ってこようか?」
「いえ、それはちょっと」
見た目で判断して申し訳ないが、あまり学があるようには思えない。もし違っていたら相当失礼だが。そんな彼女が適当に選べば何を飲まされるか分からない。副作用のない薬は存在しないのだから、気を付けて服薬しなければならない。
「でもこのままじゃ辛いでしょ? さすってあげようか?」
「いえ、お構いなく」
懸命に心配してくれていることは正直嬉しい。更には、腹痛で余裕のない中でも彼女が相当の美人であることくらいは認識できた。ウェーブのかかったロングヘア、それに手首に碧のブレスレットが着けられていた。だが、派手過ぎるとまではいかず、清楚なタイプが頑張ってみましたという感じがする。
「君、意外と頑固だね」
「え、いや、そうじゃないんですが……。じゃあ、薬の説明を読むので適当に持って来てもらえますか?」
「らじゃー」
ベッドからぴょんと降り、棚の方へ向かっていく。
薬が入れられた箱や容器には一般的に注意書きがされているはずだ。用法用量や効能など。僕にはそれなりに薬の知識があるから分かるだろう。
「ほい」
「どうも」
箱を三つ手渡された。ひとつは大きく総合感冒薬と書かれている。これは違う。もうひとつは熱冷ましの座薬。こんなものを今ここで、それも彼女の前で入れられるわけがない。却下。最後のひとつは胃腸薬と書かれている。これだ。
だが、よくよく見ると消費期限が過ぎている。こんなものを置いたままにして先生は平気だというのか。それとも単なる捨て忘れか。
「このふたつはダメです。最後のは日が過ぎてます」
「ちょっとくらいヘーキじゃない?」
「ダメです。一日でも過ぎたら飲みたくありません」
「君、やっぱり頑固だね」
少々イラついてきた。ここ数分しか関わっていないが、なんとなく彼女の性格が把握できる。大雑把、無知、そんなところか。
再び棚へ移動している。
「これも胃腸薬って書いてあるよ?」
「ちょっと見せてください」
これは大丈夫そうだ。全ての条件をクリアしている。
「これで大丈夫です。あとは水を」
「えーっとコップコップ……あった! 水道水でいいよね?」
「はい」
この際、味などに拘っていられない。それに近年の水道水は味や衛生面に配慮されている。
「ほい。……ねえ、寝たまま飲めるの?」
ベッド脇にコップを持った彼女が立って尋ねてくる。確かにこの体勢では飲めない。かと言って腹痛が酷くて起き上がりたくない。
「口移ししたげよっか?」
「えっ!?」
今なんと? 口移し? 聞き間違いじゃないだろう。はっきりそう聞こえた。
「ジョーダン! 期待した?」
「い、いえ……。女性が軽い気持ちでそんなことを言わない方がいいですよ?」
「君、古風だね」
半笑いで言ってくる。人が腹痛だというのに。心配してくれているのかどっちなんだ。こういうタイプ、本当に苦手だ。
「なんとか起き上がります」
「お、よっと」
鈍い仕草の僕を見かねて背中を手で支えてくれた。
「どうも」
「じゃあ、コレ飲んで」
「はい」
箱から一回分の顆粒剤を取り出し、水と一緒に飲み干した。
「どう? 治った?」
「い、いえ、まだ飲んだところなのでそれはムリかと」
「へーー、そんなもんかぁ」
あまり知的ではない彼女だが、ずっと背中をさすってくれている。さすられていると母さんが生きていた頃を思い出す。幼少の頃、体が弱かった僕を必死に看病してくれていた。
彼女に母親の思い出を重ねてしまった。全然違うタイプなのに。
「あ、もう結構ですよ。疲れるでしょ?」
「気になさらず。私、暇なんで」
「そうですか」
再び横になると先程より痛みが軽減されている。横になった僕をまださすってくれている。
『キーンコーンカーンコーン!』
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ、もう帰った方がいいですよ?」
「もう大丈夫そう?」
「はい。ありがとうございました。助かりました」
「それは良かった。そうだ、コレどうぞ」
背中側に立っていた彼女がうしろから手だけを僕の目の前に差し出した。何かを握っているようだ。
僕はその何かを受け取るために手を受け皿のようにして待つ。
「あ、飴」
「お腹痛いの治ったら食べて。それじゃあね」
「あ、ありがとうございます」
すぐに保健室を出て行ったようなので、僕の礼が聞こえていたのかは分からない。兎に角、悪い子ではないということは分かった。
腹痛から解放され、無難に午後授業を終えた。
それからすぐに帰宅の途につき徒歩二十分。自宅の前に着いた。玄関ドア右手に
この時間帯はいつもひとりだ。父さんは仕事、理衣は部活があるためだ。
リビングに鞄を置き、手洗いうがいをする。キッチンに向かい、米を洗って炊飯器にセットしスイッチオン。湯を沸かし、味噌汁用の下準備をしておく。ここまでが僕のルーティンだ。あとの作業は理衣がしてくれている。母さんに似て料理が上手く本当に助けられている。良い妹を持って幸せだ。
二階の自室に入る。
着替えて勉強をしようと思った時、ポケットにアレが入っていることに気づく。取り出した飴を眺め、彼女のことを思い出す。
「変わった子だったけど、いい子……なのかな」
僕に限って恋なんてことはない。すぐに机にソレを置き、勉強を始めた。
そして時間は過ぎる。
今日は夜勤がなかった父も含め三人で食卓を囲む。
「ねえお兄ちゃん、来月から同じ高校だね。私の制服姿、楽しみ?」
「そうだね、理衣なら似合うよ」
学費のことを考慮し、僕と同じ公立校を受験したのだ。一緒に登校することもあるだろう。少し嬉しい気分になる。
「ありがと。けど、私はお兄ちゃんと違って勉強できないから肩身狭いなぁ」
「理衣だってきっとできるよ」
そのやり取りを見ていた父さんがこちらを向いた。
「
「そんなことないよ。僕の我慢強さは父さん似だよ。朝から晩まで働いてくれてるし」
「そう言ってくれると嬉しいよ。俺はまだまだ頑張るぞ。お前たちの孫を見るまでは死ねないからな」
「そういえばお兄ちゃん今まで彼女連れてきたことないよね。好きな人とかいないの?」
孫というワードに理衣が食いついた。
「そ、そんな人いないよ。勉強第一だから」
その時なぜか保健室で会った彼女の顔が頭に浮かんだ。
そんなはずない。好きとかそんなんじゃ……。
生まれて初めてモヤモヤする気持ちになった。
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