女子高生、卵を産む

浮谷真之

前編

丸上まるがみ先輩、その卵焼きどうですか?」

「ん? 普通にうまいけど?」


 期待と不安とハムスターが入り混じったような表情で聞いてきた笹倉ささくらに対して、俺は取り繕うでもなくそう答える。


 強いて言うなら色が普通よりもオレンジっぽい気がするけど、それはあえて言う必要もないだろう。彼女の初めての手作り弁当に対して弁当箱の隅をつつくようなダメ出しをするほど俺も野暮じゃない。第一、卵をこんなに綺麗に巻くのは俺には無理だ。


 しかし、俺の返答に対して笹倉からは不思議な言い回しが返ってきた。


「よかったぁー。それ、私の卵で作ったんですよー」

「私の卵……?」

「丸上先輩の卵じゃありませんよ。笹倉後輩の卵です」

「そりゃ分かってるけどさ……いや、分かんねぇぞ。笹倉の卵ってどういう意味?」

「これは極秘なので、誰にも言わないでもらえますか?」

「ああ……」


 笹倉につられて周囲を確認するも、まだ夏の暑さが残る校庭にはほとんど誰もいない。かなり離れたベンチに何人かがまばらに座っているだけだ。


「実は私、卵生なんです」

「らん……せい?」

「要するに、赤ちゃんじゃなくて卵を産む身体なんです」

「え、なにそれ!? そんなことってあるの!? もしかして宇宙人!?」

「失礼なこと言わないでくださいよー! 私はれっきとした地球人です!」

 リスのようにぷーっと頰を膨らませて抗議した笹倉は、打って変わって真剣な表情でこう続けた。

「人体実験を受けて身体を改造されたんです」


「人体実験……?」

 耳慣れない物騒な単語に俺は思わず眉をひそめる。


「はい、少子化対策の人体実験です。適性があるとかで、小学生の時に受けたんです」

「えっと……なんで卵を産むのが少子化対策になるわけ?」

「まず、出産って女性の身体にとって結構な負担なんですよね。つわりとか、お腹の重さとか、産むときの痛みとか」

「ああ」

「卵の場合、サイズが小さいから産むのが楽ですし、専用の孵化器兼保育器に入れておけば約一年かけて普通の零歳児と同じ状態に育ちます。その間、母親は普段と同じように生活できるので、出産までの負担が大幅に軽減されるんです」

「なるほど」

「それに、卵は月に一回産まれるので、全部有精卵だった場合はたった一年で十二人の子供を作れることになります」

「おお、そりゃすげぇな。育てるの大変そうだけど」

 大変っていうか、無理だろうけど……。


「あと、万一母親に何かあった場合でも卵は生き残ることができます」

「ふむ……」

「哺乳類は子供の生存確率を高めるために卵生から胎生に進化したわけですが、安全な生存環境とテクノロジーの助けさえあれば卵生の方がかえって合理的ってことですね」

「でもさ、毎月卵を産むのって大変じゃね?」

「そうでもないですよー。鶏の卵よりも一回り大きいぐらいのサイズで、数分で産めますから。生理よりも卵を産む方が間違いなく楽ですよ」

「あー、確かにそうかもな」

 って、どっちも経験したことがない俺が言えたことじゃないけどさ……。


「それにしても、笹倉にそんな過去があったなんて知らなかったよ」

 うーん……でも、笹倉はほんとにそれでいいのかな? 確かに客観的に見れば便利かもしれないけど、ある意味、人間じゃなくなるような改造を受けたわけだよな……。


「あ、でもでもー」

「ん?」

「人体実験を受けたってのは嘘です!」

「はいぃぃ!?」

 いやいや、話が根底からひっくり返っちゃってるじゃん……。心配した俺の気持ちはどこに持っていけばいいわけ?


「宇宙人なんて言うから、ちょっとからかっちゃいましたー」

 笹倉は小悪魔にチョコレートをトッピングしたような満面の笑みを浮かべて「てへへー」と笑っている。


「はぁ……。で、どこまでがほんとの話なわけ?」

「卵生なのは本当ですよー。なんなら今度見せてあげますよ。原因はカモノハシ症候群っていう、一種の病気というか、生まれつきの体質です。全国でも数十人しかいないから、あんまり知られてませんけどね」

「カモノハシ症候群……?」

「ほら、私ってお尻の穴が無いですよね?」

「いきなり何!?」

「気づいてませんでした?」

「えっと、無いなーとは思ってたけど、女子ってそういうもんなのかと」

「あー、やっぱり童貞だったんですねー。見栄張らなくていいのにー」

 小悪魔がチシャ猫のようにニヤニヤしながら、箸を持った手でツンツンとつついてくる。


「いいじゃん、ちょっとぐらい見栄張っても……」

 しかし、なんでこんな流れでばれるんだ……解せぬ……。


「で、さっきまでの話と尻の穴に何の関係があるわけ?」

「聞いたことありませんか? カモノハシって、哺乳類なのに卵生で、しかもオシッコもウンコも卵も全部同じ穴から出すんですよ。私の身体もそれと同じなんです」

「あー、それでカモノハシ症候群なわけね」

「ですです! それに、病気といってもさっき挙げたようなメリットばっかりなので、ぶっちゃけお得です」

「なるほど。で、産んだ卵はいつもこうして食べてるわけ?」

「はい、捨てるのももったいないので。普段は産んだらすぐ自分で食べちゃうんですが、せっかくなので二個集めて、二人分の卵焼きにしてみたんです」

「でもさ、俺はいいけど、自分の身体から出たものを自分で食べるのって気持ち悪くないの?」

「えー、別に気持ち悪くないですよー。よくあることじゃないですか。ほら、鼻くそとか、煎じた爪の垢とか」

「高校生にもなって鼻くそを食べるな。それに、煎じた爪の垢は自分で飲むもんじゃないだろ」

 いや、他人のも飲まないけどさ。


「はうぅ……。まあとにかく、お弁当食べましょう!」

「ああ。ちなみにこれって、無精卵ってことでいいんだよな?」

「そのはずですが、もし有精卵だったらそれは先輩の子供ですよ?」

「げ……」

 え、待て待て……俺、自分の子供を食べちゃってるの? いやいや、落ち着け! 避妊はいつも完璧だったはずだ……。そうだよな……。


「大丈夫……なはずだぞ?」

「はい、大丈夫ですよー。有精卵は色が違うので、すぐ分かります」

「それを先に言えー!!」

 ただでさえ暑いのに、変な汗かいちゃったじゃねーか。


「勘弁してくれ。せっかくのうまい弁当がまずくなる」

「あ、美味しいんですね! よかったですー!」

「うるせー」

「うふふっ」




 ——俺が恋に落ちた小悪魔は、今日もしっかり小悪魔だった。


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