第70話 そして春が来た

 時は少しだけ流れて、3月も末。

 もう4月になろうかという時分じぶん

 この時期になると、イチゴの出荷もピークを過ぎて、少し作業に余裕が出てきます。


 先月建てた暖房付きのサクランボハウスの運行状況も良好。

 設備投資にうん百万ほどかかりましたが、サクランボちゃんのためと思えば安い安い。


 そして、本日は午前でお仕事は終了。

 農場内のレクリエーション活動に時間を割きます。


 農業に激烈な愛を、従業員には心ばかりの愛を。

 俺の経営理念です。


 うちの農場には、古い桜の木が三本並んで生えていまして、最初は叩き切ろうかと思ったのですが、野菜と同じ植物という事でヤメておいた経緯があります。

 その桜が、本日満開。


 そうです、奈良原農場でお花見が開催されます。

 それとは別に、お祝い事もありますので、一石二鳥です。



「えー。あー。そのー、まあなんですね、春と言えば、出会いが別れて、なんかくっついたり離れたり、まあ色々ですけど。はい、あのー。何でもありません」


「よっ! 奈良原新汰! それでこそお前の挨拶!!」


 ペタジーニさんに呼応するように、ピーピーと指笛を鳴らす御日様組の若い衆。

 ヤメてもらえます?

 コミュ障って下手に話題の中心になると、極度のストレスを感じるんですよ?


「では、新汰さんに代わりまして、将来のお、お、お嫁さん候補の、私が仕切らせて頂きまひゅ! えー、こほん。莉果ちゃん、大学入学おめでとうございます! そして、凛々子さん、大学卒業おめでとうございます!!」


「ほれ、新汰! あれ渡さねぇと! アレ!!」

「ええ……。本当に渡すんですか? あまりにもペタジーニさんがしつこいから、作るには作りましたけど……」

「いいからやっとけって! ぜってぇ盛り上がっから!」


 ペタジーニさんの助言って、ちょいちょい外れるから嫌なんですよね。

 ほら、降水確率50%とか、一番モニョっとする数字じゃないですか。


「では、あの、はい。記念に、粗品をプレゼントします」


「えーっ!? なになに? お兄なにくれるのー!? オシャレなアクセサリーとか!? って、それはお兄にはハードルが高いし!」

「わたしは何でも嬉しいよー? なんだろうねー?」


「はい、じゃあ、これ。なんか、ペタジーニさんが知らない間にデザインしていた、うちの農場の社員バッジです」


 奈良原のイニシャルNの周りにイチゴと野菜がちりばめられたバッジ。

 ペタジーニさんは、「シュタゲ見てたら思い付いた!」とか言っていました。

 オタクの牛にも困ったものです。


「わぁー! なにこれ、可愛いじゃん! やば、あがるし! ウチ、大学につけて行く! これ見せたら絶対友達増えるし! お兄、ありがとー!」


「えっと、これ、わたしも貰っちゃっていいのかな? 一応わたし、明日から種苗園を継ぐんだけど。え? いいの? ……じゃあ、貰うね! あはは、嬉しい!」


 だから言ったんですよ。

 社員バッジを作った方が一体感が増して、気持ちも一つになるって。

 ペタジーニさんは実に有能な牛。



「では、皆さんもバッジを取りに来てください。別に、付けるのが義務とかじゃないので、気が向いた時だけ付けて下されば結構です。ぶっちゃけ結構高いものなので、換金だけは勘弁してください」


「んー! これで私、いつでも道の駅を辞められますね!」

「辞めないで下さい。何でも言うこと聞きますから」

「あー! 今の言葉、忘れないで下さいよぉー!? わたし、ずーっと新汰さんと一緒にいますからね! 重い女って思われても平気です!! これ、約束ですよぉ!」


「今は覚えておきますが、確約はできません」


「お前マジで忘れるもんな!」



「阿久津のおじき。組のバッジがあるんですけど、どっちを上にしやすか?」

「じ、自分! 農場のバッジを上にしたいっす! す、すんません!!」

「自分もです! もう、極道の世界は……。ああ、すんません!!」


「おどれら……。御日様組のバッジをこっちに寄越せっちゃあ」


「は、はい」

「破門っすか」

「すみません」


「何を勘違いしちょるんじゃ。ワシも、組の偉そうなバッジを外してじゃのぉ。こんなもんは、こうじゃ! ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


 阿久津さんが、自分たちの組のバッジを粉々にしています。

 なんかよく分かりませんけど、ゴミは持ち帰って下さいね?


「今日からワシらは、奈良原組の専属じゃあ! さかずきわした新汰と共に、農業でてっぺんまで登り詰めちゃろうやないか! のぉ、おどれら!」


「お、おじき!」

「自分、おじきに一生ついて行きます!」

「嬉しいなぁ。本当に嬉しいなぁ」


「おどれら、きたるサクランボの収穫じゃがのぉ、ワシら奈良原組が一等賞を取るけぇ、気ぃ入れて掛かれよ! 半端な覚悟じゃ許さんけぇのぉ!!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


「なんかよく分かりませんが、頑張って下さい。チーム元ヤクザの皆さん」

「言い方ぁ! お前に忠誠誓ってんのに! もうちょっと言い方ぁ!!」



「新汰くん、明日からはお仕事の正式なパートナーとしてもよろしくねー! わたし、バリバリ働くから、いっぱい買ってくれると嬉しいなー?」

「なんでも言い値で買います!」

「あっははー! 新汰くんは出会った時から全然変わんないねー。これからも、そんな新汰くんで居てくれたら、うちのお店も安泰かなー」


「いっそ、お店ごと買い上げたいです!!」


「マジでやりそう! お願いだから、そん時は一言相談して!?」



 さて、チロルさんと雪美さんはどこに?

 あ、もう普通に料理食べてますね。

 そこに加わる莉果さん。


 ……莉果さん、母屋に住むとか言い出しませんよね?


「チロルさん」

「はっ! 犬飼チロル二等兵、食事の毒見をしていたであります!!」

「また、随分と大量の毒見をしましたね……」


「ぴ、ぴぃぃぃっ! すみません、ごめんなさい! わたし、止めたんですけど」

「雪美殿、まだまだでありますな! あたしを止められない場合は、一緒につまみ食いをするのであります! 一緒に罪の味を共有すると、より美味しいのです!」

「ぴっ! う、嬉しいですぅ。ぴぴっ!? 奈良原さん!? ごめんなさい!」


「まあまあ、お兄! 2人も反省してるみたいだから、許してあげるし!」

「莉果さん、今のり巻き食べてませんでした?」

「お兄! そーゆうとこある! 空気読めし! はあー。やっぱりお兄はウチがいないとダメダメだし。仕方がないなー」


「いえ。間に合っています」

「ちょっとー!? まだ何も言ってないんだけど!? ひどいし!!」


「だって、うちの母屋に住みたいとか言い出しそうなんですもん」

「えー! ダメなの!? だって、パパとママから、一人暮らしはダメだけど、下宿なら良いって言われたんだもん! ウチだって家を出たいしー!!」


「ええ……。そんな事を言われても」


「新汰さん、許してあげましょうよ! みんなで住んだ方が楽しいですよ!」

「さすが凪紗さんだし! おっぱい強者は違うし!」


「凪紗さんが出て行ってくれるなら」

「ごめんね、莉果ちゃん。大学の女子寮に入れば良いんじゃないかな?」


「変わり身はやっ! ねー、お兄ー! 良いじゃんかー! ねーえー!!」

「これ以上同居人が増えて、俺に何のメリットがあるって言うんですか……」



「お姉の目を盗んで、珍しい作物の種とか苗、密輸するし!」

「もう仕方がありませんね! 引っ越しの日時が決まったら教えてください!!」



 ひとしきり従業員の様子を見たところで、やっと俺も座って料理が食べられます。

 1人でやっていた時は気楽で良かったのに。

 経営者に担ぎ上げられてしまって、まったく面倒たったらないですよ。


「おいおい、新汰! なに桜見つめて物思いにふけってんだよ! 飲もうぜ! お前の好きなスーパードライ持って来た!」

「別に好きじゃないんですけど。まあ、ありがとうございます」


「なあ、農場、賑やかになったな! 毎日退屈しねぇよ!」

「そうですね。思えば、ペタジーニさんが訪ねて来たのが悲劇の始まりでした」

「オレ、こんなに夢中になれる事を見つけられたの、お前のおかげだと思ってんだぜ! あのよ、言い出し辛かったんだけど、いい機会だから、言うわ!」


 ペタジーニさんは、少しバツの悪そうな顔をしてから、言うのです。



「デスゲームで新汰に会えたことが、オレにとって人生最大の幸運だったぜ!!」



「ペタジーニさん……」

「おお!」


「あの、最後を締めるのが牛なのはどうかと思うんですけど……」

「お前は本当にコミュ障だな! どうして良い空気を破壊できるの!? 前世は削岩機さくがんきかなにかだったのかな!?」



 こんな感じで、いつの間にか様変わりしてしまった俺の農場。


 だけど、居心地は悪くない。

 そんな風に、時々思ったりしています。


 これはここだけの秘密にしておいてください。

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