死んだはずの幼馴染みがぼっちの俺のもとに遊びにきたんだが?!

依澄つきみ

第1話 担任教師に呼び出されたんだが!?

 ──最近眠ると、とある光景が瞼に映る。毎度同じ光景だ。


 周囲を木々と高層マンションが囲む公園。走り回ったり遊具で遊ぶ子供達の人数すらも同じだ。そしてこちらも毎回、俺の目の前に1人の少女が立っている。

 俺はこの少女に見覚えがない。名前も知らないのか、覚えていないのか、とりあえずわからない。だからなのか、顔にはもやがかかり、口元しか見えていない。


 少女は後ろで手を組み、僅かに見える口元をニコニコと緩ませながらこう告げた──


「──ありがとう、なっくん!!」


 なっくん。これがこの俺、黒薙くろなぎ奈月なつきに向けて言われているということに気がついたのは5回目からだ。何故ならなっくんなどと呼ばれていた記憶はないからな。……覚えてないだけの可能性もさもありなん。


 もしかすると昔遊んでいたかもしれない人だ。名前を思い出せば数珠繋ぎで思い出すだろうと思い、なんとか捻り出す。


「ああ、あい、あう、あえ……やらわをん」


 だめだ、箸にも棒にもかからない。前回も試したがダメだった。よって俺の信条に基づいてこの子の正体探しは諦めよう。ちなみにその信条とは『2回やって無理なら諦めろ』だ。人間2回やってダメなことは大体できない。何十何百とやればできるのかもしれないが、そこまでして出来なければいけないことなんて世の中そうそうない。基本挑戦なんて2回でいい。

 そして件の少女の姿が見えなくなった頃、突如聞こえてきた鐘の音によって俺は目を覚ました。


「んっ……」


 軽く屈伸をし、真正面を見る。そして映った光景で、俺はようやく思い出し、愕然とした。


「あ、授業中じゃん」


 時間を見ると、すでに授業の時間を過ぎている。聞こえてきた鐘の音は、授業の終わりを告げるチャイムだったらしい。

 焦る俺、呆れる教師、回収されるノート。


 そしてこの後、放課後職員室に来るよう言われてしまった。授業中に寝てしまい、ノートも取れず、放課後先生に怒られるのは全部! 全部、あの少女のせいとしておこう。

 こうして俺は憂鬱な気持ちを抱えたまま、放課後職員室へと足を運ぶのだった。


✳︎


 富山県富山市。県庁所在地ということもあり、地方といっても大して田舎臭くはない。そんなここ富山市に『上滝かみだき高校』という県立高校がある。


 放課後ということもあり生徒たちは部活動に勤しんでいる。サッカーだの野球だのテニスだの、まぁとにかく色々だ。汗水垂らして運動し、マネージャーが持ってきた水分を口に含み、タオルで汗を拭く。そしてにこやかに笑い合うのだ。THE青春の1ページといった感じだろう。


 そんな時に俺、黒薙くろなぎ奈月なつきは何をしているのかというと──職員室にて絶賛お叱りを受けていた。


「──黒薙君、授業中の居眠りはあれかね、私の授業など聞く価値がないという無言の意思表示かい?」

「い、いや……ものすごくすばらしい授業だと思いますよ。もはや学会に行ったほうがいいのでは? と思うレベルですよ。そうだ、学会に行きましょう!」


 腕を組み呆れた表情で説教をしている女性は、社会教師であり俺のクラス担任でもある城端しろはた真幸まゆき27歳だ。長く伸ばした黒髪はとても艶やかでスタイルもいい。顔も全然悪くない。絶賛婚活中らしい……何故これで結婚できないのだろか?


「そうだ京都へ行こうみたいなノリで言うな。それと、今なにか失礼なことを考えていなかったか?」


 なんだこの人、読心術でも会得してんの? もしくはその手の考えのみに特化して察しがいいのか。とにかく睨み付けた目はまるで狼の様でとても怖かった。


「しょ、しょんな訳ないじゃないでしゅか!」

「すごいな、サ行だけピンポイントで噛むとは……まぁいいか。本題はこれだ、このノート。黒薙、君はこれがなんのノートに見える?」


 眼前に差し出されたノートには、今日の日付のみが記入されており、あとは真っ白新品状態だ。まぁきれい。そしてこの芸術ともいえるほどの美しきノートの所有者こそ、何を隠そうこの俺だ。


「えっと、城端先生が担当してらっしゃる社会の授業ノート……ですね。一体全体それがどうしたのでしょうか?」

「そう、これは社会のノートだ。そしてこのノートには本来、私が教えた内容が書き記されていなければおかしいんだが……今日の授業は日付を書こうだったかな? 私はいつ幼稚園の教師になったのだろうか」


 ──正直やっちまったと思っている。それは授業を聞かなかったこと、というよりは話を聞かなかったことについてだ。実は授業の冒頭で「今日はノートを集める」と言っていたらしい。それさえ聞いていればこんな悲劇は起きなかったのだ。後ろのやつがいきなり俺のノートを持ってった時は『あっ、虐められた』って思ったものだよ。良かった〜俺がああいう時に声が出せる人間じゃなくって。


「そうですね……今日からなんじゃないっすか?」


 俺の適当な返答に、城端先生はため息をつく。


「はぁ……もう単刀直入に言おう。何故授業を聞かずに爆睡していた? それと今日までの授業分も見たが、なんか社会に対しての不満をぶちまけてたな。『文句があるならさっさと会社を辞めちまえ』って書いてある。なんだこれ? 社会の厳しさも憎たらしさも知らんガキがこんなの書くんじゃない」


「なっ、まさかそんなところまで見られているとは」


 それは以前、新入社員がすぐにやめてしまうという事実に上司が嘆いている、というニュースを見たときに、俺が感じた正直な気持ちをノートに綴ったものだ。今思い返すと、書いた内容と、そもそもそんなものを授業中に書き上げたという事実が、無事に俺の黒歴史と化している。それを見られてしまったのだ。今日あたり死ぬかもしれない。


 ──まぁそんな冗談はさておき、今気になっている点はそこではない。


「憎たらしいんですか?」

「ん、当たり前だろう? この仕事ひとつとってもそうだ。半数は真面目に聞いてない授業をやらされ、資料をまとめ、テスト制作は自宅に持ち帰り、遠出の時は引率を任され、挙句何か部活の顧問をしなさいと言われている現状だ。それに君みたいなよくわからん生徒の相手もあるしな。──って生徒に何を言ってるんだ私は」


 よし決めた、教師にだけはならん。決断は早い方がいいというしな。というかよくわからん生徒って……いやまぁ確かによく分からんでしょうけどね。


「まぁこうして呼び出された理由は理解できますし、反省はしてますよ。ただ1つ反論するなら、寝ていたこともましてや社会に対する意見文を書き上げたことはそこまで悪いこととは思えないんですよね」

「ほぅ、その心は?」


 城端先生は背中を椅子に付け、体重をかけて腰掛ける。


「よく聞くでしょう睡眠学習と。寝ながらにして授業を聞き、体も同時に休めるという高等技術ですよ。いやぁ〜習得苦労したなぁ。それと社会に対する反論メモですが、さっき城端先生も言ってましたけど、生徒の半分は授業なんて聞いてないんですよ。寝てるかただノート取ってるだけです。そして残りの半分の連中も、しっかり教えられたことについていちいち理解しながら聞いてる人って本当に少ないと思うんですよね」


 城端先生は無言で腕を組み、続きを話すように促す。心なしか目の奥が死んでいるように見えるが、気にせず行こう。


「その点俺はどうですか? 確かに授業は聞いてませんでした。寝てたかもしれない、関係ないことを書いていたかもしれない。だけどこの社会のあり方、引いては日本についてしっかりと考えていたわけです。タイミングは間違っていたのかもしれない、だがあの瞬間あの場面で一番社会について真面目に考えていたのはなんだったら俺だと言える。社会のあり方について考え、眠りながら頭に定着させていたつまりっ! 結果的に俺の功罪はチャラ!」


 しっかりと最後まで俺の話を無言で聴いてくれた城端先生は、俺のノートをもう一度見ると、それを持ったままどこかへ歩いていく。


「ん? どこに──」


「いや〜、今一度読んだら社会についてしっかりと考えられた見事な文章だったのでな、来週のテストの問題文として出そうと思って」

「ごめんなさい俺が間違ってました!」


 なんて残酷な方法を思いつくんだこの人は。ただでさえ城端先生に見られただけで恥ずかしいのに、同級生全員に見られてみろ? 俺はもう学校歩けねぇぞ! そんなことされたらもうお婿に行けない!


「ならばさっさと書き直しなさい。あとで授業内容をまとめた紙をあげるから」

「えっ、そんなのくれるんですか? 他の先生だったら隣の人に見せてもらえって言ってくるのに」

「君は他の科目でもこんなことをしているのか? やめたほうがいいぞ、見てる方が恥ずかしくなってくるから。まぁこの文章を見て隣に見せてもらえなんて言わないさ。……学校で何かストレスとかがあるのか? いじめやそれら類、全力で対処するぞ」


 なんだよさっきは鬼のようなこと言ってたくせに、急に甘い言葉をかけるとか俺みたいな恋愛偏差値ゴミのやつはそんなんで好きになっちゃうんだぞ! ちょっとは気をつけてください。


「大丈夫ですよ、虐められてたのは小中ですし、別にここではそんなことはありません。おかげさまで平穏無事な学園生活を送っていますよ」


 ──そう、俺は昔虐められていた。小学2年の時に東京から富山に引っ越してきた俺は、東京もんって事で若干虐められた。だがそんなことは些末なことで、問題は小学4年生の時、上級生から「お前俺らのクラスにいる〇〇に似てんな!」って理由で虐められた。これだけではよく分からないだろう。


 ものすごく簡単に言えばその〇〇さんも虐められていて、俺はその人に顔が似ていたから虐められた、ということである。具体的には、帰り道背中にタックルされたり、公衆の面前で雪の塊に突き飛ばされたこともある。冷たかった。


 そんなことが4年も続いたことで元々それなりに正義感が強かった俺は、こんなふうに変な生徒に成長してしまったのだ。今ではリア充を恨む捻くれぼっちモンスターだ。

 特に、不良のくせして毎日学校に来る上に、祭りごとの時にはめちゃめちゃイキってやる気のない俺みたいな奴に注意してくる奴が嫌いだ。


 因みにこの学校を選んだのはうちの中学でこの学校を志望した人がいなかったこと、そして距離が遠いことが所以だ。あまり近いと元同級生に姿を見られるかもしれないだろ?


「そうか、そうであれば問題ない。確かに現状、君はさしたる不満などはなさそうだ。クラスでの友達も、いたほうがいいとは思うが、本人が望んでいないのであれば強制もできまい」


 やっぱりこの人いい人だなぁ。これがもし体育教師とかだったら否が応でもクラスの輪に入れようとするだろう。あいつらみんなで騒ぐことが人生、少なくとも学生生活に於いて史上の楽しみだと思ってる節があるからな。それされた時の相手の微妙な顔と対応、そして俺の申し訳なさそうな表情を知らないのだろうか。一回見てみろよ、地獄だぞあれ。


「あ、そうだ。分かってないのかもしれんから言っておくが、寝ながら授業を聞く力があるなら今日こんなことになってないからな。……はぁ。とにかく、参考資料は渡すからしっかり写してきなさい。それとあのページは君がまたふざけたときのために私が保存しておく」

「ちょっ待ってそれだけは勘弁!!」


 結局城端先生のパソコンにデータとして残されてしまった。これで俺はこの人の授業で落書きすることも、寝ることも出来ないのだ。──あれ? 普通じゃね?


 その後今日の授業の内容をまとめた紙を貰い、ようやく帰ろうかとした時、1人の女の子に声をかけられた。


「ねぇあなた、そこ通りたいのだけど。どいてくれないかしら?」


 人1人通れる隙間があるにも関わらずどけと申し出てきた1人の女生徒。彼女に会ったこの瞬間に、俺のぼっちで平凡だった日常は一変していくのだった。

 ……但し、甘酸っぱい恋模様の始まりなど一切感じない高圧的な声質に乗せて。

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