第10話『あ、あいつ!』   


連載戯曲


エピソード 二十四の瞳・10『あ、あいつ!』   




時  現代

所  東京の西郊


登場人物


瞳    松山高校常勤講師

由香  山手高校教諭

美保  松山高校一年生





瞳: 目の下、すぐに学校が見えるでしょ?

由香: え、ああ……校舎の一階、まだ電気がついてるよ。

瞳: ああ、生指の部屋。また何かあったんだろうね。

由香: ……大変なんだねえ。

瞳: 由香は、この仕事定年までやってるつもり?

由香: ……あんまり考えてない。瞳の学校みたいなとこ行ったらもたないかもしれない。

 でもさ、その時はその時。さっさと異動希望出して、どこへなと渡り歩いていく。

 そして、ちょっと小ましなとこに行けたらドンと腰を落ちつけて……。

瞳: オバンになっていくか……。

由香: ハハハ、酒はまだ半分残ってる。チビチビといくわ、わたしは。

瞳: いい性格してるわよ、あんた。

 

 この時、一台のオートバイが近くに停車する音がする。


由香: やだ、こんなとこに族?

瞳: 一人みたいね……他にいるかも……。

由香: ポリタンに水汲んでる……普通の人かなあ?

瞳: いや、あの排気音に、あのバイク。族か、ジュニア……。

由香: あんまりジロジロ見るんじゃないわよ、インネンつけられるよ。

瞳: あの体つき、女の子ね。首まわして、肩揉みほぐしてる。

由香: メット脱いだ……。

瞳: あ、あいつ!(下手に駆け込む)

由香: あ、瞳!


 瞳が投げ飛ばされて下手から現れる。美保がそれに続く。


由香: 痛ってー……!

瞳: どういうつもりだ、夕方話したばっかりじゃないか!

美保: ……。

瞳: 先生、十日はもつかと思ったよ、それが半日ももたないか! 夕方の美保はまだゼロだった。

 いや、まだ素直に話聞いてたから、〇・五くらいはあった。

 それがどーよ、半日もたたないうちに多摩丘陵をバイクで走りまわるか!? 開いた口が塞がらないよ!

美保: あたしね……

瞳: 腐った言い訳なんかすんじゃねえよ、この……!(思わず手をあげる)

由香: だめ! 生徒に手をあげちゃ!(瞳を羽がいじめにする)

瞳: 放せ、由香! 一発くらわしておかないとこいつの性根は……。

由香: 瞳、教師が感情に走っちゃだめなんだって!

瞳: ここで感情に走らなきゃ、どこで走るのよ!

由香: ……首都高とか……山手線とか……グルグルっと……。

瞳: くっ……。

由香: ……もう、大丈夫?

瞳: 大丈夫、由香の下手な洒落で落ち……(由香の羽がいがとける)

由香: 落ち着いた?

瞳: 落ち込んだ……これがあたしのダメなとこ……十分わかってたはずなのに……

 明日退学届送ってやるから、サインしてハンコついて持っといで……

 さ、行こっか(車に乗り込む)由香、さっさと……。

美保: ……(物言いたげに瞳を見ている)

由香: 瞳、話だけでも……。

瞳: 必要なし! あたしにだって限界ってものがある。

 せっかくのバースデイイブが台なしだ、さっさと乗って! 行くぞ!(アクセルを踏む)


美保: あたし、先生のために水汲みに来たんだ!


瞳: !(ブレーキをいっぱいに踏む)

由香: イテッ!

瞳: (車から降りて)今、なんつった?

美保: ……。

瞳: なんて言ったって聞いてんのよ?

美保: もういい、どうせ学校辞めるんだから!(駆け去ろうとする)

瞳: 美保!

由香: せ、先生のために水汲みに来たんだって……言ったんだよね?

瞳: どーいうことよ……。

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