空に舞う希望の気球

第一話

「今年はあるとやろうか?」


佐賀市内の学校へ通うために毎日乗っている電車は、いつも11月に毎年行われる「バルーンフェスタ」が行われる嘉瀬川河川敷を通過していった。


普段はなんの変哲もない河川敷なのだが、「バルーンフェスタ」が行われる時期にけは、臨時の駅が現れ河川敷にはたくさんのテントが立ち並ぶのだ。


わたし・江頭彩佳えがしらさやかは子供の頃からバルーンフェスタに行くことが大好きで、いつもは寝坊助のわたしだけど、バルーンフェスタにいく日にはだれよりも早く目を覚まして準備をしたものだ。


「早く早くいこうよ」


まだ準備を終えていない親を急がせたのはいうまでもない。


車だと渋滞するということで、毎年電車で向かう。


もちろん、電車も込み合っていた。


とくにバルーンが飛び立つ時間にあわせていく人が多いのだから、普段はほとんど人の乗り込むことがない電車のなかは渋滞するのだ。


その時期だけは、都会の満員電車を味わっているようで少し都会人になった気分になる。もちろん、東京なんかの満員電車を目の当たりにしたら、こんなもの序の口なのだが、東京にいったことのない私には十分に東京の満員電車に乗った気分になれた。


けれど、去年の世界規模の感染症が大流行により様々なイベントが中止されることになった。


この佐賀の地でも同じことだ。


有田陶器市や唐津くんち、夏の花火大会などさまざまな年に一度の一大イベントが中止になり、楽しみだった学校の文化祭や運動会。東京への修学旅行も中止になってしまった。


一時期、休校が続いていたこともあったのだが、いまは通常の授業が行われるようになっている。


だから、わたしは電車に乗って佐賀市内にある高校へと向かっているところだ。


その途中にあるバルーンフェスタ会場となる嘉瀬川河川敷。


普段は静かで周囲を田園といったもので囲まれたのどかな場所だ。


数年前に市内にあった県立病院が移転したぐらいで昔から変わらない景色が広がっていた。


「今年もなかとやろうか」


「どがんやろうなあ? あってくれたらよかとけどさあ」


わたしの呟きに答えたのは最近付き合いはじめた彼氏の梅崎慎太郎うめざきしんたろうだった。


中学からの同級生でいまも同じ高校に通っている彼が告白したのは今年の春のこと。


突然、ラインで話があるのだと呼び出されたのだ。


なんのようだろうと思い私が最寄りの無人駅へ向かうと彼がそこの立っていた。



無人駅といってもそれなりに立派な駅舎がたてられている。


最近建て直されたばかりの駅舎は平屋だてで以前よりの規模が小さくなっているのは、無人ということだからなのかもしれない。以前の切符やお金小さな小箱が改札口にある程度で、簡単に運賃をごまかすこともできるし、金銭泥棒なんかが容易に窃盗を繰り返すことができそうな作りだった。


 田舎ということもあり、窃盗事件が発生したというニュースはでたことはないのだが、運賃を支払わずに改札口から出ていったというケースは何度かあったらしい。



そういうこともあって、今回の駅舎は防犯にも考慮しているらしく、防犯カメラもあるし、切符をいれる場所も自動改札へと変更されている。


私は駅舎のなかへとはいる。


すぐにある待合室のベンチに座る彼を発見した。


私が名前を呼ぶと彼は飛びはねるかのように立ち上がると、こちらへと近づいてきた。


いつもと違うということはすぐにわかった。


どうしたのだろうかと首をかしげる私に真剣な眼差しを向ける彼。


「す......」


「す?」


私はその一文字でピンと来ていたのだが、あえてわからないふりをする。


「スイカくいてえ」


「まだスイカの時期じゃなかよ」


すぐさま突っ込みをいれる。


「す......滑り台って楽しかったなあ」


「そがんとどがんでんよか」


「す......すってんころりん」


「意味不明。そがんこというために呼び出したとね」



「違う。だからあああ」


 彼は顔を赤くしながら慌てている。


その顔がかわいくて仕方がない。


「おいはお前の言葉好いとっと。だから、つきあってくれ」


そういいながら、両手を差し出す彼。


どうやら、握手をしてほしいらしい。


彼の顔を真っ赤になっている。



その様子がおかしくて思わず笑ってしまった。


「笑わんでくれ。おいの一世一代の告白とけ」


そういいながら、顔をあげる彼の頬に私はキスをした。


一瞬何が起こったのかわからずに呆ける彼に私は微笑んだ。


「え? え?」


「よかよ。うちでよかったらよろしくお願いします」


「やっやったああああああ」


 彼は思いっきり喜んだ。


そのはしゃぎように私は思わず周囲を確認したのだが、人の姿はまったくなかった。


もう一度。彼の方を見る。


本当に無邪気な人だと思った。


それから数ヵ月が過ぎた頃、佐賀市内へ向かう電車のなかでバルーンフェスタがあるかどうかの会話をしていたのだ。


「バルーンといえばさあ。知っとる?」


「なにが?」


「今度県立病院がバルーンのイベントするらしかよ」


彼は突然そんなことを言い出した。


「バルーンのイベント?」


「そがんたい。なんか知らんけど、バルーンに車イスの人がのせるらしか」


「車イスのひと?」



「うん。なんていったかなあ。おいたちの学校の先輩らしかとばってんが、何年か前に交通事故にあって車イス生活を余儀なくされたらしかとばってんが、バルーンにのりたかっていいだしたらしかとよ。ついでにイベントにしちゃえええってのりになったらしくてさあ」


「なにそれ?」


意味がわからない。


そういうのりでバルーンなんて飛ばせるものか疑問だ。


「誰でも見学してよからしかとばってんが、ほら、事前予約はいるらしかとよねえ。どがん? 応募してみる」


そういいながら、彼は目を輝かせている。


そのようすでは私が断るはずがないという確証をもっているようだ。


それもそうだろう。


彼は私がバルーンが大好きだと知っているからだ。





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