訓練



 頬張った鶏肉を喉に流し込む。


『ユウカ、後ろは任せた』


『うん、任されたよ』


 流石は乱入者として参加してくるだけの奴らだ。


 檻から解放された魔獣達によりすぐさま会場は乱戦状態になった。



 ただ俺達の周りだけ人が一人も来ない、魔獣達も一匹も来ない。


 まず先に闇の勇者や魔力無しの俺が狙われると思ったが違うようだ。


 パートナーで参加している筈なのに連携が取れてる奴らは殆どいない。


 魔獣と参加してる奴も居るぐらいだしな。


 魔獣が勝てば飼い主に報酬が行くのか? そんなくだらない事を考えてる余裕すらある。


 ユウカが後ろでブツブツと何かの詠唱をしていたが、それも終わったらしい。


「俺の出番はないみたいだな」


「僕を誰だと思ってるんだい?」


「俺の妻だが?」


「も、もう! そういうのはいいってば!」


 何が恥ずかしいのか俺がユウカを見るとフードを深く被り直した。


 ユウカはゆっくりと右手を上げる。


 乱戦状態の中で一瞬の時が止まったかのように周りの視線がユウカに降り注ぐ。


 そして戦いを忘れたかのような静寂。



 パチンと指を鳴らすと同時にユウカを起点に魔力が波のように広がっていく。



『眠れ』



 その一言は小さい声だったが静寂の中、一際大きく聞こえた。


 バタバタと連続して倒れていく人や魔獣。


 周りを見渡すと気を失ったように眠っていた。


 そして俺の視界も真っ暗に染まった。






『おぉっと! 闇の勇者の一人勝ちだァァァアアア!』




 ミライちゃんの実況が僕の耳を突き刺す。


 闇の勇者のファンだったらしいから少し熱くなってるのかも知れない。


 勝利条件を満たした僕の目の前の空間が歪む。


 眠っているクレス君の手を取り僕の肩にかける。


「クレス君には魔法がかからないように制御したつもりなんだけど」


 油断しすぎだよ。


 僕はクレス君のほっぺたを仮面の上から指でつつく。



『あっ! お姉ちゃ……闇の勇者さん、大会規定によりパートナーの方以外、攻撃魔法の使用に制限を設けますので配慮してください』



 ミライちゃんの説明に納得するリリアちゃんと条件は一緒って事ね。


 制限を付けるのは本当は僕じゃ無いんだけど。



『それでは勝者に惜しみなき拍手を!』



 僕達は拍手喝采で見送られながら次元の歪みに足を踏み入れた。






 私達はメルカトラス学園の皆んなと模擬戦争の真っ只中だ。


 リリアママの指示通りに動いている。


 右側の何も無いと思ってた所から激しい音が鳴ると、氷の膜が出現していた。


 私を何かから守ったのだろうか?


『ユリアちゃん、右手の方向の魔力探知が疎かだよ』


『はい!』


 リリアママは私達に戦闘訓練を積ませながら、守りながら戦っていた。


 優秀な生徒達が集められているとは思うけどリリアママが居なかったら何度も負けても可笑しくない状況はあった。


『詠唱が済み次第、私の指す方へ全力で撃ってください』


 後衛陣が大規模な魔法の詠唱をしている。


 前衛の私とティアと他に三人が時間稼ぎだ。



 リリアママは魔力の気配が全く無いところに指を向ける。


 その場の誰もが疑問に思ったが信頼するリリアママの指示通りに大規模な魔法を放つ。


『『『シャイニング・フレア』』』


 周りを焼き焦がす程の太陽が出現する神級魔法。



 何の魔力も感じなかったはずの森の中から魔力が漏れ出ると太陽に向かって色とりどりの魔法を放っている。


 急に現れた太陽に抗う術を準備してなかったのか太陽の勢いは止まることなく前方に見える森を全て飲み込んだ。


「今回もよく出来ましたね」


 リリアママはパチパチと手を叩くと私達に賞賛の言葉を贈る。


「なんで分かったの?」


 私はリリアママになんで敵の位置が分かったのか聞いてみる。


「あれぐらいの魔力探知ならパパを探すよりも簡単だよ」


 言われてみればパパを探した事なんて無いけど、あの人は魔力が全然無いから家に居ても分かるかどうかだと思う。



「皆さん構えてください」



 リリアママの声で私達は剣を構える。


 リリアママの視線を追って敵の位置を探ると一人の金髪の男の人が森の中から姿を現した。


『あれ? 能力使ってたのになんでバレるんだ?』


 その男の人は自分が見つかっていた事が信じられないというふうに首を傾げている。


 リリアママ以外は男の人の存在に気づいてなかったんだから……この時点で私達はまた負けても可笑しくない状況だった。


 まだ経験が浅いから大丈夫よ、と優しい言葉を掛けてくれるリリアママ。


 リリアママは金髪の男の人に声をかける。



「トレファス君ですよね? 貴方の国の人達はどうしたのですか?」


「俺の名前を知ってるのか、まぁ有名人だしな! 雑魚共とは別行動だ」


「貴方は一人で行動しているのですね、では……」



 話をしている最中にリリアママは右手をトレファスに見えないように背中に隠し空中を指で撫でる。


 すると魔力で出来た文字が浮いて来た。


 私達への指示。


『逃げる準備を』


 一言だけだが、それ程とは思えない相手に何故? と思ってしまう。


 トレファスと目が合った気がした。


 全身を値踏みされているような嫌悪感が身体中を駆け巡る。


『バトルフィールド』


 トレファスが何かを呟くと、私達を半透明な膜が囲む。


 まるで簡易的な闘技場のような感じに見える。



「リリアさん、くだんねぇ話なんてやめようぜ」


「貴方が相手じゃ全員を守り切れるかどうか、もう少し戦闘経験を積ませたかったのですけどね……皆さん、戦闘準備」



 リリアママの声と共に緊張の糸を引き締める。


 今までの段取りと一緒、私達前衛が時間稼ぎをして神級魔法で決める。


 あの目、気持ち悪いわね。



「さて、俺の婚約者達の品定めでもするとしようか」


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