1-22 カムラという男

「いや~、まさかこの学園に不審者が侵入するとかビックリやなぁ。ヒビヤもそう思わへん?」


「あー……そうだな…」


 早朝、教室で席についている日々也に話しかけてきたのは関西弁のような訛りで喋るリュシィだった。

 日々也たちがローブの人物に襲われた翌日、宣言していた通りに理事長から全教師と全校生徒へ昨夜の事件の連絡があり、特に放課後の一人歩きへの注意が促された。多少の混乱こそあったものの、見回りの強化と犯人の捜索が行われることが伝えられると一応の落ち着きを見せ、今は何事もなかったように全員がいつもと変わらず気楽に過ごしている。


「それにしても、いくら何でも気を抜きすぎなんじゃないのか? 一応、一人病院送りになってるんだけどな」


「あー、まぁ、確かにエライことやとは思うけど、理事長が今回の件に関して積極的やからな。あの人がなんとかする言うとるんやからそのうち解決するやろ」


 そう言ってリュシィはからからと笑う。どうやら、意外とあの胡散臭い理事長は生徒たちからの信頼が厚いらしい。


「よくあんないい加減な奴信じられるな」


「手厳しいなぁ。ヒビヤはあんま知らんやろけど、あの人ああ見えて結構すごいんやで」


「あれでか?」


「あれでや」


 褒めているつもりなのか一人頷くリュシィだが、信頼はあってもフォローしている相手からすら『あれ』扱いされる理事長の人徳の無さに日々也の中ではどんどん評価が落ちていく。とはいえ、現場にリリアと一緒に居合わせたことを秘密にしてくれているのは素直にありがたかった。おかげで興味本位の生徒たちから質問攻めにあうという事態には陥っていない。


「あの人はな、たまーに世界中回って学校に行けん子とかを連れて来たりしよるんよ」


「学校に行けない?」


「せや。家庭の事情やったりなんやったり、その辺は人によってちゃうけど、学費を免除したりとか安うしたりとか。親がおらん子の後見人になってあげたりとかな。噂やと在籍しとる生徒の2割はそういった子らしいで」


「2割って…多くないか?」


「ワイが入学する前はもうちょっと少なかったらしいんやけどな。10年くらい前にずーっと北の方の国で戦争があってなぁ……そん時の孤児とかぎょーさん引き取ったって聞いたで。ごっついやろ?」


「へぇ……」


 一体ここには何人の生徒が通っているのだろう? 何にせよ、全校生徒の2割ともなればかなりの人数になるはずだ。ただのちゃらんぽらんかと思いきや意外な一面もあるものだと少しばかり感心する。しかし、そんなことをしていて学校の経営など成り立つのだろうかと思案していると、


「いーや、あいつは最低なヤローだぜ!」


 バン! と日々也の机が盛大にたたかれた。苦虫をかみつぶしたような顔で話に加わってきたのはレイクだ。不良少年は握りしめた拳を怒りでブルブルと震わせながら熱く語る。


「俺は元々ここに来るつもりはなかったんだぜ!? けど、あの理事長のヤローがよ…!」


「まぁまぁ、ちょっち落ち着けや。そういや、お前も理事長が連れてきた口やったな。何かあったんか?」


「何かあったなんてもんじゃないぜ! アイツはな、毎日ケンカばっかでどこの学校にも受け入れてもらえなかった俺の家にいきなり来たかと思ったら、『ハクミライトに来ないか?』って言いだしやがったんだよ!」


「いいことじゃないのか? それ」


「冗談じゃないぜ! 俺が嫌だっつったら、アイツどうしたと思う? 毎日、毎日、来る日も来る日も家に押しかけては誘ってきやがるんだぜ!? しかも、最後には折れてやったら、『いやー、今日も駄目だったら諦めようと思っていたんだが……いやはや、了承してもらえて何よりだ』なんてぬかしやがったんだぜ! 半笑いでな!」


「アッハッハ! さすがは理事長やなぁ」


「笑いごとじゃねーっつうの!」


 余程頭に来たのか、とうとう地団太を踏み始めるレイク。そんな風におちょくられては無理もないだろう。実際、同じことをされたら平静でいられる自信は日々也にもなかった。

 しかし、いよいよもってカムラという人物像が分からなくなってきた。その場のノリと勢いだけで物事を決める軽薄な人間かと思えば、行き場のない子供たちに手を差し伸べる聖人君子のようでもあり、ただの嫌な奴のようでもある。一つ言えることがあるとすれば、そのどれもが理事長にとっての『楽しいこと』なのだろう。

 困っている人がいることは彼にとって楽しくない。だから、例え相手に嫌がられようが迷惑がられようが助けられるまで余計なお世話を焼くのだ。つまり、


「本当にどこまでも果てしなくはた迷惑な奴だな」


「せやなぁ、まさしくその通りや。でも、ヒビヤも理事長に助けられとる立場なんやから、ちょっとは感謝せなあかんよ?」


「はぁ? 僕が?」


「やーってお前、こことは違う世界から来たんやろ? そんな奴が衣食住足りた生活送れて、学校にも通わせてもらえとるとか普通に好待遇やと思うけど。住民票とかもないやろし」


「……そう言われればそうだな」


 今まで考えもしなかったが、確かに日々也のこの状況はかなり恵まれていると言えるだろう。ただ、知らない間にあの理事長に借りを作ってしまっていたことだけは釈然としなかったが。


「そうだ、思い出したぜ。理事長に助けられた奴って言えば、リリアもそうだったはずだぜ」


「へぇ、アイツもなのか」


「そうそう。お前らって変なところで似て…あいてっ!」


「アホ。そういうんは言うたらあかんやろ」


 余計なことを口走ったレイクの側頭部にリュシィの手刀が叩き込まれる。痛みに頭を押さえる不良少年をよそに、リュシィはため息を一つつき、


「ま、丁度ええか。ヒビヤ。人の過去を詮索せんっていうんがここでは暗黙のルールになっとる。当然、勝手に話したりすんのもな。それだけは気ぃつけときや」


「改めて注意するほどのことか? それくらい普通だろ」


「せやな、普通のことや。普通のことやけど、この学校では他所以上に大切なことなんや。さっき話した通り、生徒の2割は理事長が連れてきた『訳アリ』の子や。レイクのアホなんぞより重たい過去を背負うとるんも珍しない。そうでなくても、世界一の魔法の名門校に来るような奴は大抵なんか抱えとる。普通の方法やったらどうしようもない程追い詰められた奴が、最後の最後に縋って手ぇ出すんが魔法っちゅうもんやからな」


 リュシィの声が唐突に真面目なものになる。それだけ重要だということなのだろう。日々也自身、あまり踏み入ったことを聞かれるのは好きではないし、聞くつもりもない。だから、そのルールに関しては何の問題もない。ただ、一つ気になる点があるとすれば、


(リリアも昔、何かあったのか?)


 頭の隅でそんなことをぼんやりと考えた。いつでもマイペースで能天気に見えるリリアだが、彼女にも他人に探られたくない過去というものがあるのだろうか? あるいは、魔法なんてものに手を出さなければならないほどの何かが。

 リリアの方をチラリと見やる。自分のすぐ近くの席に座っている当の本人はというと、


「……………」


 とてつもなく微妙な顔をしていた。何やら、やたらとおしりのあたりを気にしている。


「どうした? リリア」


「あ、いえ、ちょっと……」


「何だ? かゆいのか? ケツが!」


「違います!!」


「レイク、お前はもうちょいデリカシーってもんを学んだ方がええと思うで。ホンマに」


 女の子に対してどうかと思う言葉にリリアは顔を真っ赤にして否定するが、気にした様子のないレイクにリュシィもこのアホはどうしたものかと頭を抱える。


「何だか座り心地が悪いというか…ザリザリするんですよ」


 あらぬ誤解を受ける前に弁明したリリアが証拠を示すように立ち上がって服を払うと、パラパラと細かい物が落ちた。


「何やコレ? 砂?」


「リリア。さすがにその歳で砂場遊びはどうかと思うぞ?」


「ちーがーいーまーす! というか、ヒビヤさんは私とずっと一緒にいたんだから、そんなことしてないって知ってるじゃないですか!」


 今にも口から火でも吐きそうな様子のリリア。これ以上からかうと面倒くさい感じに拗ねるかもしれないので、適当なところで切り上げてフォローに入る。


「冗談だよ。でも、何でそんなに砂まみれなんだ? お前」


「多分、昨日廊下で転んだ時についたんだと思うんですけど……」


「そんだけでそこまではならねーと思うぜー」


「ですよね…」


 お気に入りのローブが汚れたからか、リリアはむくれた顔で砂を落としている。その姿を眺めながら、日々也はある事を考えていた。

 昨日。リリアが何気なく口にしたその言葉でふと思い出した昨夜の出来事。自分でも無意識のうちに出した魔法陣についてだ。

 あの後、自室へとたどり着いた日々也はリリアが落ち着いた頃合いを見計らって魔法陣を確認してもらったのだが、リリアも初めて見たものらしく、どういった効果があるのかは結局分からずじまいだった。いろいろと試してみたものの何かが起こるどころか、ほんの数秒で消えてしまうため現状は懐中電灯の代わりにすらならない光る輪っかといったところだ。

 リリアの推測によると発動のための条件を満たせていないか、あるいは魔法として成立していない形だけの魔法陣だろうということだった。例えただのハリボテだろうとそうでなかろうと、そのおかげで助かったのだから日々也にしてみればどっちでもいいことではあるのだが。

 それでも全く気にならないと言えば噓になる。後でユノにも聞いてみようと思っていると、手をたたく乾いた音が響いた。


「はいはい、皆さん静かに。もう始業のベルが鳴りますよ」


 いつの間にか教室に担任であるアレウムが入ってきていた。全員がおしゃべりを中断し、それぞれの席へと戻ったのを確認して教壇に立つ。


「さて、カムラ理事長から連絡がありましたが、私たち教師が必ず皆さんを不審者から守りますから何も心配はいりません。いつも通り、今日も一日元気に過ごしましょう。ただし、あまり遅くまで学校に残っていてはいけませんよ」


 教室全体を見まわし、柔らかなほほ笑みをたたえて告げるアレウム。齢40程になるこの男は常に温和な態度で、誰に対しても分け隔てなく接する性格と分かりやすい授業をしてくれることから生徒たちの人気が非常に高い。今もクラスを気遣い元気づけようとしてくれている。


「では、今日の授業ですが……そうですね。暗い気分を吹き飛ばすためにも、予定を変更して魔法を使った実技にしましょうか」


 アレウムの言葉に教室中がざわめき始める。だがそれは動揺といった類のものではなく、イベント前の盛り上がりや高揚に近かった。やたらと期待と興奮が入り混じったクラスメイトの様子に日々也は首を傾げ、隣のレイクにひそひそと話しかける。


「なぁ、実技って一体何するんだ?」


「あー? そんなの決まってるぜ」


 もったいぶって一度言葉を切るレイク。


「実技っつったら、1対1の模擬戦に決まってるぜ!」


 そう言って、待ちきれないとばかりに白い歯を見せてニカッと笑った。

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