第31話 始まりは冬の夜

「集中して、集中して、力を集める。両手いっぱいに集めたら、ギュッてする。集めて、集めて……」


 中庭の片隅で、ヴァルナは一人練習していた。トルシィに教わり自分の力を感じてから、時間があれば練習に励む日々だ。

 自分の中に、なんだか不思議な力がある事は分かった。だけど、まだ上手く使えない。集め過ぎて上手く出せなかったり、逆に少なすぎて出せてもほんのちょこっとだけになってしまったり。

 トルシィには、後は慣れだと言われた。体で感覚を覚えていくしかないと。


「っはぁ~。疲れたぁ。体を動かしてる訳じゃないのに、すっごく疲れちゃう。どうしてかな。お勉強をずっとして頭を使ってると、体は動かしてなくてもお腹がすくのと似てるのかな」


 少し休憩と言わんばかりに、練習の手を止めて伸びをする。興味深そうに中庭を散歩していたフィルが、足元へ戻ってきた。その辺の石に腰かけて、ふわふわもふもふの毛並みを抱き上げる。

 今のフィルは、いつもの子犬みたいなフィルだ。フィルの中には二人居ると、ローレルの言葉を思い返す。


「ねぇ、フィル。キミの中には二人も居るんだってね。大変ね。じゃあ、ご飯も二人分食べたいかな? ふふ、なんだったかな、双頭の犬のお話も読んだ事があったと思うけど、どんなお話だったかなぁ」


 うりうりと、ふわふわな蒼銀の毛並みに顔を埋める。くすぐったそうに身をよじって、腕の中から逃げてしまった。今のフィルは本当に子犬そのもので愛らしい。


 「よっし! もう少し練習しようっと」


 休憩終わりと立ち上がるヴァルナ。ぽかぽか日向の中庭は、冬であっても暖かい。トルシィから、慣れないうちは自然を感じられる所で練習すると良いと言われたのだ。

 この力は、魔力とは違うらしい。魔力は、一人一人が生まれ持った力で、体質のように一人一人で量も性質も異なる。持っている者は稀で、殆どの者は魔力無しだ。

 だから、魔力が少しでもある者は重宝される。ローレルが当たり前のように魔力を持っていたと知った時も驚いた。

 この神殿へ移動する道中で、なんでもないように野営の火を指先から出して見せたのだ。初めて見る魔法に、ヴァルナは興奮しきりだった。思い出すと少しだけ恥ずかしい。


 小さな古井戸があるこの中庭は、ハーブや花が植えられた花壇が並び、雑草も適当に生えていて自然が多い。ずっと森で育ったヴァルナには、少し森が恋しくも思えた。

 とはいえ、冬の雪が続く日なんて何日も家に閉じこもって編み物やゲームをしたりもする。部屋の中に閉じこもるのだって、慣れたものだ。


「さ、練習練習」


 声に出して弾みをつけると、勢いよく立ち上がった。丁度、目の前の廊下を通り過ぎる人影が目に入る。


「あっ、ファラおばさん、こんにちは!」


 夕ご飯の仕込みが終わったのか、通いで食事の用意をしに来てくれているファラおばさんが帰る所だった。

 ヴァルナに気付いて、立ち止まり手を振る。ヴァルナは小走りで近付いた。


「ああ、ヴァルナちゃん。今夜はデザートにプディングがあるからね、楽しみにしておいで」


「わぁっ! なんだかもうお腹が空いてきちゃった」


「ははは、良いね、子どもはいっぱい食べてドンドン大きくなりな。そう言えば、新しい服だね、良かった。ちゃんと服を用意してもらえたんだね」


 ニコニコとヴァルナの頭を撫でるファラおばさんからは、以前、おばさんの子どもの服だとお古を頂いていた。お古もまだ着ているが、今日来ていたのはローレルに買ってもらった服だった。


「はい、えっと、頂いた服もお気に入りで着させてもらってます!」


「ああ、いいんだよ。新しい服は、やっぱり気分が良いもんさね」


 そう言って頭から手を降ろすおばさんに、ヴァルナは声をあげた。


「あのっ! いつも美味しいご飯をありがとうございます! えっと、私にも何かお返し出来る事はありませんか?」


「おや、お返しだなんてそんな御大層なもの、子どもが気にしなくていいんだよ。まだこんなちっちゃいのに、親と離れて引き取られるだなんて、可哀そうにねぇ」


 背が低めのヴァルナは、どうやら実年齢よりも幼く見られているようだった。ここに居る理由として、当たり障りのない事をローレルが話してくれているのだろうが、おばさんの目には同情で溢れていた。


「そうだねぇ、もし、このゴツゴツの手荒れに効く良い方法なんかがあれば、助かるんだけどねぇ。全く、娘時代にはそりゃあ綺麗な手だったもんさ。それこそ、ヴァルナちゃんのやわらかいお手てみたいだったんだよ? それが今じゃあこんなに分厚く固くなっちまって、ヒビだらけときたもんだ」


 笑いながら言うおばさんの手は、確かに固くて小さなアカギレが沢山あった。


「でも、私、おばさんの手、好きよ。美味しいご飯を魔法みたいに作ってくれる素敵な手だわ。私、本を読むのが好きなんです! もしかしたら、良い方法があるかもしれないから、探してみますね」


「へぇ! ヴァルナちゃんは字が読めんのかい。偉いねぇ。そうかいそうかい、それなら楽しみにして待っていようかね」


 さよならと手を振るおばさんを見送って、ヴァルナは一生懸命思い出していた。


 傷によく効くハーブは、ラヴェルダとティートゥーリね。冬だし、ちょうどこの中庭にあるティートゥーリの葉っぱを少し貰っちゃおう。


 ティートゥーリの木にもいくつか種類があるが、中庭にあるのは中でも葉が細長くて寒さに強い種類だ。だから、中庭で地植えでもちゃんと育っている。


 緑の葉っぱを偏らないように数か所から取って、ハンカチに一杯集めた。それを古井戸で水を汲んで、置かれた桶で洗う。

 手が冷たくてキンキンするけれど、おばさんは毎日こうやって何度もキンキンのお水でお料理してくれているんだ。


 丁寧に洗ううちに、かじかむ手を守ろうとでもいうのか、思わず両手から不思議な力が溢れてしまったりして慌てたが、なんとかちゃんと全部綺麗に洗い終えた。


 大事に部屋へ持ち帰ると、古布で貰ったものをいくつか切って、小袋を作る。小さな針とハサミの裁縫道具は、編み針と毛糸と共に、ローレルがこの前買ってくれたのだ。欲しいものは無いかと聞かれて、真っ先に思いついた。


 おばさんから貰った古着を大事に着る為にも、裁縫道具が欲しいとお願いした。針が一本とハサミに糸さえあれば、いくらでも直せる。凄いのだ。方法は、雪解けを待つ間に、お母さんが教えてくれていた。

 ついでに裁縫道具の側に置かれていた編針と毛糸を見ていたら、それも一緒に買ってもらう事になってしまったけれど、そのおかげでローレルへの贈り物だって編めた。


 あの襟巻、気に入ってもらえたかな。

 暖かいと良いな。ローレルさんは朝に弱いって言ってたし、寒いとお布団から出にくいよね。


 そんな事を考えながら針を動かす。小袋を三つ程作って、道具を片付けた。後は、洗ったティートゥーリの葉を乾かして、小袋に詰めたら完成。貰った古布も、穴が開いた時の当て布に使おうと洗っておいたから綺麗なものだ。


「あっ! そうだ、端っこにちょっとだけ……ああ、しまった、袋にする前に思いつけば良かったのに!」


 作ったばかりの小袋を手にして、再び針を動かす。夕食の時間いっぱいまでかけて、真心の込もった贈り物を用意した。

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