断言しようーーこんなスローライフは間違っている!!
依澄つきみ
こんな終幕は間違っている!!
「ーーなんで……なんでこうなった?」
薄暗い部屋の中で1人薄汚れた服を着て目の前の格子を見つめる。
「こんな世界に飛ばされて、いきなり
俺は手を伸ばせば届くほどの天井を見つめ、愚痴をこぼしたーー
「それもこれも、あの疫病神のせいだ……」
話は少し遡るーー
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こんな俺には昔から夢があった。それは、何の努力もせずに悠々と人生を謳歌すること。つまりスローライフだ。何故か知人からは「それはスローライフじゃない」と言われるのだが。まったりゆったりと暮らしていればそれはスローライフであろうに。
などと何の生産性もない物思いにふけ、信号が青になるのを待っていると、突如クラクションが鳴った。
おうおう、向こうで事故ですか?家が遠いやつは大変ーー
「ーー君危ないぞ!!」
「えっ?」
真横からかけられた言葉に反応し、咄嗟に背後に下がった。すると、ここは歩道にも関わらず車が突っ込んできた。
幸いにも俺は、声をかけてくれた男性のおかげで後方に下がることができ無傷、当の車は歩道に入った瞬間柱にぶつかり動きを止めた。強いて言えば持っていた鞄が車に巻き込まれたくらいだ。それもいずれ手元に帰ってくる。
「あっぶねー!!あっ、すいません助かりました」
俺は助けてくれた人にお礼を告げる。
「いえいえ、それにしても災難でしたね。まさか歩道に車が突っ込んでくるなんて、私も初めての体験ーーえっ?」
そう言ってその男性は俺の真上を見つめ茫然としていた。と言ってもその間1秒ほどだろう。俺もその視線の先に顔を向けると、すでに俺の目と鼻の先に一本の柱が迫っていた。
「ーーあ」
最後に聞いたのはグシャリという音。ものすごく近くでなった気がする。まぁそれもそうだろう、何故なら俺の頭蓋を砕いていったのだから。
そして俺の意識は闇へと溶けた。
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意識が戻り目を覚ます。そこは先ほどまで俺がいた歩道ではなく、どこまでも真っ白な何もない空間だった。そこにあるのは俺、そして見知らぬ老人の姿だけだ。
「えっと……あなたは……?」
「こんにちは時尾凌くん。いきなりで申し訳ないのじゃが……君を誤って殺してしもうた」
「…………ん?」
車に撥ねられかけ、避けたと思えば柱で潰され、いきなり訳のわからない空間に来たかと思えば、このじいさんに俺は今し方「儂が誤って殺しちゃった!ごめん!」と言われたのだ。
取り敢えず今の話が本当なのか判断できたらぶん殴ろう。
「えっと……そもそもじいさん誰だ?あとどこだここ?俺はさっきまで帰路に着こうとしていたんだが」
「覚えておらんのか?お主は車が撥ねたことで折れた柱が体に直撃したことで死んだんじゃよ」
くっそやっぱ夢じゃなかったのかよ!つかなんだ柱で死ぬって?こういうのは車に撥ねられてだろ!避けれて安心しちまったじゃねぇか!
「で、残りの質問の答えは?」
「そうじゃのぉ……有り体に言うならば天国と現世の狭間、と言ったところじゃろうか。で、誰だという答えについて答えるならば『神』、と答えるほかあるまい。主にお主のように死んだ者の魂を天国や別の世界に送る役割を果たしておる」
目の前にいるじいさん、神とか言っていたな。にわかには信じ難いがまぁ取り敢えず信じるとしよう。それを差し引いたとしても気になる点がいくつかある。
「まずあんた、死んだ者っつったが俺のこと殺したのあんたなんだよな?何あたかも偶然死んだみたいにずらしてやがんだ!あともう一つ、天国はともかく別の世界ってのは何だ?しっかりと説明しろ!」
「お主仮にも初対面の相手に、しかも神にその言葉遣いはどうなんじゃ?……まぁしょうがないか、殺しちゃったの儂じゃし。ーーではまずお主を殺してしまった、ということについて説明しようか」
「おう、早くしろ」
そこから話された内容は耳を疑うものだった。今からドッキリでした!と言われても信じるレベルには今でも疑っている。
「もともとの予定ではあの車を避けた後、お主は何事もなく帰れたはずだったんじゃ。それを……その……他の作業をやっとったら柱を動かしてしもうての、それで倒れて……グシャじゃ」
「グシャじゃ……じゃねぇよ!!なんだそのオチ!……てことは何だ?俺は片手間のミスで殺されたってことか?!」
「……まぁそういうことじゃの」
ーーまさか俺の人生がこんなバカのせいで終焉を迎えたなんて、そんなの信じられない。というか信じたくない。取り敢えずやっぱり殴ろう。
「でじゃな、別の世界、ということじゃが……異世界、というのを知っておるか?」
「異世界?ああ、最近流行ってるやつだろ?それが何だよ」
確かハリ○タ的な世界に生まれ変わるやつだ。俺は見てないが人気なのはなんとなく知っている。
「儂は生前未練のある者を地球とは異なる世界にそのまま転生させてやることができるんじゃ。要するに今のお主が記憶そのまま体そのままで別の世界で生きるというわけじゃな」
なるほど、だいたい分かった。まぁ確かに未練はある。何せいきなり人生終了した訳だしな(こいつのせいで)。
だがいきなり別の世界に行くか?と聞かれても答えが出ない。なので俺は取り敢えず目の前のじじいを殴ることにした。
「なっ?!えっ?!嘘じゃろ?神を殴るのかい?!」
「だってお前俺を殺したわけだろ?しかも片手間に。普通ならここで金を取ったりするわけだが、今金を持っても意味がないし、責任取れって言って取れんのか?取れないだろ?だったら一旦大人しく殴られろ」
そして俺が胸ぐらを掴みかかった時、じじいがとんでもないことを口にした。
「わ、分かった!ではこうしよう!願いを一つ聞こう!そして送った世界でそれを使ったり出来る様にしてあげるから!だから殴らないでくれ!痛いのは嫌じゃ!」
「……つまり、願いを一つ叶えてやるってことか?」
「そ、そうじゃ」
思ってもいなかったことを言われ、俺は手を止めた。
「というか痛いのは嫌って……お前神なのに力無いの?」
「儂は現世への干渉と死んだ魂を送ること以外能力がないんじゃ!つまりここでお主に殴られたら普通に痛い!」
……だめだこいつ、もはや本当に神かすら疑わしい。そうか!神じゃなかったのか!だったら納得だ!
なんて1人で納得していると、自称神はそこまでして俺に神だと信じさせたいのか、俺に願いを問いかけてきた。
「な、何がいいんじゃ?基本的になんでも叶えてやるぞい。前にあったのが勇者としての力をくれって青年がおったのぉ」
「勇者の力……って!お前俺の他にも犠牲者いんのかよ?!しかも勇者ってあれだろ?魔王とか倒すやつだろ?俺が送られる世界ってのはそんな危険がありふれてる世界なのかよ?」
「あ、そうじゃそうじゃ!そのことも説明せんといけんかったんじゃ!完全に忘れとった」
……勇者の人が心配になってきた。ちゃんとその世界に行けたのだろうか?
「……もうここまできたら全部聞いてやる。その説明続けてくれ」
「今からお主を送ろうとしとる世界は魔法やモンスターがありふれとる世界で、そんなモンスターの頂点に魔王がおるんじゃ。そしてその魔王を倒すことができた暁には、再び願いを一つ聞き入れよう。今度は際限なしじゃ。なりたいと望めば神にもなれる」
本格的にハリ○タだな。いや、今思ったがドラ○エとかの方が近いな。にしてもそんな危険な世界とは。恐らく勇者の人は今の話を聞いた上で勇者になったのだろうが、俺から言わせればよくやるな、と言った感じだ。そんなの絶対死ぬだろ。俺は戦わないで済む願いを今したい。
「因みに、叶えられない願いがあるの時点で察しているが、今からの願いを無限回数にしてくれ!とかは出来ないんだろ?」
「察しがいいのぉ、その通りじゃ。あとは神になりたい、見ただけで殺せるようになりたい、元の世界で生き返りたい、お金が無尽蔵に湧き出て欲しいとかも無理じゃな」
俺は両親指の腹を顎に当て、願いを考え込んだ。現状このじじいの話を鵜呑みにするなら俺はもう死んでいる。そして元の世界には戻れない。俺に残された選択肢はこのじじいを殴った後天国に行くか、このじじいを殴らず願いを叶えてもらい、異世界とやらにいくことだ。
悩み抜いた結果、俺は決断した。
「行ってやるよその異世界!そしてその対価に俺が欲するものはーースローライフだ!」
正直叶うのかは分からない。一生のんびりお金にはたいして困らず人に恵まれ、自分のしたいことで生きていく。生活スタイルを叶えられるのかは知らんが、それくらいしてもらって初めてイーブンだ。なんせこいつのせいで俺は死んだのだから。
「スローライフ……スローライフのぉ……」
「ん?知ってるだろスローライフ。俺はあれがしたいんだよ」
「スローライフのぉ……なんか聞いたことあるんじゃが」
異世界とか知っててスローライフしらねぇのか……まぁいい、取り敢えず説明してやる。
「スローライフってのはなーー」
「ーー待ってくれ今自分で思い出す!!え〜っと……確かあれは……いや違うの、あれは天地逆転じゃ」
今さらっととんでもないワードが聞こえたんだが、気のせいだよな?
「あれはこうで……あっ、思い出したぞ!!スローライフは確かこの本にーーおおやっぱりじゃ、ここにあったわい。にしてもお主、よくこんなもん知っとったのぉ」
「ん?神界隈では珍しいのか?……まぁいいわ、できるんならさっさとしてくれ。あんたの顔をこれ以上見てると殴ってしまそうだ」
「物騒じゃのぉ。そしたら転生させるから、そこに立っといてくれ」
俺はじじいに指定された場所に立ち、転生の儀を待った。
唐突に殺され、唐突にこんな場所に呼び出され、唐突に異世界に転生することになったが、これからスローライフを送れると思えば全てを許せるな。俺は今それこそ神のごとき器の大きになっている。
「俺は今機嫌がいい、だから貴方をボコボコにしないでやります」
「なんじゃろう……お主の言葉にひどく矛盾の気を感じるのじゃが……まぁ考えても詮無いの、では転生の儀を始める。何か言い残す事はあるかの?」
言い残す事、ねぇ。ここに家族でもいんなら別だが、ここにいるのは殺人犯(神w)だけだ。言い残す事なんて特にない。
「別にないな。あっ、これだけは言っとかねぇと。もうミスなんかで人殺すんじゃねぇぞ!俺の器が神クラスだから許してるが、本来こんなんじゃ済まないんだぞ」
「わ、わかっとるよ(もうお主みたいのに出会いたくないしの)。じゃあほんとに始めるぞい。ーーeteksv”o9vo:」
じじいが意味不明な言葉を発したかと思えば、唐突に俺の足元から光が放たれ、天へと昇っていく。その光とともに俺の体がゆっくりと浮き上がった。
「うおっ!なんだこれすげぇ!あんたほんとに神だったんだな」
「まだそこに疑念を感じ取ったんかい……時尾凌くん、今回は本当に申し訳なかった。お詫びと言っては足りんのじゃろうが、異世界でも言葉が通じるようにしておいた。それと、お主が望んだスローライフを
「言語を……済まない、あんたのことじじいとか言って。ありがとう、スローライフを
俺が祈るようにじじいを見るとーーグーサインを出してきた。……ああ、確証はないがこれだけは言える……絶対分かってねぇ……
「こんのーー疫病神がぁぁぁぁぁ!!!!!」
こうして俺は天に昇る光に吸い込まれ、異世界へと旅立った。
一瞬見えたあいつの「やり切ったー!」というむかつく顔は、一生忘れる事はないだろう。
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