第89話 小説の冒頭を研究してみた

 昨日のエッセイで、コメントしてくださったみなさま、とっっても勉強になりました。カクヨムの醍醐味といえば、書き手さんにいろいろ教えていただけることですよね〜。ありがたや。ありがたや。


 小説を書くのに「これが正解」なんて方法がないように、冒頭を書くのも、いろんなやり方があるのだと改めて痛感できて、おもしろかったです。


 しかしまあ、小説の冒頭は大事ですよね〜。最初の一行で「うわぁ」と思った作品は、だいたい最後までおもしろい気がします。


 自分のためのメモ的な役割も兼ねて、自分が好きな作品の冒頭をランダムに並べてみます。ちなみに、カクヨムでも「うわぁ」と唸ってしまうような冒頭を、たくさん目にしますが、今回はカクヨムじゃなくて、出版されている作品をご紹介しようかと思います。


****


(村山由佳「星々の船」)

 受話器を置き、目をあげると夜明けだった。


>この短い一文で、主人公は夜明けに電話していたんだとわかり、かつ、夜明けの電話って、普通じゃないので、何かあったんだなと予感させます。パッと情景が目に見えて、とても好きな一文です。そういえば、私は電話から始まる物語がけっこう好きかもしれません。


(湯本香樹実「ポプラの秋」)

 どうしたの、なんだか元気のない声みたい。夕食はすませた? いえ待って、用があるのよ、ちゃんと。さっき佐々木さんから電話がかかってきたの。ええそう、あの佐々木さん。ポプラ荘の。


>こちらも、電話から始まります。きっとお母さんからかかってきた電話で、主人公は早く切りたいんだろうな、でも、お母さんの様子から、なんかあったんだろうなとわかる書き出しです。電話がかかってくる=何か起きたという暗示なので、電話で始まる物語は、何があったのか知りたくて、続きが読みたくなるのかもしれません。


(片桐はいり「グアテマラの弟」)

 歯ブラシの替えどきがわからない。


>グアテマラに住む弟さんについてのエッセイなんですが、「弟から連絡があるまでは、歯ブラシを替えてはいけない」という自分で作ったジンクスにつながる一文です。グアテマラの弟さんについてのエッセイで、まず歯ブラシの替えどきから語る片桐はいりさんのセンスが、すばらしいと思いました。


(町田そのこ「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」)

 夏休みに入るちょっと前、近松晴子が孵化した。


>孵化は、人間に使う動詞ではないので、「ん?」と思いました。卵から孵ることなので、「一皮剥けた」とか「生まれ変わった」とか、なにか決定的な瞬間を近松晴子が迎えたことが予想できて、かつ、なぜ「孵化」なのかその意味も気になり、続きが読みたくなります。


(瀬尾まいこ「幸福な食卓」)

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」 


>あいるさんがエッセイで紹介されていた冒頭で、これはおもしろいな、と思ってすぐに密林でポチりました。やっぱり、こういう「え?」と思うような冒頭は魅力的ですね〜。


(山本文緒「恋愛中毒」)

 恋は人を壊す。ぼくは転職を機に、そのことを肝に銘じた。

 人だけじゃない。幾度も繰り返された喧嘩の最中に目覚まし時計やコーヒーカップを壊され、留守中に何着かのスーツやシャツを引き裂かれ、彼女の執拗ないやがらせから逃れるためこっそり引っ越しをした。


>ああ〜。さすが私が大好きな山本文緒さん。最初から不穏です。ドロってます。野次馬根性で事情を知りたくなります。去年、58歳の若さで他界されてショックでした(涙)。


(燃え殻「ボクたちはみんな大人になれなかった」)

 ハンドルネームしか知らない女の子が、目の前で裸になっていく。こちらを呼ぶ特に「ねえ」としか言わない彼女も、きっとボクの肩書きしか覚えていない。


>ああ〜。さすが燃え殻さんです。最初からエモいです。燃え殻さんって、エッセイでも小説でも、「ほえ〜」と感動してしまうような独特の表現をされると思います。たくさんの人のつぶやきが埋もれて行くツイッターのような場所で、目に止まるような一文を書くことで鍛えられた感性なんですかねぇ。


(角田光代「ゆうべの神様」)

 だれか一人を殺してもいいと神様に言われたら、肉屋の主人を狙う。


>こちらも、不穏な冒頭です。のっけから生死に関わるような単語が出てくると、ドキっとします。この冒頭に続く殺意の理由が、ものすごくしょうもなくて、それも好きです。


 以下は、根本昌夫著「{実践}小説教室」という本で紹介されていた小説の冒頭の抜粋です。


(江國香織「きらきらひかる」)

 寝る前に星を眺めるのが睦月の習慣で、両眼ともに一・五という視力はその習慣によるものだと、彼はかたく信じている。私も一緒にベランダにでるが、星を眺めるためではない。星を見ている睦月の横顔を眺めるためだ。


(山田詠美「ぼくは勉強ができない」)

 クラス委員長は、ぼくと三票の差で脇山茂に決まった。彼は、前に出て挨拶をするために立ち上がった瞬間、振り返り、ぼくの顔を誇らしげにちらりと見た。相変わらず仕様のない奴だなあと、ぼくは思う。


>どちらも、登場人物の人間性と関係性がうまいとこでてるところが好きです。容姿や年齢や職業なんかより、ちょっとした習慣や行動に出る人間性と、それに対する相手の反応からわかる関係性のほうが、物語の中ではよっぽど重要だったりする気がします。


****


 いかがでしたでしょうか? いいなぁと思う冒頭ありました? 私の読書嗜好が非常に偏っていて申し訳ないのですが。


 今回、このエッセイを書くにあたり、Kindleを使って最近読んだ本の冒頭を読み直していったのですが、やはり「冒頭がおもしろいと思ったら、その作品はおもしろい」と思いました。でも個人的には、逆もまた然り、ではなかったです。


 非常に感銘を受けた作品の冒頭を、こちらで紹介しようとしたのですが、「冒頭だけ読んだら、パッとしないな(失礼)」と思う作品もありました。「途中からむちゃくちゃおもしろくなるから、最初の100ページはガマンして読んで」なんて勧められかたをした本もありましたしねぇ。だったら100ページ目からストーリーを始めればいいのでは、なんて思いますが、もちろん、そんなわけにはいかないのでしょうね。


 個人的には、何かの場面にいきなり入っていくような冒頭が好みです。読者の好奇心をあおりつつ、混乱させずに物語の中にスッと引き込むような冒頭が書きたいですねぇ。うへぇ……。


 今書いている長編は、とりあえず冒頭は後回しで書き進めておりますが、がんばりま〜す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る