時には 人として人らしく

ちょこっと

第1話 始まりは冬の夜

 寒い寒い、身を切るような冷気が肌を襲う、冬の夜。


 一人の男が、真っ白に染まった森で、一心不乱に薪割りをしていた。

 森の入り口付近に建てた家で、妻と二人慎ましく暮らす男。普段は猟師をしており、得物の少ない冬場になると彫り物なんかをして過ごしていた。


 今日は、年に一度の大安息日。誰も労働をしてはいけない日。

 月に四度ある通常の安息日は、午前だけ午後だけと、いずれかを安息の時と出来る。


 ただ、大安息日だけは違った。

 年に一度のこの日だけは、決して、いかなる者も働いてはいけないと、教会から国中に厳命が下されている。


 この日だけは、聖女様のお亡くなりになった大安息日は、全ての者が手を止めて聖女様へ祈りを捧げよ。

 さもなくば、神の怒りを買うだろう、と。


 そんな真冬の夜、妻のお産が始まった。



トン、トン、トン、トン


 控えめに、微かに聞こえるかどうかといった音が、森から少し離れた村にある一軒の戸を叩き続ける。

 産婆のアルマは、暖炉の前で静かに捧げていた祈りを中断して、ドアへと向かった。

 年を重ねた身には重たい古びた家の戸を押し開けると、身を切るような冷気が吹き込んでくる。

 それを大きな体で遮るようにして、一人の男が立っていた。


「すまない、すまない。分かっているんだ、酷い事を頼もうとしていると。だが、どうか、後生だから、来てもらえないだろうか。頼む、すまない、すまないっ」


 森の入り口に住む、馴染みの若い猟師だ。春になると、妻の得意な兎のパイだと、お裾分けを持ってきてくれる。代わりに、おばば特性の傷に良く効く軟膏を持たせてやるのだ。

 いつもは溌溂とした威勢の良い若者が、声を殺して頭を下げる。自分の元へ訪れたのだ、百も承知だ。


「ああ、あんたが悪いんじゃないさね。お産は待ったなしだ。さ、急ぐよ」


 体格の良い男が、その大きな体を折り曲げて必死に頼み込む姿に、腰の曲がった老婆はしわくちゃの痩せた腕を伸ばし優しく撫でる。

 いつでも行けるようにと毎日準備している道具を手に、老婆は男と急ぎ家を後にした。




 猟師の家へ着くと、心細さと陣痛に一人で耐える側へ駆け寄り『お湯がもっともっと必要だ、なんでもいいから暖炉にくべられるようにもっと薪割りをして、水も汲んでこい』と、猟師の男は外へ出された。

 裏庭の切り株でひたすらに薪を割り、暖炉へと運ぶ。


 切り株の近くにある井戸を覗き、桶を落として薄く張った氷を割る。真冬の井戸水に晒す手は、一秒一秒がナイフで切りつけられるようだ。

 凍える水を汲む手は感覚が無くなってきた。けれど、男の息は熱く熱く命の息吹を吐き続ける。


 今、たった今、同じように新たな息吹をあげようとしている我が子に、命懸けで自分の子を産もうとしてくれている妻に、男の想いは寄り添っていた。


 寒いのを超えて、痛い程の凍えにも気付かない程、ただただ、無事を祈った。

 妻も子も、命懸けだ。お産で命を落とす者は少なくない。ましてや、初産だ。

 出来る事なら何だってする。僅かな助けにでもなれるのならば。けれど実際の所、出来る事は待つだけだ。

 どうにも出来ない持て余した熱を、言い付け通り、薪割りと水汲みで発散していた。



 もう充分だと言われる程にそれらを終えて、お産の進む部屋の隅で立ち尽くしていると、産婆のアルマから、部屋の外へ出ていろと追い出された。

 家の中で響く妻の呻き声に耐えられず、家の外へ出て、所在無く森の入り口をうろつく。

 雪が肩にも降り積もり、辺り一面を白く染まる中へ同化してしまったようだ。

 流石にそろそろ戻っても良いだろうかと家の方を振り返った時、一羽の白い鳥が目の前にまろび出てきた。丸々と太って食いでがありそうだ。産後の妻が滋養を付けるのに良いだろう。

 猟師の男は、いつも持ち歩いている弓をそっと構えて、慣れた手つきでその鳥を仕留めると、静かに持ち帰った。

 


 そうして、ひっそりと、ひそやかに、新たな命が誕生した。


 呪われた運命を持つ子だと、奇跡を呼ぶ運命の子だと、人々から罵倒と称賛を浴びる事となる、一人の少女が。

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