Chiatt(チアット)

鶫夜湖

とある研究員の記録(報告書)(或いは日誌、日記)

◆はじまり

 ここでの生活が軌道に乗りはじめたと感じた頃だった。

 もに。

 妙な音がした方を見るとクリーム色の妙な物が動いていた。

 音を立てると逃げると思いじっと観察をはじめた。ここに来てから微生物以外の生き物を見たのははじめてだ。

 それは柔らかそうな楕円球で、上に2つ長い耳を持つ。どうもこうもデフォルメされたうさぎに見える。


 もにもに、と小さな音は鳴き声だろう。止まっているときも音がする。


 それは私の机にあったおやつの食べ残しのクッキーに近寄るとふんふんと匂いを嗅ぐような動作をして食べ出した。

 食べていいのか!?

 私は焦った。チョコレートが入っていたからだ。

 思わずクッキーを取り上げようとしたが離れない。クッキーにくっついたまま食べ進んでくる。離そうとクリーム色のそれも引っ張ってみたが頑なに離れない。

 ……私が与えたわけでもない。うさぎだというわけでもない。

 いいことにした。


 食い意地がはっていて逃げもしないのでそっと近くにあった水槽に入れた。

 サクサクサク。

 クッキーに気を取られている内に蓋もした。水を一緒に入れておく。


 しばらくして食べ終わったそれは水を飲むと出ていこうともせず眠ってしまった。

 野生が感じられない。

 蓋をあけて畳んだ布切れをそばに置くとすぐに上に乗ってきた。何回か跳ねてからまた眠った。

 全く野生が感じられない。

 これは何だろう。



◆同僚のはなし

 天気がいいから外で休憩を取っていたらしい。空を見上げて眠っていたそうだ。

 美味しい夢を見ていたらしいが起きたら実際何か食べていた! と慌てて私に差し出したものがどうも昨日水槽に捕獲した生き物に酷似している。下の方を食べてしまったらしく欠けているが色は薄いピンク色だ。


 同僚は大真面目にショートケーキの味がしたと言う。

 動いていないピンクの物をつつく。反応なし。

 ちぎってみる。反応なし。容易にちぎれた。

 ちぎったそれは餅のような、生菓子のような、すあまのような。不透明で柔らかい。


 全く異常は無さそうな同僚だが、私は明日以降に食べてみることにした。

 食べたばかりでは症状の出ないタイプだと共倒れになってしまう。


 死ぬなよと声をかけておく。不可抗力だ! といいつつ吐き出す気はないらしい。


 ちなみにちぎった物を調べたら小麦粉と成分が一致した。

 それと2つ小さな目のようなものがあるのだがチアシードだった。

 食べれそうな気がしてならない。



◆何日かして

 クリーム色のあれは逃げ出す気はないらしい。

 しかし逃げ出しはしないが蓋を開けると私の顔を狙って飛び出して来るようになった。

 ……食べろと言うことか?


 同僚はといえば何日たっても何ともない。

 あまりにも何ともないので私も薄いピンクを一口食べた。

 間違いなくショートケーキだ。良いクリームのショートケーキだ。酸味のある苺と良く合っている。

 ではない。何だこれは。



◆結局

 同僚が嬉しそうに大きな瓶にぎゅうぎゅうと詰めた物を見せてくる。全て異なる色をした例のあれだ。

 あれからしばらくして何匹も見るようになった。


 あれは敵だったのだ。

 隙あらば私達の食料を食い漁る。食べ尽くす時もあれば味見をして止める時もある。個体によって好みがあるらしい。食べる量も違うのだろう。

 好物のさくらんぼを食い尽くされた同僚は呆然としていた。もう今年分は収穫が終わっているからな。


 そこで奴らが食うなら私達も食おうと言うことになった。

 そう、あれらは私達の食料となったのだ。


 色も違えば感触も違う。まあ総じて柔らかいがマシュマロのような個体もいればゼリーのような個体もいる。

 ちなみに素材も違う。小麦に大豆、米にトウモロコシ。でんぷん質に寒天とゼラチンなど。

 今のところ共通しているのは長い耳が2本ありほぼ楕円球のうさぎの様な形、そして目がチアシードであることだけだ。

 なので私達はこれらをこう呼称することとした。


 ――Chiatt(チアット)



◆追記

 今日食べた白いチアットからゴマを感じた。

 まあいいかと飲み込んだ。

 決めた名称が揺らいでしまうじゃないか。



◆そういえば

 最初に見つけたクリーム色の個体は特殊個体だったらしい。最初のみクッキーを断りもなく食べたがその後は私に催促をしてくるようになった。

 与える私も私だが。

 娯楽の少ない生活でつい構ってしまう。


 他のチアットを食べている今もクリームだけは飼っている。水槽は住みやすいように整えて小さな梯子をかけてある。

 そうしておくと休憩中の私に近寄って来ることがあるからだ。

 大変愛らしい。

 同僚が羨ましがっているが渡す気はない。クリームも同僚の元へは行かない。


 自分も見つけるんだと同僚は躍起になって休憩の度チアットを追いかけ回している。


 私はクリームに長く生きろよと思いつつ今日もチアットを食べるのだ。

 お、これは麻婆豆腐だ。うまい。



◆蛇足

 同僚の部屋に濃いピンク色のチアットが詰め込まれた瓶がいくつも並んでいた。

 聞けば瑞々しいさくらんぼの味がするそうだ。

 そうか。

 良い笑顔の同僚が一匹くれた。

 味わって食べよう。



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Chiatt(チアット) 鶫夜湖 @tugmiyako

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