1-6 トラブルメーカーと苦労人と
「なっ、何考えてんだよ! アンタは!?」
「おや? 敬語が取れているよ、ヒビヤ君。まぁ、私としてはその方が気楽でいいがね」
常識を疑う発言に日々也は机を叩いて抗議する。怒りのあまりため口になっているが、当の理事長はそれを気にした様子もなく、日々也の恫喝に対して相も変わらずニヤニヤと笑い続けているだけだった。
わざとなのかどうなのか、相手を馬鹿にするようなその態度に日々也の怒りがさらに大きくなる。
「そんなことはいい! 質問に答えろよ!」
「全く、さっきから何を騒いでいるんだい? 何か問題でもあるのかい?」
「問題しかありませんけど!?」
理事長の言葉に今度はリリアがツッコミを入れる。日々也と比べれば幾分か冷静なようだが、それでも動揺が隠しきれていないのが見て取れた。
「ほう? どういう問題があるのかね?」
「え!? いや……それは…えっと………」
そんなリリアへと向き直り、理事長は意地の悪い質問を投げかける。それも、何が楽しいのかこれ以上ないほどにこやかにだ。
いたずらっぽい視線に射貫かれ、リリアの目が泳ぐ。
「……その…あの……何か…間違いが起こったり………ですね…」
「間違いと言うのは?」
「ええ!? いや……だから……あのですね……」
理事長に詰め寄られ、顔を真っ赤にしてアタフタと慌てるリリア。明らかに恥ずかしい言葉を言わせようとしており、リリアはなんとかぼかして答えられないものかと苦心するが、対する理事長はそれを許さない。
「えっと……その…だから………あの……」
「ん? どうしたのかな? ほら、言ってごら………」
と、理事長がそこまで言った時。
ガツッ! という音とともにその体が横にぶれたかと思うと、勢いよくソファに倒れ込んだ。その後ろには寮監との話を終えたエメリスが拳を握りしめて立っている。
「何を言わせようとしているのですかアナタは」
可能な限り感情を排した声でエメリスが言い放つ。理事長へと向けられるその目はまるで汚物でも見るかのように冷めたものだ。
「ちょっとした冗談じゃないか。と言うか、グーはだめだろうグーは」
「アナタにはそれくらいがちょうど良いでしょう?」
「イタタ」と、殴られた箇所をさすりながらもその顔から笑みが消えることはない。ソファに座り直した理事長は背後に立っているエメリスを見上げると、
「全く、本当に容赦がないな君は。そんなことより私が言った通り、男子寮の部屋は残っていなかっただろう?」
「う……。し、しかし、だからといって二人を同じ部屋に住まわせるというのは、やはり承服しかねます。先程もリリア・ルーヴェルが言っていたように、何か間違いが起こったらどうするのです?」
「二人とも同居するのを嫌がっているということは、そういった間違いが起こらないようお互いに配慮しているということだろう。そういう心配りができるのなら、同居させても大丈夫だと私は判断するがね」
「どういう理屈だよそれ!」
「しかし、実際に間違いを犯す気はないんだろう?」
「う…ぐ………」
ふざけた理論に声を荒げる日々也だが、理事長の一言で簡単に言い伏せられてしまう。
しかし、日々也にそういった下心がないとはいえ、やはり簡単に納得できるものではない。隣に座るリリアにしても、先ほどから居心地が悪そうにそわそわとしている。
「で? 他に何かあるかね?」
「僕の生活費はどうするんだよ?」
「それなら私が出そう」
「あの、ベットが一つしか無いんですけど………」
「後で布団を持って行こう」
「女子寮の空き部屋を使わせては?」
「彼は異世界から来たんだよ? 勝手が違うこともあるだろう。その度に女子の部屋に突入するというのも問題じゃあないかな?」
なんとか考えを変えられないかと三人は問題を列挙していくが、意地でも日々也たちを同居させたいらしい理事長は即座に解決策を出していく。ここまでくると、もはや日々也の状況を鑑みてのことではなく、ただただ自分がからかって楽しみたいだけなのではないかと思えるほどだ。さすがにそんなことはないと信じたいところではあるが。
そうしてしばらく問答を続け、新たな問題点も思い浮かばなくなってきた頃、悲痛な表情を浮かべたエメリスが口を開いた。
「オオゾラヒビヤ、リリア・ルーヴェル。申し訳ありません、私ではこれ以上力になれそうもなく………」
「ちょっと待て! アンタが折れたら僕たちの同居が確定するんだけどな!?」
現状、最も頼りになる人物の敗北を認める発言に衝撃を受ける。日々也はすがるようにエメリスに視線を投げかけたが、悔しそうに唇をかみしめるその姿を見て何も言えなくなってしまう。
そして、理事長は逆に口角をつり上げると、
「さてさて、これ以上の反論もないようだし、この話はもういいかい? それじゃあ、これから大変だろうが二人とも頑張ってくれたまえ」
本人的には楽しげに、他人からすれば憎々しいだけの笑顔を浮かべ、本心なのかも怪しい励ましを口にする。その言葉にむしろ余計に肩を落としたリリアは、
「あ……あんまりです………」
と、呟くのだった。
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