第18話 そんな趣味はない

 翌朝、約束通りフィーディス商会の前までやってきた。あのあとどうしたかって?ゼルトとかいうハゲのオッサンが俺を探していたので、借りていた袋を中身をそのままにして、返した。中身は好きにしていいと言っておいたから、売るなりなんなりしただろう。

 その後は街の外に出て野宿をした。街で泊まるのも嫌になってしまったからだ。本当にあの人を人じゃない者を見る目は嫌いだ。


「おお、約束の時間通りだな。」


 ジェームズが店から出てきた。


「あれから大変だったらしいじゃないか。」


「別にいつも通りだ。」


 子供だとバカにされるのも、黒髪を化け物のような目で見られるのもいつも通りだ。


「ゼルトのヤツが気にしていてな。探しても全然見つからないって嘆いていたぞ。」


「街を出ていったから、見つからなかったんだろ。」


「あと、もう一人昨日から居座っておるヤツがいてな。ルギア来たぞ。」


 店から出てきたのは、昨日冒険者ギルドにいた黒豹獣人だった。


「オッサンがなんでいるんだ?」


「あ。う。」


 何かを話そうとするが目を泳がせている。本当になんで、豹獣人のオッサンがいるんだ?


「エン、中に入って来なさい。ルギアも」


 ジェームズに言われ後に付いていく、通されたのは昨日と同じ応接室だ。


「エン。これを食べてくれないか?」


 座ると同時にクッキーとお茶を出された。ああ、昨日のレシピの再現をしたのか。一口食べる・・・?何故こうなった!ここの小麦は全粒粉なのか?繋ぎはどうした。この、もそもそ感はなんだ?絶対に何か行程を省いたのだろう。あのレシピでこうも不味くなるものなのか?


「不味い。」


 俺は一口齧ったクッキーをお茶の受け皿に置く。これ以上は食べれない。まだ、昨日の健康志向クッキーの方がましだった。


「そもそも、渡したレシピは基本のクッキーのレシピだ。だから、これが作れないとレシピを渡した意味がない。」


 俺はイベントリーからいろんな種類のクッキーが入った、ご贈答用の缶を取り出す。蓋を開け、ジェームズの前に差し出す。


「これと再現したクッキーを食べ比べてみるといい。」


 ジェームズが一つ取り口の中に入れる。横からルギアと呼ばれたオッサンの手が伸びて来てクッキーを摘まむ。お前は関係ないだろ。

 反対側の横から白い手が伸びて来てクッキーを取って行く。キアナいつのまに部屋に入って来たんだ。さりげなく全種類を取ろうとしている。


「これも食べすぎると太るぞ。」


 キアナの手が一瞬止まるが誘惑には敵わなかったのだろう。結局全種類を取って行った。


「全然違う。」


 ジェームズの感想だ。俺の出したクッキーを食べた後に再現をしたクッキーを一口齧った物をテーブルの上に置いた。美味しいクッキーの後にそれは食べれないだろう。

 ルギアのオッサンどれだけ食うつもりだ?キアナ、オッサンと張り合おうとするな。

 俺は不味いクッキーを手に取り。


「これは誰が作ったのだ?お菓子と言うものは適当に作っても旨いものは作れないぞ。何のためのレシピだ?」


「キアナ。キアナ!食べるのをやめてエンディを連れてきなさい。」


 キアナは不満そうな顔をして、頬をパンパンにしながら部屋を出ていった。それだけ食べておいて不満そうにするな。


「で、豹獣人のオッサンはなんのようだ。」


 顔を上げたルギアのオッサンは頬をパンパンにしていた。だから、お前ら食べすぎだ!

 ルギアのオッサンはお茶を飲んで一息を吐いてから頭を下げた。


「すまなんだ。」


「何がだ?」


「黒髪のガキにはこの世界を生きて行くには厳しすぎる。一人でここにいるということは、一人で生きなければならなかったのだろ?

 黒色を持つ者に向ける世間の目は冷たい。だから、大人に頼らずに生きて行かなければならなかったのに、あんなことを言ってしまって、すまなかった。

 ああ、俺も分かっていたことだったのに、地位と名声を手に入れると、こんなことまで忘れてしまうのだな。」


 ルギアのオッサンは深々と頭を下げた。この光景を見ていたジェームズが


「何だか君たち似ているな。」


「「どこがだ?」」


 ジェームズのおかしな言葉に、俺とルギアのオッサンの言葉が被さった。


「それは私も思ってました!」


 部屋のドアをバンと開け放ちキアナが入って来た。


「キアナ、ノックぐらいしなさい。」


「申し訳ございません。しかし、キアナは昨日から用意をしていたのです。ジャッジャーン。」


 口で効果音を出しながら、昨日から用意していたと言うものを取り出した。俺、そんな趣味はないのだが・・・。

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