スローライフ編 その4

第68話 敏腕な事務員、加わる

 デスゲーム終了から2日。

 今回も怪我人なし。無事故無違反で帰宅と相成りました。


「奈良原さん、こんな感じでどうっすか!?」

「すみません。良し悪しがさっぱりなので、阿久津さんに聞いて下さい」


 現在、デストライアスロン本社ビルから奪って……もとい、お譲りいただいた照明器具と高性能カメラを使って、防犯設備を強化中です。


 特に、今回何の役にも立たなかった阿久津さんには働いてもらいます。

 ヤクザの若頭は伊達じゃないと信じたいです。

 どんな時でも他の組からカチコミがあって良いように、警備システムは万全でしょうから、こんなに適役もいませんよ。


「赤岩、ちぃとライトの位置が高いのぉ! 佐藤はカメラのアングルが悪ぃけぇ、右に寄せぇ! アホ! ワシが右言うたらお前の左じゃあ!」

「阿久津さん。ここが終わったら、ハウスの方もお願いしますよ」


「あ、新汰ぁ? なんか、ワシの使い方だけ荒くないかのぉ? 気のせいじゃったらええんやが。ああ、その目は気のせいじゃないのぉ……」

「だって、荒事で一番輝きを放つはずの阿久津さんが、デスゲーム開催時に酔い潰れて寝てたんですよ? 信じられます? 来年47でしょう?」


「す、すまんかったけぇ、年齢を言うて追い詰めるのは許してくれぇや……。これが若い奴らの言う、リアルにへこむっちゅうヤツなんじゃのぉ……」


「おいおい、あんまりおじきをイジメるなよ。人間、生きてりゃ誰だって失敗のひとつふたつくらいするだろ?」

「えっ? ペタジーニさん」


「牛なのに人の生態に詳しいんですね! じゃねぇよ! 人類だわ!!」

「…………」

「おいぃ! オレの予想が当たったら、目に見えてねるのヤメてくんない!?」


 車庫にハイエース6号が入って来ました。

 凛々子さんが戻ってきたようですね。


「すみません、ペタジーニさん。牛の話はまた後で」

「先読みしてもダメとか、マジでオレ、牛になるしかねぇのな……」


 凛々子さんには、郷田農場へ行ってもらっていたのです。

 彼女は別に、普通に酔っていただけなので、申し訳なく思う事なんてないのですが、「ごめんねー」とやたら反省しているので困ります。


 年頃の女子のご機嫌をどう取ったら良いのかも分からないので、仕事をしてもらう事で自責の念を晴らしてもらう事にしました。


「奈良原殿! ただいま戻ったであります!」

「新汰くん、ただいまー。郷田農場の桃とサクランボ、見て来たよー」


「ど、どうでしたか!? はぁ、はぁ……。うちの農場で育てられそうでしたか!?」

「うん。サクランボはハウス栽培になるけどね。桃の方は、思ったよりもしっかりしてたよー。そっちは植え替えたら、来年の夏には収穫できそう!」


「そうですかぁ! いやぁ、桃、楽しみだなぁ!」

「でもね、新汰くん。サクランボのハウスはまた結構な額の初期投資が必要だけど、大丈夫?」


「イチゴが好調ですし。どうにかなるんじゃないでしょうか。よく分かりません!」


「うんうん。自信満々だねぇー。これは、職場見学に力を入れないとだね!」

「そうですね。うちに足りていない最後のピースは、事務職員! それで、獲物はどこですか? まだ車の中ですか?」


「ぴっ、ぴぃぃぃぃぃっ!!」

「あっはは。チロルちゃんの後ろに隠れてるよー。新汰くんが獲物とか言うからー」


「雪美殿、大丈夫であります! ここの農場は、郷田殿のところと違い、女子も多いでありますし、何よりご飯が美味しいのであります!!」


「ああ、良いですね、チロルさん。今のアピールは良いです。凪紗さんが道の駅で貰って来たサツマイモ焼いてるんですが、いっぱい食べて良いですよ」


「聞いたでありますか、雪美殿! こんなにステキな職場は他にないでありますぞ!!」

「ぴっ、ぴぃぃぃ……。お、女の人が多いのは、ちょっと安心できるかも、です。郷田農場、女子はわたしだけだったので。あ、ごめんなさい!」


 コミュ障に天啓が。

 どうやら、女性の活躍できる職場アピールをすれば良いと判断。


「そうです、うちは女の人が多いですよ。あとは、ヤクザと牛しかいません!!」

「ぴっ!? や、ヤクザ? あ、あだ名ですか? ごめんなさい!」


「いえ? 反社会勢力の事を指してますよ? 若頭のおっさんが1人と、若い衆が3人います。あとは、来年女子大生になるバイトの子がいますね」

「ぴっ、ぴいぃぃぃぃっ!? ち、チロルさん!? あの、ヤクザの人って」


「皆さん気の良い方たちであります! 雪美殿もすぐに慣れると思うであります!」

「ぴぃぃ……。そうでしょうか」


 タイミング良く、あっちから歩いて来るのはチーム御日様おひさま組。

 

「新汰ぁ! 玄関は警備を厳重にしようかと思うてのぉ! 遠隔で麻酔針でも飛ばせるようにしちゃろうかと考えちょるんじゃが」


「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


「おお、そっちの嬢ちゃんが噂の敏腕事務員かいのぉ。お控えなすって、ご苦労さんでござんす! 手前てまえせいは阿久津、名は譲二。稼業かぎょう昨今さっこん駆け出しの身」


「ぴっ、ぴっ、ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


「チロルさん、藤堂さんは何と?」

「なんで顔にそんなに傷があるんですか、わたし怖い人苦手なんです、くっ、殺せ……と言っているであります!!」


 最後のヤツ、本当に言ってます?

 とりあえず、事情は分かりました。


「阿久津さん」

「おう、どがいした?」

「お金あげるんで、高須クリニックで顔の傷全部消してきてください」


「ええ……。ワシのアイデンティティを全否定せんでくれぇや……」

「じゃあ、とりあえず藤堂さんの見学が終わるまで、プレハブ小屋にでも引っ込んどいてください。正直邪魔です」

「へい。これはすいやせん……。はよぉ次のデスゲーム起きんかのぉ……」


 名誉挽回のために不吉な言葉を残して去らないで下さい。



「お兄ー! お芋がそろそろ焼けるってー! あー、新人さんだし! ウチ、白木屋莉果! そこにいる凛々子お姉の妹でーす! よろしくっす!」

「ぴっ、ぴぃ……。よろしくお願いしますぅ」


「雪美さんで良いかな? ねーねー、雪美さん、ちょっと聞きたいんだけど!」

「ぴっ!? え、あの、うん。そのくらいだよ」


「何の話でしょうか?」

「あははー。多分、新汰くんが全然興味ないことだと思うよー」


「お兄! 雪美さん、おっぱい弱者だった! ウチ、すごく仲良くなれそうだし!」

「そうですか! 藤堂さん、良かったですね!」

「それは良かったのかなぁー? まあ、お芋食べに行こうか?」

「犬飼チロル二等兵、空腹度マックスに仕上げておいたであります!!」



「あー、皆さん! ひどいですよぉー、私だけお芋のお世話なんてぇ!」

「それで、塩梅あんばいはどうですか?」

「ちょうど良い感じですよ! フカフカに仕上がってます!」


「さすがです、凪紗さん! ずっと母屋に住んでいて下さい!!」

「ひゃ、ひゃい! ふちゅちゅか者ですが、よろしくおにゃがいしましゅ!」


「あそこにいるチョロそうなおっぱい強者が凪紗さんだし! おっぱい以外はすっごく良い人だし!」

「ぴっ。本当だ、優しそうな人ですぅ。あの人も職員なんですね」

「それは違うであります!」


「ぴっ?」

「凪紗殿は、奈良原殿のそばにいたいがあまり、母屋に住居を移したのであります! 普段は道の駅で働いておられるのであります!」


「ぴぃぃっ……。ちょっと意味が分からないですぅ……」


「さあ、皆さん、お芋をどうぞ。藤堂さん、遠慮しないでどんどん食べて下さい! 帰るのが億劫おっくうになったら、どうぞ母屋へ! いつまでも居て下さい!!」


「ぴぃっ!? こ、こんなわたしでも、必要として貰えるんですか?」

「何を言っているんですか。俺は、あなたが欲しくてデスゲーム攻略をしたくらいですよ! あなたのためなら命を張れます!!」

「ぴぴっ……。ご、ごめんなさい! でも、ありがとうございますぅ……」


「あーあー。お兄がまたなんか言ってるし」

「私はもう諦めました! 浮気を許すのも女の甲斐性ですよ!」

「あっははー。どうして新汰くんって、ああいうの無自覚に言うのかな?」

「それが奈良原殿の魅力であります!」



 それから2日後。

 12月28日。我らが奈良原農場に待望の事務職員が入社してくれました。



「ぴっ、これから、よろしくお願いしますぅ! ぴぃぃ、頑張りますぅ!!」


 新メンバーの名前は、藤堂とうどう雪美ゆきみさん。22歳。

 奈良原農場は、これにて完全体となったのです。

 忘年会は派手に行こうじゃないですか。


 俺のテンションがこんなに上がるの、生まれて初めてかもしれません。

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