第88話 弱気だな。英雄様。

 仮眠したあと、俺は檻の外に連れ出され海の上に浮かべられた小さな舟に乗るように言われた。池で遊ぶ2人用の手漕ぎボートの大きさだ。しかし、この舟にはオールは付いていない。どうやって湾の真ん中まで行くんだ?


 まず、ソルが先に乗り、向かい側に俺が乗せられる。ああ、そうだよ。一人じゃ舟に乗れないんだよ。そもそも、もう少し舟を陸側に寄せろよ。ソルの腰まで海水があるところから俺が舟に乗り込めるわけないだろ!


 すると、漕いでもないのに船が勝手に動き出した。月明かりが反射した前方の海面に何か人の頭のようなものが見え隠れしていることから、ここの集落の住人が舟を引っ張っているのだろう。やはり、海に特化した種族のようだ。


 さっきまで『アホー』と鳴いていた鳥は静かになっている。絶対にいつ飛び立とうか様子を伺っている違いない。


「なぁ。海蛇ってどんなやつかわかるか?」


 ソルに聞いてみるが帰ってきた答えは


「知らん。」


 そうだよな。特性が全然わからないな。


「一度、何処だったか西側のダンジョンが海の生物ばかりの魔物が出てくるところがあったが、海蛇と言うものには出会わなかったな。」


 ソルが海蛇と言ってわからないといことは、集落の人たちは海蛇と認識しているが、一般的には違うということがあり得るんじゃないのだろうか。

 海蛇に間違う魔物ってなんだ?ああ、でもシーサーペントって大海蛇がいそうだな。


 そんな事を考えていると舟の動きが止まった。湾の中央まで来たのだろう。


「我々はここまでです。ご武運を」


 海から顔を出した人がそう言ってくれたが、すっごい勢いで泳いで去って行った。あれさ、武器持たせたら戦えるんじゃないのか?普通あんなに速く泳げないぞ。


 異様に静まった月明かりを反射している海の上にぽつんと一舟だけ浮いている。ああ、そうか。ここだけが影ができるのか。それが目印。今いる場所に重なるように赤い印がマップ機能に表示された。


「ソル来るぞ。」


「ああ。」


 ソルもわかっているのだろう。剣を抜き海面を睨んでいる。

足場を作る準備のため、ソルと俺の周りに結界を張っておく。


「エン。足場は頼んだぞ。」


「わかっている。」


 赤い丸が段々と大きくなってきた。浮上をしているのだろう。俺の目にも月明かりを反射しきらめいている海面に影が見えるようになってきた。

 しかし、思っていた以上に大きいような気がする。一体何が出てくるだろうな。俺は魔力を練り始める。海蛇が出てきたと同時に足場を作るためだ。


「来るぞ。」


 ソルの声と共に海面が盛り上がり、舟が波に押し流され、波の間に埋もれそうになる。海蛇の顔が見えた!


「!『氷雪の天地!』」


 氷と雪原の世界を作り出す魔術だ。そう、世界の全てを凍りつかせる。波だった海も傾き掛けた舟も空気でさえも凍りつかせるのだ。

『絶対零度』と変わらないじゃないかと思うかもしれないが、ルギアとソルに凶悪過ぎると言われ使用禁止されてしまったのだ。ブラックウルフを倒したあの森が未だに冷気が漂い、植物が生えない土地になってしまったのだ。そこまで本気じゃなかったし、直ぐに解除したから影響はないと思ったんだがなぁ。


 しかし、海から出てきたものは・・・海蛇?俺の魔術で海と一緒に凍りつかせているが、その目はまだ闘志を宿している。


「なぁ。ソル、海蛇ってこんな感じなのか?」


 うん、鱗はある。開いた口から垣間見えるのは鋭い大きな歯だ。背中には大きなヒレのようなものも見える。海面からみえる胴は太いことから、その下もかなりの長さがあることがわかる。俺の海蛇のイメージではなかった。どちらかというとドラゴンに近いのか?


「俺も一度しか見たことないが、リヴァイアサンだと思うぞ。さっき言っていたダンジョンの裏ダンジョンのラスボスだ。」


 裏ダンジョンのラスボス!なんで、こんなところにそんな凶悪な魔物が住み着いているんだよ。


 リヴァイアサンと接している海面がバリバリと音を立てながら崩れていっている。やはり、凍らせるだけじゃだめだよな。


「エン。はっきり言って俺だけじゃ勝てないかもしれない。」


「弱気だな。英雄様。」


「嫌味だな。アマツとグアトールがいてこそ、英雄としての俺が存在できるんだよ。」


 正直だな。しかし、どうするか?リヴァイアサンって言えば神が自慢するほど最凶だっていうヤツだろ?最凶・・・アリスが自慢していたユールクスとどちらが強いんだろうな。あの未来視ができるアリスが最凶って言ったことはリヴァイアサンはユールクス程ではないってことだよな。


「ソル。強化魔術を掛けていいか?」


「ん?良いぞ。アマツもよく強化してくれていたからなれている。」


 そう言っている間にもリヴァイアサンを凍りつかせている氷が剥がれ落ちていっている。


「『身体強化』『限界突破』『重力解放』『斬撃強化』」


 こんなものかなぁ。


「うぉ!体がめちゃくちゃ軽いぞ。」


「ああ、重力解放も掛けたから、いつもの倍以上は動けると思うぞ?」


『Guooooooooooo!!』


 あちらも、動けるようになったようだ。

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