青春は生きている

葉月 望未

映画館、受付にて



目の前の人は、私にとって丁度良い、ほんの少しだけ低い声で、スッと通る声で、私の名前を呼んだ。


 頭で考えるよりも先に感覚があの時へ戻っていく。






 ——あの夏の高く照りつける太陽の下で、校庭の水道の蛇口を捻って生温い水を両手ですくって。


俯いた額から汗がポタリと落ちていく。


 掌の中の水紋を見ていたら、唐突に。


 ああ、私は、一体何をしているんだろう——って、そう思ってしまった。


 そうしていたら、私は貴方に呼ばれて——。







「……岡田おかだ


 映画館のカウンターでチケットを手渡された時に店員は私の名前を呼んだ。



「……あっ」



 店員の名札「里中さとなか」の文字を見て思わず口元を隠す。



 気怠さにも似たノスタルジーが体を包み込んだ。



「岡田、さん。毎週来るのに全然俺に気づかないよね。それとも気づかないフリでもしてた?そういうのするタイプだもんな」



 目を落として里中はヒラッとチケットを靡かせた。嫌味に聞こえるその言葉は彼にとって悪意でも何でもなく。



「里中、くん。悪意はなくても言い方で相手が悪意って受け取る可能性だってあるんだから」



 そう、今の言葉を高校生の私も口にした。


初めて男子に逆らった。逆らおうとして逆らったんじゃない。


頑張って逆らったんじゃない。


気づけば、勝手に言葉が落ちていった。間違えた、しまった、とまるで人生の終わりかのように絶望感が真上から私を潰した。




 それなのに里中は、私の心中なんて露知らず。



「岡田って、俺にだけ強いよね」



 口角を曖昧に上げて目尻を少しだけ下げてフッと笑うその顔は、高校生の里中と何にも変わっていなかった。その言葉も、何も。





 「スクリーン2」と書いてあるチケットを確認して中へ入り、「Hー09」の座席に座る。



映画の予告を見るともなく見ながら、私は思い出していた。




私が忘れてきた、置いてきてしまった、大人になった私たちが口を揃えて言う青春というものについて。

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