第四階層 デストラップ
新しい階に着いた。一本道の通路は長く、奥は暗闇に包まれていた。三人は、ほぼ同時に顔を見合わせる。
冨子は奥の方を眺めながら頬に手を当てた。
「ここって見覚えがあるんだけどぉ」
「まさか、ワープのトラップ!?」
茜は後ろを向いた。通った階段を睨んで一気に駆け上がった。
「どうだ?」
直道が上に向かって声を掛ける。
降りてきた茜は力なく頭を左右に振った。
「上は石柱だからワープで戻された訳じゃない。まったく、手抜きもいいところね」
不満を
「ぴょんって跳んだら次の階だね。楽しみー」
「楽なのはいいんだけど。なんか、すっきりしない」
不貞腐れたような声を出し、茜は足を引きずって歩いた。
程なくして直道が両腕を広げた。
「二人は待機するように」
自身はゆっくりと前へ進む。通路は途絶えていた。限界まで近づいて穴の底を覗く。銀色の槍が大量に仕込まれ、獲物に備える。貫かれた革製のポーチや木製の盾がそこかしこで見られた。哀れな犠牲者の姿はどこにもなく、一片の骨さえ、目にすることはできなかった。
「どうしたものか」
「跳ぶしかないでしょ。向こうの壁に罠の解除ボタンみたいなのが見えるし」
直道は厳しい目を真横に向ける。茜は途切れた先の通路を眺めていた。
「危険だ」
「忘れてない? 私は元陸上部、走り幅跳びの選手だったんだよ」
「状況が違う。それに穴の大きさは目算で四メートルはある」
「だから? お父さんは忘れてしまったみたいね。私の自己記録は五メートル二十三センチなんだけど」
茜は目を怒らせた。直道は失言したとばかりに自身の口を手で押さえる。
「思い出した?」
「……すまない。地区大会で優勝した時の記録か」
「そうよ。さっさとそこをどいてね。集中して跳びたいから」
「んー。なんかヘンよね?」
冨子は二人の背後に立って軽く仰け反る。
「どうした?」
直道の声を受けて、あそこ、と言って穴の上の天井を指差した。他とは大きく異なり、細かい傷が付いていた。
「そういうことか」
直道の声を無視して茜は助走の距離を取る。
「また頼ることになるが」
スーツのポケットから取り出した縫いぐるみを前方に軽く投げた。反応した槍が急上昇。天井に激突して火花を散らせた。
「冨子、お手柄だ」
「大きな音で耳が痛いけど、直道さんに褒められたー」
ふくよかな胸を弾ませて喜ぶ。
離れたところにいた茜は大きな身震いを引き起こした。
「いきなりデストラップって、コワッ!」
「最初から通れない。そうなると茜の知識が必要になる」
直道は一方の壁と向き合った。目や手を使って探っていく。
「私は逆の壁を調べるねー」
二人を遠巻きに見ていた茜は近くの壁に手を当てた。その状態で来た方向に歩いていくと、一部の壁に手がめり込んだ。
「あったよ! ここ、抜けられる壁だ!」
二人が来るのを待ってから足を踏み入れた。通り抜けた先には細い通路があった。穴を迂回するように伸びている。一番奥は袋小路になっていたが、茜は戸惑うことなく横手の壁を抜けた。
「私のゲームの知識は、まだまだってことね」
言いながら壁のボタンに近づいた。手で押そうとしたが微動だにしなかった。
「完全にダミーだね」
突き出た槍が自動で穴の底に戻っていく。串刺しになったウサギの縫いぐるみの手がぶらぶらと揺れた。
茜は別れの意味で、ありがとう、と囁いて小さく手を振った。くるりと回って直道と目を合わせる。
「お父さんも、ありがとう。よく仕掛けに気付いたね」
「冨子のおかげだ。それと穴の底に物はあったが、犠牲者の姿は見当たらなかった。以前、ここを訪れた者達も今の方法を使って危険を回避したのだと思う」
話に納得したのか。茜は拍手を送った。
「……話し合いは必要みたいね」
「家族は仲良くしないとねー」
「そうだな」
三人は奥へと向かう。
「あー、箱があるよー」
「銀色の宝箱だ!」
茜は駆け出した。銀色の箱を身体で覆い隠すようにして二人を待った。
「今度は私が開けるから。ダメって言わないよね」
「もちろんだ」
「私も開けたかったのにぃ」
「前に開けたでしょ! 今度は私なの! 木製とは違って、きっと良い物が入っているよ。敵の登場を匂わせるような武器や防具だったりして」
笑顔を綻ばせて銀色の蓋を開けた。瞬間、大きく仰け反った。
中にはピンクのウサギの縫いぐるみが入っていた。
「また、これー」
嘆く茜を他所に冨子が縫いぐるみを取り出して直道に手渡した。
「少し違うな」
「え、そうなの?」
気を取り直したように茜が目を輝かせる。
「両方の耳の長さが揃っている。作りもしっかりしていて丁寧な仕事だ」
「そんなグレードアップは要らないって」
邪険に手を振って立ち上がる。側で見ていた冨子は、ふふ、と笑い声を漏らした。
「そんな風におもちゃをねだっていたことがあったよねー。なんか懐かしくて胸が温かくなったよ」
「いつの話よ、それ」
「あったな。そう言えば」
「えー、二人で私を騙そうとしているんじゃないの。全然、覚えてないよ」
軽く頭を振りながら降りる階段へと歩いていく。
「茜は覚えていないのか」
「家族だって、忘れてしまうこともあるし、すぐに思い出せるのも家族だから。そうですよね、直道さん」
「そうだな」
二人は笑みを交わし、茜の元に向かった。
階段を降りる間際、直道は後ろを振り返る。
「……用心しないと」
その表情はいつになく厳しいものだった。
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