ダメ男五十嵐
「いや〜、面目ない……。俺のために集まってくれてありがとな!」
五十嵐はコーラを飲みながら俺たちに言った。
ここはサイゲリアである。
俺と田中、花園は部活を終えた五十嵐と合流して、話が出来る場所に移動をした。
下校時間をとっく過ぎているのでうちの高校の生徒の姿は見えない。
「問題ない。五十嵐が困っているようだったから。ところで、佐々木とは付き合ってないのか」
「ぶほっ!?」
五十嵐はコーラを吹き出した。む、汚い。
花園と田中も嫌そうな顔をしていた。
「す、すまねえ。まさかストレートに言われるとはな……。ああ、俺たちは付き合ってない」
「何故だ? 二人からお互いを想い合う感情が伝わる。……その、好き、なんだろ?」
何故だろう? 好きという言葉を発するのがとても恥ずかしい。
好意を伝える事は悪い事じゃないが、小説で読んだ恋愛事情を間近で見ることは中々ない。どうも調子が狂ってしまう。
五十嵐はため息を吐いた。
「ふぅ〜、そうだな。俺は佐々木が好きだ」
温かい気持ちが伝わる。本当に佐々木の事が好きなんだな。
「何故告白しない? 五十嵐は――」
「……この前同じ陸上部の宮本ってやつに相談されたんだよ。……佐々木の事が好きだってな。――宮本はすげえ良いやつなんだよ。それこそ俺と比べ物にならないくらい――」
俺は首をかしげる。純粋に疑問であった。
「……それがなんの理由になるんだ?」
「その時思っちまったんだよ。俺って……結構評判悪いだろ? 言いたいこと言っちゃうし、先生にも目を付けられるし、不良だと思われているし……、女癖も、な」
俺は花園を見た。花園は大きく頷いた。
全然知らなかった。五十嵐の対外的な評価がそんなだったなんて――
五十嵐は遠い目をしていた。
「もしかしたら――俺なんかよりも、宮本と付き合った方がいいかも知れないって思ったんだ。花園は知ってると思うけど、俺って一年の頃は、付き合っては別れての繰り返しだったじゃねーか。……ちょっと良いなって思った子にはすぐ告白してたんだよ」
「なるほど、それは知らなかった事実だ。……好きじゃなくても付き合えるのか?」
男女が恋人になる瞬間は俺にはまだわからない。
五十嵐は沢山の女性と交際をしていたらしい。
……悪い事なのか?
花園が口を挟んだ。
「そうね。こいつがクラスで評判悪くて友達が少ないのも、それのせいよ。五十嵐は事実を言ってるよ。……それ以上は私からは言えないわ」
「へぇー、五十嵐君ってモテるじゃん! ていうか、面倒くさくなかった? 好きでもない子と付き合って?」
「……身を持って体験できたぜ。ははっ、女子は俺とだけは付き合うなって言ってるよな? ……まあ仕方ない」
俺はジュースを飲んで心を落ち着けた。
今日はメロンソーダである。
「だが、佐々木のことは本気で好きなんだろ? 感情でわかる」
「好きだ。だが、好きだからこそ――俺なんかと付き合っちゃいけねえ――」
わからなくなってきた。五十嵐は過去の自分の行いを悔いている。
だが、それは過去の事だ。関係ないじゃないか?
なんだか無性にイライラしてきた。
そこに佐々木の気持ちはあるのか?
俺は田中に目配せをする。田中はコクリと頷いた。
その時、店員が近づいてきた。
オーダーを取ってくれた店員と違う。あれは――名前が思い出せない……元クラスメイトの彼女だ。
「ちわーっす、ポテトです。げっ、と、藤堂……君だ。……ど、どうぞ」
どうやら首になっていなかったらしい。従業員の解雇は難しいから仕方ない。
名前を忘れた彼女は逃げるように厨房の奥へと去っていった。
「ちょっと食っていいか? 腹減ってると頭回んなくてな!」
「あんたいつも馬鹿でしょ?」
なんだろう……、花園って五十嵐に当たりが強いな。クラスで色々あるんだろうな。
今度そっちのクラスに遊びに行ってみるか。
「結局、五十嵐はどうしたいんだ?」
五十嵐は頭をかいて自分を誤魔化していた。
「ああ……ただ、話を聞いてもらいたかっただけかな。相談事なんてそんなもんだろ? 本人の意思は決定してるのに背中を押してもらいたいだけ。勇気が足りないんだよ、ははっ」
今日の五十嵐はかっこ悪い。
いつもの五十嵐とは違う。恋愛事が絡むと、人の印象はこんなにも変わるのか?
俺は自分の過去の記憶を遡る。
花園に向けた好意。花園から感じた好意。
お互い付き合うと思っていた。
あの時の俺の好意は――恋愛感情では無かったのか?
そうだ、あれは俺が過去の友達に向けていた好意と変わらない。
俺が田中に向けていた好意。
あれは何だったんだ? リセットするまで抱いていた高揚感。
田中といるだけで嬉しい気持ちになった。
だが、それも――花園に向けていた好意と似ている。
「おい、藤堂? 大丈夫か? 何か取ってくるか?」
頭がこんがらがって来た。
五十嵐が心配そうに俺を気遣ってくれる。五十嵐は俺なんかよりも違う人を気遣う必要がある。
佐々木を見る五十嵐はいつも優しかった。
二人は温かい雰囲気に包まれていた。
そこに入り込む余地なんてあるのか? 宮本君がどういう人か知らない。五十嵐が言うならきっと良い人なんだろう。
だが、そこに佐々木の気持ちはあるのか?
なあ佐々木?
五十嵐が席を立ち上がって狼狽する声が聞こえた。
「え、な、なんでここに? 塾のはずだろ?」
息を切らした佐々木が俺たちのテーブルにやってきた。
「ふう――」
佐々木は息を整えると五十嵐に近づく。
そして、拳を握りしめ――
優しく、五十嵐の胸を叩いた――
「馬鹿! 五十嵐君の大馬鹿者!! な、なんで勝手に決めようとするの? い、五十嵐君の噂なんて知っていたよ! 色んな子と付き合っていたんでしょ!」
「な、な……」
「なんで私に宮本君を勧めるの!? ……すごく悲しかったよ」
なんと、すでに五十嵐は宮本を勧めていたのか……。
いや、ここは俺が口を出す所ではない。
佐々木の声が段々と涙声に変わる。
「――す、好きな人から、違う人を勧められた時の気持ち、わかる? ……本当に五十嵐君は馬鹿なんだから」
「ご、ごめん……そ、そんなに傷つくなんて――、でも俺なんかよりも宮本の方が良い奴――」
「うるさい!! 勝手に決めつけないで! 私は五十嵐君が好き。……大好きなの」
五十嵐は口を一文字にして、何かに耐えていた。
大丈夫だ五十嵐。お前は普通なんだから。
俺は立ち上がって五十嵐の背中を叩いた。
「いって〜〜!!? ぐ……と、藤堂……お前――」
「俺にとって五十嵐は大切な友達だ。だから五十嵐を悪く言うやつは本人でも許さない。……佐々木も大切な友達だ。佐々木を悲しませる奴も許さない――」
五十嵐は俺の目をまっすぐに見ていた。
ヘラヘラしていた表情が真剣に変わっていった。
「そうだ、な。……なあ佐々木。俺は駄目男だぞ? ……本気で好きになった女の子は佐々木しかいねえ。……誰も信じないかも知れないけどな。俺は――佐々木が好きだ。大好きだ。死ぬほど愛してる!! ――こんな俺でもいいのか?」
「ぐすっ……、誰も信じなくても――私が信じるよ。……ね」
俺は花園と田中を見た。
二人は温かい目で二人を見守っていた。
俺も温かい気持ちになれた――
「おっ、あんな所で青春やってんな! どれ、ここは俺が――」
「マジっすか? 俺も行きますっす!」
「あれって、藤堂じゃね? この前もここにいたよな? ていうかうるせえからクレームつけるか?」
「ば、馬鹿っ、絶対やめなさいよ――」
だから外野の声はいらない。
ここでたむろしている元クラスメイトの声を消しに行こう。これはお願いだ。
俺はそっと、自分のテーブルから抜け出して――元クラスメイトの元へと向かった。
「あれ? 藤堂、どこ行ってたんだ? いきなりいなくなって?」
「ああ、ちょっとな。それより、二人はカップルになれたんだろ? ――おめでとう」
「やったじゃん!」
「はぁ……。ここは五十嵐の奢りね……。なんか疲れちゃったよ」
佐々木と五十嵐は仲睦まじく手をつ繋ぎながら席に座っていた。
俺はその姿を見て――衝撃が走った。
本で読んだ時よりも――映画を見た時よりも――
感情が俺に流れ込む。
身近な人が恋人同士になるって事がこんなにも素晴らしい事なのか?
付き合う前よりも、とても素晴らしい雰囲気であった。
これが――恋愛というものか……。
俺はその時、何故か――田中と花園の二人を見つめてしまった。
胸の奥で芽生えた感情が――膨らんだ気がした。
それが何がわからない。いや、わかろうとしていないだけかも知れない。
胸に小さな痛みを感じる。
――それでも、俺は――この感情を大切にしようと思った。
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