第3話

 帰り道。太一は手塚と共に通学路を歩いて行く。家が学校の近所にある太一と手塚は、徒歩通学組だった。高校生にもなると、電車通学組が格段に増える。義務教育を外れ、自ら好きな学校を選べるのだから当然かもしれない。それでも太一と手塚、それに夏月を加えた三人は同じ高校に進んだ。別に約束をしていたわけではない。それでも三人とも同じ高校に進むのは、何かしらのつながりがあったのかもしれない。そうでなければ、小学校からずっと同じ学び舎で育つなんて、太一には考えられなかった。


「それにしても、今日は少し冷えるな」


 手塚はズボンに手を突っ込んでいた。四月を迎え、過ごしやすい季節になったのにも関わらず、たまに吹く冷たい風が冬の名残を感じさせる。


「なあ、手塚」

「ん?」

「教室でみんながボンドについて話してたけど、俺にはやっぱり理解できない。そう思わないか?」


 高野先生の忠告を無視して、自分のボンドを平気な顔して打ち明ける。個人情報をいとも簡単に口にする同級生に、太一はどうしても同意できなかった。


「そうだな。俺も理解できない。だからこうして一緒に帰ってるわけだし」

「だよな。手塚ならそう言ってくれると思った」


 期待していた言葉が返ってきて、太一は安堵する。


「そもそもボンドって、将来結婚する相手との相性の良さを知るための指標とも言われてるだろ? そう考えると結婚って俺達にとってまだ遠い話な気がする。だから教室でぺらぺらと自分のボンドを話す奴らは、将来について真剣に考えてないんじゃないか?」


 まだ自分には関係ない。手塚の言う通り、ボンドを面白がっている高校生は実際に多いのかもしれない。


「それで、結局手塚のボンドはどうだったんだ?」

「……水素型だった」

「水素型って……男子の中で一番モテるボンドじゃん」


 水素型。1―1。異性の誰とでも結びつくことができるボンドだ。


「俺も結果を見て自分の目を疑った。浮いた話なんてこれっぽっちもない俺が水素型。ありえないって」


 手塚は苦笑すると、歩みを止めて太一に視線を向けた。


「太一に聞きたいことがあるんだ」

「何?」

「公開されているボンドの情報以外で、何か知ってることってあるか?」


 真剣な表情で問いかけてくる手塚に、太一は首を横に振った。


「知らない……そもそもボンドなんて嫌いだし」

「嫌いなのは知ってる。だからこそ太一は色々と自分でも調べてるんだろ?」


 手塚の指摘に太一は思わず顔をそらした。

 太一はボンドが嫌いだった。もしボンドで恋愛の全てが決まってしまうのなら、今まで自分が女子に対して抱いた気持ちが、全て偽りの感情だと言われてる気がしてならないから。


「それに太一は星野と家族ぐるみの付き合いをしてるんだろ? 当然、星野のお父さんとも付き合いがあるはずだし、特別に教えてもらってるとかあるんじゃないか」


 夏月のお父さんは、ボンドを発見した星野教授。手塚の言う通り、太一は星野教授と小さい頃から交流があった。何か知っていると手塚が勘ぐるのも無理はない。


「特別なことは、何も教えてもらってないよ」


 太一ははっきりと手塚に告げた。実際に星野教授から、ボンドに関する話を聞いたことなど一度もなかった。


「そっか……そうだよな。いくら家族ぐるみの付き合いをしてるからって、教えてもらえるわけないよな」


 大きくため息を吐いた手塚は肩を落とす。そんな手塚の肩を太一は軽く叩いた。


「でも、俺にも一つだけ言えることがある」

「言えることって?」

「ボンドなんかなくても、好きな子と付き合える」


 太一の真っ直ぐな言葉に、手塚は腹を抱えて笑い出した。


「な、何で笑うんだよ」

「いや、悪い。太一って本当に馬鹿正直だよなって思って」

「……うるさい」


 馬鹿正直のどこが悪い。自分の気持ちを素直に言うことに、悪いことなんてない。むしろずっと言えずにいることの方が問題ではないかと、太一は自分の考えを正当化する。


「まあ、その馬鹿正直なところが幸運の女神を引き寄せたのかもしれないな」

「幸運の女神?」

「柊さんのことだって」


 手塚はそう告げると、再び歩き始めた。太一も手塚の一歩後ろをついていく。


「今まで振られまくってた太一を彼氏に選んだんだ。選ばれた太一からしたら、柊さんはそれくらい大きな存在って言ってもおかしくないだろ」

「……たしかに。でも俺と柊は、互いに気持ちが通じ合ったからこそ付き合うことになったんだ。それはわかってほしい」

「わかってるって」


 片手を挙げて太一の言葉に応える手塚。適当に扱われた気がした太一は、手塚の隣まで駆け寄り、嫌味を込めて言った。


「手塚も早く彼女できるといいな」

「何だよ、偉そうに。調子乗ると痛い目にあうぞ」


 軽く手塚に叩かれた太一は、正直浮かれていた。でもそれは初めて彼女ができた男子なら普通の感情のはず。今日だけは盛大に浮かれても問題ないだろう。そう太一は思っていた。

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