仮面




 私は妹のティアといつも一緒に登校している。


 毎年恒例になっている競技大会はバトルドームという施設を学園が借りて行われる祭りのようなもので、普段のバトルドームはプレイヤーと呼ばれる戦士達が腕を磨く場所として使われる。


 そのプレイヤーは勝ちでポイントが増えて、負けたらポイントが減っていくんだって聞いた。ランキングベスト10のプレイヤー達は別名でランカーと言われたり、それだけで国から支援金を貰えたりするらしい。


 有名なランカーが居る国々はそれだけ力を持つから、支援金は滞在してもらう為の建前のような物で国のパワーバランスを調整して無闇に戦争が起らないようにしてるのよってリリアママが言っていた。



「お姉ちゃん〜」


 ふと私を呼んでる声に立ち止まる。


 普段の街並みにはない屋台が至る所に立ち並んでいて、その一つの屋台の前でティアが物欲しそうに私を見つめる。


 朝ご飯を食べたばかりなのにと私は思うが、こんなに可愛い妹のお願いは断れない。


 私はティアが欲しがっている物を指さして「これを一つください」と言うと「まいど!」と元気がいい店主のおじさんが鶏肉の串焼きを二本袋に詰め始めた。


 私は間違ってますよ? と言おうとしたがおじさんは「可愛いお嬢さん達にオマケだよ、二人で食べな」と私に袋を渡してきた。


 私とティアはおじさんにお礼を言いながら学生証を取り出して、店主が持つ販売許可証のカードに翳す。


 支払いも済んで再度お礼を言うと私達は店を後にした。




 今にも涎を垂らさないか心配なティアに串焼きを一つ袋から取り出して渡す。


「えへへ、お姉ちゃんありがと」


 串焼きを頬張りながらニコニコとしてるティアは本当に可愛い。


「お姉ちゃんも食べなよ」


「ティアがもう一つ食べてもいいのよ?」


 何が気に触ったのか私の一言でガクッと肩を落とすティア。


「一緒に食べたかったのに」


「わかったから一緒に食べるから」


 パァっと花が開いたように笑顔になるティアは本当にわかりやすい。


 タレが滴る鶏肉の串焼きを二人で歩きながら食べる。


 本当に美味しそうに串焼きを食べるティア。



 少し後ろが騒がしくて、振り返るとさっき串焼きを買った屋台の前に長蛇の列が出来ていた。


 みんなティアの美味しそうに食べる姿に惹かれたのだろうか。


 私はそれが少し誇らしくなってしまった。



『おい! お前ら邪魔だ!』



 屋台の近くで大声を張り上げる大きな男の人がいた。


 その大男は列を力づくで掻き分けながら歩いていくと屋台のおじさんの前で堂々と立ち止まる。



『おいオヤジ! 屋台の串焼き全部くれ!』



 屋台のおじさんを見下ろす大男だが、おじさんはキッと睨みつける。

 

「列の最後に並んでくれ」


「はぁ? 聞こえなかったのか、俺は……」


「お前さんこそ聞こえなかったのか! 列に並べ!」


 大男はその言葉が気に入らなかったのか、拳を握り大きく振りかぶる。


 急な出来事で私とティアでも間に合わない。



『おいおい、冗談だろ』



 大男とおじさんの間に誰かが割って入る。


 その人物は。


 右手には抱えるように少し大きな袋を持っていて、左手に持っている串焼きの棒を大男の首筋にピタリと当てていた。



『帰りも寄ろうと思ってたのに、今お前に潰されるのは困る』



 そして顔は屋台に売ってある安っぽい仮面で隠れていた。


 だが大男はそれだけでは怯まないのか、首筋に棒を置かれたまま声を出す。


「おい、俺はランカーだぞ! こんな真似をしていいのかぁ?」


 大男に挑発された仮面の男は身体がプルプルと震えているようだった。


「それがどうした」


 怯えている仮面の男に気を良くした大男は更に続ける。


「今なら許してやる、その串を捨てて土下座しろ」


 ついに仮面の男は堪えられなくなり棒を落とす。


「ぷはぁ! フハッハハッハハァハァ」


 腹を抱えて笑い出した。


「おまっプ、この状況でフ、よくそう言えんなプフフ、逆に土下座するのお前だろハァハァ」


 段々と顔が赤くなっていく大男は腹を抱えて地面に膝をついた仮面の男に向かって拳を振りかぶる。


 ランカーと言う程はある濃密な魔力が込められた拳。


 私でもあんな無防備な体制、しかも魔力も纏っていない状態で受けたらひとたまりもないだろう。


 だがそんな心配は杞憂だった事を知る。


 仮面の男はゆっくりとした動きで地面に落ちていた棒を左手で取ったのが見えた。


 その瞬間。


 パキンと乾いた何かが砕ける音がして、大男は仮面の男とは反対に仰け反ってふらつく。


 仮面の男は何時の間にか立ち上がっていて、左手に視線を落とすと持っていた串焼きの棒がサラサラと原型を残さずに消えていく。



 私は小声でティアに質問してみる。


「ティア……今の見えた?」


「目に魔力込めたけど無理だったよ」


 魔力を纏わないでこれだけの芸当が出来る人物を私は知らない。


 ジークさん? いや、魔力が本当になかった。


 魔剣とかでもなく、あんな串焼きの棒で?



 仮面の男は袋から棒を取り出して大男に向ける。


 実力の差は明確で、見ていた私達よりも相対していた大男の方がハッキリ分かっただろう。



『ほら、ちゃんと土下座して皆んなに謝れ、そしたら許してやるよランカー様』



 大男の額から大量の汗が滲み出ている。


 屈辱に顔を歪めながら仮面の男に従う。


 膝を地面に付き、顔も地面に擦り付ける。



『皆さま、私が悪かったです。許してください』



 私達からでもわかる、大男は殺気を出していて仮面の男を睨んでいるだろう事が。


 そんな物お構い無しなのか仮面の男は右足を大男の頭に乗せる。



『聞こえねぇなぁ、なんだって?』



『大変! 申し訳! ございません! でした! 許してください!』


 屋台のおじさんを救った仮面の男だが、今になって思えばどちらが悪い事をやっているのか私はわからなくなった。


「しょうがないから許してやる」


 仮面の男が足を頭から離す。


 大男は屈辱なのか、恥ずかしいからなのか、すぐさま立ち上がると目に涙を貯めながら走ってどこかに消えていった。



 一息付いて仮面の男は屋台のおじさんに歩み寄る。



『じゃあオッサン、助けたお礼に串焼きを全部寄越せ』



 やってる事はさっきの大男と変わらない仮面の男。


 だが騒ぎを駆けつけてか私とティアも見覚えのある人物が現れた。


 フィーリオンの剣聖ジークさんが仮面の男と小声で話しているようだ。





「ちょっとやめて貰えませんかね?」


「はぁ? お前に俺を止める権利はない!」


「ありますよ……本当にマジでやめてください」


「じゃぁお前が奢れ」


 ジークは剣聖の証明書を店主の販売許可証に翳す。


「おじさん、迷惑料込みで入れときますのでこの人が暴れる前に穏便に済ませてくれませんかね?」


「助けて貰ったのは本当だ、少しなら皆んなも待ってくれるだろうよ! でもよ、この店にある一番大きな袋一杯で勘弁してくんねぇか?」


「それで勘弁してやる!」





 ジークさんは屋台のおじさんと少し話すとおじさんは大きな袋に串焼きをパンパンに詰めて仮面の男に渡していた。


 そしてジークさんは仮面の男を連行して行ってしまった。


 呆気に取られていた私達はもう遅刻だと諦めて、いつもように仲良く学園に向かって歩き出した。



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