第二階層 無限の道程
「これがわくわくの冒険なのか?」
直道の一言に、違う、と茜が強く否定した。
冨子は先の方を眺める。糸目を薄っすらと開いてパンプスの踵を上げた。
「先の方は薄暗くて見えないけど、きれいに真っすぐの道だから迷うことがなくていいよねー」
「そうなんだけど、気分的にはちょっとね。最初だし、チュートリアル的なものと考えたら、まあ、妥当なのかな」
茜は文句を言いながらも歩き出す。直道と冨子は左右に付いて三人は横一列の形で進む。
冨子は茜の方に顔を向けた。
「昔みたいに手を繋ぐ?」
「そんな子供じゃないよ」
「……持ち上げるのは無理か」
直道がぼそっと呟いた。茜は猫目を更に吊り上げた。
「人をデブみたいに言うな! 幼稚園の時とは違うんだから。それに、まあ、確かに胸は豊かに育ったかな」
薄いグレーのブレザーを着ているのではっきりとはわからない。強調する目的で少し胸を突き出した。
直道は茜の隣の冨子に目を向けた。エプロンを付けていても胸は迫り出し、一歩毎に上下に揺れた。
「……そうだな」
苦渋の決断という風に重々しい口調で言った。
その後、三人は取り留めのない話をしながら歩いた。最初に異変に気付いたのは茜であった。
「おかしい」
「私がうっかりで鍋を焦がした話が、そんなに面白かった?」
「そっちじゃなくて、この状況がおかしいのよ」
「そうなのか?」
直道の疑問の声で三人は足を止めた。
即座に茜は後ろを振り返る。先の方は暗くて見通すことができなかった。
「こんなに長いはずがない。天然の洞窟には見えないし、上の階と同じ広さじゃないとおかしいよ」
「階によって広さが違うこともあるのでは?」
直道の当然の疑問に茜はニヤリと笑って答えた。
「ここがゲームとよく似た世界なら、それはないよね。トラップと考えたら……そうよ。無限ループだよ!」
茜は来た道を走って戻る。
「二人はそこにいて! 見てくる!」
元陸上部の走力を見せ付けた。数秒で暗がりに消えると瞬く間に戻ってきた。
冨子が不思議そうに頭を傾ける。
「忘れ物でもしたの?」
「違うって! やっぱり無限ループだよ! ここからじゃ見えないけど、すぐそこに上の階段があったよ」
「人知を超えた力が働いているのか」
直道は一方の先に目をやる。ややあって視線を落とし、足元の石畳を見つめた。
「お父さんは背が高いから目印として、ここにいて。お母さんは右の壁を調べて。私は左を見るから。どこかに仕掛けを解除する、あ、それか隠し通路があるかも!」
「わかった。じゃあ、こっちを調べるねー」
冨子は右手の壁を目にしながら横歩きとなった。茜は左手の壁を手で押し、時に蹴る等して念入りに調べた。
残された直道はスーツのポケットに突っ込んでいたウサギの縫いぐるみを取り出し、足元の石畳に座らせた。早速、無限ループの先を見据えて歩き出す。
急に立ち止まって足元に目を移す。置いた時と同じ姿でウサギの縫いぐるみがへたり込んでいた。
直道は今一度、石畳に目を落とす。
「どうなってんのよ! 何も見つからないじゃない」
「こっちもよー」
二人は上り階段を挟んで顔を見合わせた。
「これからどうする?」
「一度、お父さんのところに戻って、それから考える」
「そうねー」
のんびりと答えて冨子は戻ってゆく。茜は速足で追い抜くと、えっ、と短い声を上げた。
直道の姿はなく、ウサギの縫いぐるみだけが痕跡を残していた。
「あら、直道さんがいないわねぇ。どこに行ったのかしら」
「どうやって!? 無限ループがあるのに。お父さん、どこ!」
「どうした?」
無限ループの先の暗がりから声がした。間もなく直道が堂々と歩いてきた。
「どうして、そっちに。だって無限ループがあるのに」
「簡単なことだ。跳べばいい。やはり、その縫いぐるみは役に立つ。忘れずに持ってきてくれ」
「私がうさちゃんを持っていくねー。でも、本当に跳べるのかな。運動は苦手なんだけどぉ」
不安を口にする冨子に直道は、大丈夫だ、と力強い一言を送った。
「その言葉を信じるよー」
糸目の目尻を下げて、ぴょん、の一言で縫いぐるみと共に跳んだ。あとは小走りで直道のところまでいくと正面から抱き付いた。困ったような顔になりながらも拒絶の言葉が浮かばず、されるがままになった。
目の当たりにした茜は釈然としない顔で軽々と跳んだ。難なく三人は合流を果たした。
「お父さん、これってどういうこと?」
茜の質問に直道は簡潔に答えた。
「ループする床を跳び越えただけだ」
「えー、そんな方法ってアリなの? ゲームで見たことがないんだけど」
「ゲームの要素だけではないのだろう」
「そうそう、常識が一番大事なのよねー」
冨子の言葉に二人が同時に反応。似たような苦い表情で笑った。
三人は新たな階段を降りていった。
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