特務捜査官ドメンコ・マブイコウォッチ
エコエコ河江(かわえ)
1話:活動記録
隠し階段の先で、さらに隠し階段を降りる。
倉庫の外では潮風が漏れ出した匂いを押し流していく。この隠れた地下を使ったドラッグの密造を隠れ蓑に、さらに深くの部屋で蛮行を働いている。
ドメンコ・マブイコウォッチは単身でこの場に潜り込んだ。
今回の計画は、悪党がひと息をつく瞬間に背後から一撃を喰らわせて、人質となった女性を取り戻す。階段を駆け上がりながら、追手の足を止める道具を落としていくのだ。
「ドメンコ、来たぞ。頭を持ってるのが二番目、脚を持ってるのが三番目だ」
通信機の先から相棒の河合大介が連絡する。監視カメラの映像を傍受し、アジトからの通信でドメンコをサポートしている。
ドメンコの耳にも足音が届いた。
どこからか拐ってきたのを売る前にひと楽しみするつもりの様子だ。黒服の何人かが待ちきれずに袋の中身に話しかけている。
先頭に立つ一人目が部屋に入ったその時、側面からの不意打ちを仕掛けた。
先頭で、手を空ける役目の男が下顎から吹き飛んだ。
後ろの二人は突然のことに驚き、しかも狭い階段で、さらには両手で人間入りの麻袋を抱えている。
反応できない状況の眼前に飛び出し、真白い光を浴びせた。
一切の隙間がない、強い光だ。握り拳に隠れた筒から、カメラのフラッシュと同等の光量を浴びせ続ける。しかも夜と地下の暗闇に慣れていた目だ。短時間ながら、これで動きを封じられる。
その隙に袋を奪い、抱え上げた。中からくぐもった声が聞こえる。ドメンコは階段の急角度を駆け上がりながら耳元で「今から助け出す」と囁いた。
ドメンコが脚を踏み込むたびに、連動したポンプで風船が膨らみ、三歩ごとに切り離して階段を転がり落ちる。
登るには足元の風船を避ける必要がある。
「例のロシア人だな!」
階下からの叫び声に対し、ドメンコは返事をする。
「生憎だが、俺はロシア人ではない。情報筋に恵まれなかったな」
地上に出てからは、待機させていたオープンカーの後部座席に袋を置いた。
運転席に飛び乗ってすぐに発車する。誰もいない夜の沿岸道を走る。
「もうちょっとだけ待ってくれ。十分に離れてから解く」
走らせながら袋の中へと声をかける。
「ドメンコ、奴らはまだ出てこない」
広場に停車し、後ろへと移った。
「待たせたね。すぐ解く」
ドメンコは麻袋の中心を引っ張り、髪を巻き込んでいないか念入りに確認してから鋏で切れ目を入れた。この小さな亀裂から鋏の先をいれて、引く形になるよう切っていく。
中から出てきたのは長い髪をぐしゃぐしゃにした女の子だ。歳は情報通りの十七に相違ない。見たところ、袋に押し込めるにあたって使われた道具は二枚のタオルだけの様子だ。
袋で遮られていた視界が開けて、周囲の状況を確認している。オープンカーに自らと男一人、周囲に見えるものは海と森林と、前後に道路のみだ。
「口から外すぞ」
と言うと同時に押し込まれていたタオルの結び目を吐き出した。涙につられて鼻の通りも悪くなっていた。久しぶりに深く早くの呼吸ができる。
「次は手首だ」
タオルを境に皮膚の色が違っている。乱暴に束ねられたのだ。鋏を入れるには問題があるので、結び目を探し、ひとつずつ解いていった。
「助けてくれるのですか」
少女は待つ間にも震えた声で問う。この状況ではまだ、目の前にいる男が何者なのかわかっていない。
「そうだとも。俺の名はドメンコ。ドメンコ・マブイコウォッチだ。女性を狙う卑劣な犯罪を減らすために活動している」
「たった一人で?」
その質問に答える前に、耳元の無線機が喋り始めた。
「こちら河合だ。ドメンコ、発車の準備をしろ。奴らが追う準備をしてきてる」
「了解」
すぐに答えて、運転席へ戻る。
「今の通信が相棒の河合大介だ。この二人がこのエリアを担当してる」
言い終えてアクセルを踏む。後部座席は柔らかな材質で、掴まる輪や持ち手が前と横のほか座面にもある。シートベルトでは心境や時間に問題がある場合を想定した特注品だ。
通信機が喋った。
「ドメンコ。その先で右に曲がれ。地元の警察が待機してる」
「了解。そこで預ける」
バックミラーを確認した。悪の集団は映っていない。追うよりも逃げるつもりのようだ。
指示された道で警察と合流し、後部座席の少女を引き渡す。初めは不安げな表情のままだったが、並んで待つ中に両親の顔を認めると、久しぶりに笑顔が戻った。
家族や警官たちとは、挨拶もそこそこに、敬礼を交わして別れた。
ドメンコの役目はあくまで問題への対処であり、本当は頼られてはいけない。居ても意味がないのがいちばんいい。
悪人の印象には残るようにする一方で、善人からは忘れられるように振る舞っている。
「河合、連絡だ。荷物のことだな」
「聞こう」
「二番をほとんど使い切った。補充と、残った分も整備を頼む」
「了解だ。次は大事に使ってくれよ」
日付が進む。
ひと仕事を終えて充足した会話を交わしながら、ドメンコの車はアジトへの道を走った。
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