406 歌声

本作品は群像劇です、目線、日時にご注意下さい



3/8 3:40


広く、清潔なベッドだけが並ぶ部屋の中

一同は急に『開いた壁』と『見覚えのある女』を交互に視認する


「起きて早々で申し訳ないのだけれど説明を始めて大丈夫かしら?  でもその前に」

カッチリとした格好に似合わぬ大きな洗濯籠(せんたくかご)の様な物を地に置き

「湿っ、、いえ、ぬるま湯を掛けて軽く絞っただけのタオルです  こっちの箱には消毒液や包帯も入ってますので傷等ある方は使って下さい」


それは突入時、此処に居るほぼ全員が顔を合わせた人物


【アポイントメントは、お済みですか?】


この場所に来ると最初に聞かれる一言だ

所謂(いわゆる)看板役、御用聞き、用事がある者ならば尚更の事



ラボの受付嬢を避けては通れない



彼女は薬箱を丁寧に置き直すと少し困った表情で手を差し出す



・・・



正直、周囲の者は困惑していた

それは起き上がるまでの衝撃的な記憶や壁だと思っていた部分が開いた事にでは無く、淡々と親切を押し付けて来る今の状況に対してだ

何分そういう生き方をして来ただけあり、賢くなさそうな者であっても人一倍に警戒心が高い

なので行動や文句を口にする前に


自分らの代表を見る


「止めろ、一斉にこっち見んなし! 助けてくれたって事なんだろうから噓は無さそうな気ぃする、けど  ここまでする狙いは何だ?」


「入館した時に伝えた通りです」


「急いでたから軽くスルーかましたけどさ、室長の意思とか言ってたっけ? そういうのじゃなく具体的なの聞いて良いか」


「貴方達の行動そのままです、私の目的は一つで」




「キーロ君を連れ出して欲しいと言う事だけです」




「、、じゃあ何?悠長にしてらんないって事?」


「えぇ、今の状況を一通りお伝えしますがあまり時間はありません」


「ふ~ん、延長戦って事か  んで?まぁどっちみち選べないんだろう?」


「はい」


「おっけ、とりあえず分かった、まず黙って聞いてみようか」


そのやり取りを見聞きしていた者達は温(ぬく)い布を手に取り

「あ~じゃないこ~じゃない」と小言を交わし、顔面や体を豪快に拭うと地べたへ座り込んだ

途端、ピタリと静かになった


「失礼かもしれませんが、意外ですね」


「まぁ一応選りすぐって突入してるから此処に居るのはその辺しっかり分ってるさ」


「でも、ベッドに座ったって良いんですよ?」


「良いの良いの、気にしないで  あ、けど先にさ? 何故俺らが生きてるのかってトコから教えてくんない?気持ち悪くてしょうがねぇ」

そう言うと頭をバリバリと掻き、胸元からメモ帳を取り出す






彼女の名前はハル


ラボ突入時に根回しをした張本人だ


まず死んだ筈の人間が生きていると言う馬鹿げた理由についてだが

これは俺達だけでは無く、今も建物の外では歌声が聞こえている様で届く距離に居る者は皆その『魔法』にやられてるらしい

眠っている者には悪夢や高揚感を

起きている者に対しては無秩序な魅了や混乱を招くのだとか


納得がいった


あれだけドンパチやってんのに住民が騒ぎ出さない理由も

ドローンとか言う機械で俺らが追い廻された理由も



言わば幻覚、狂気を見せられたって訳だ



実際、救助された街中は爆破跡なんてものは微塵も無いらしく、幾つか破壊した機械の残骸だけが残されていたんだとか


「ごめんなさい、こんな大規模な事までして来るとは思ってもみなかったから、、でも貴方達は運が良い方だと思うわ」


「コイツらの? んな馬鹿な、運が良かったらもう少しは真面にやってると思うけどな?」


「だって何処から仕入れて来たのかは分からないけれどこの火筒を何人かが持っていたのに全員が軽傷だったのよ? 撃ち合いにならなくて良かったじゃない」



「ぷっ、ハハッ!ハーマジか、大の大人が束になって中毒症状ってか?」



「情けねぇたらねぇのな」



つい自虐的な悪態を吐き


辺りの緊張を解く様にシケモクで紫煙を燻らせる

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