次元



 ベークは俺の挑発を受けてすぐさま漆黒の剣を手元に召喚する。


 グランゼルが壊れるまでが俺の戦える時間。


 流石に膨大な魔力を纏ってる相手だ、神速を軽々と越えてくる。


 魔力、能力の制限を一方的に受けている状態で、この世界でコイツに勝てる奴なんているのかよ。



『俺ぐらいだよな』



 グランゼルでベークの放つ剣を全て受け流す。


 見切れ。


 見切れ! ……無理だな。


 目で捉える次元は余裕に超えている。


 死にものぐるいで習得して来た俺の最大の武器は、経験値。


 死の匂いを放つ剣を避ける。


 避ける、避ける、避ける。


 極限の状態で相手の太刀筋が全く見えない、昔もこんな状況は沢山あったな。


 一つのミスが死に繋がる。


 何かが掠めると、音は聞こえない。


 耳に届く音は既に遠く昔に振られた剣の音。



 ベーク、お前の今の顔は見なくてもわかるぞ。



 俺より強かった奴は皆んな、同じ顔してたんだよ。


 ありえないって焦ってる顔だろ。






 ベークは思う。


 ありえない!


 何故私の速度に付いてこれる!


 後少し、後少しのはずなのに。


 私の姿が見えている? ありえない! 見えてないはずなのに何故私の剣が当たらない。


 剣の勇者の目は既に私を捉えてはいない。


 だけど別に焦る事はない、私と違って人族の体力は有限。



『もっと集中しろよ、油断は命取りだぞ』



 私の頬に何かが掠めると血が粒のように空中に浮遊する。


 神すらも超える力を持っている私に傷をつけた?


 剣の勇者と違って私は目で捉えている、だけど意識の隙間に入り込んだ太刀筋に私は反応すらも出来なかった。


 この私が?


 少しの油断で攻守が逆転する。


 先程まで私が完全に押していたはずなのにジワジワと剣が私を掠め、血が粒のように飛んでいく。


 何故だ! 何故だ! 何故だ!?


 負ける要素なんか微塵もない、剣の勇者の太刀筋も身体の動きも目で追えている。


 避けるだけなら簡単な事のはずなのに、次元を超えていくような太刀筋に驚愕を覚える。


 私は剣の勇者から離れる、このままでは危ないと。


「もう終わりか?」


「何故だ! 何故、私に傷を付けることが出来る!」






 ベークが俺から距離を取ると、俺の視界に移り込む。


「簡単な事だな、俺が」


 いつだって俺は自分より強い奴の相手しなくちゃ行けなかった。


 俺が負けたら大切な奴等が死ぬからな。



『お前よりも強いからだ』

 


 だからこそ信じるしかなかった俺が最強だと。





 精霊神は魔力が制限された中では自分を維持する事しかできない。


 そんな中で気絶していたリリアが起きる。



『ここは何処?』


 ユウカはそんなリリアに声をかける。


「お姫様はやっとお目覚めかな?」


「ユウカちゃん!? ボロボロでどうしたの?」


 ユウカの姿にリリアは驚きの声をあげる。


 自分の中の魔力が一切感じない違和感がリリアを襲う。


「僕の事より、今はもっと大変な状況なんだけどね」


 暴風がリリア達に吹き荒れる、その中心の方向にリリアが目を向けると、その中に見覚えのある人物が。



『お兄ちゃん』



 周りの事が見えなくなるように、銀髪の少年を凝視するリリア。


「リリアちゃん! 今はダメだ!」


 ユウカの静止も聴かずに声をあげる。




『お兄ちゃん!』




 


 その声は二人にしっかりと届くと。


「チッ!」


 ニタッと笑ったベークに舌打ちしたクレスがリリア達の方に駆け出す。


 クレスがリリア達の前に到達した瞬間に。


 ベークはクレスに両手を向けると濃密な虹色の魔力を魔法に変換する。



『ありがとう神の子、感謝するよ。剣の勇者最大の弱点を教えてくれて』



 ベークの手元から放たれた魔法は球状の玉。


 巨大な玉が周りを飲み込みながらクレスに迫る。


 クレスに逃げることは許されない。


 リリアは自分の仕出かした事に気づいて、声をあげる。



『お兄ちゃん! 逃げて!』



 リリアの声を無視してクレスはグランゼルを構えると、本気を出す事にした。


 剣の勇者の剣は無音を越える。


 構えられた剣は時を切り裂いたように、いつの間にか振られていた。


 クレスの直前まで迫っていた巨大な玉は少しブレると、空間から切り裂かれたように一瞬にして消える。


 ボロボロと崩れ落ちるグランゼル。


「これで自慢の剣術は使えないね、剣の勇者様」


 クレスはこの戦いの結末を悟るとベークに言葉をかける。


「一つ提案を聞いてくれるか」


 クレスは片膝を地面につける。





『見逃してくれないか』





 そこに居た全員がクレスの発言にありえない物を見たような顔をする。


「それ私にはどんなメリットがあるの?」


「お前の言うことなら従おう、コイツら意外なら殺しても文句は言わない」


「今ここで死ねと言ったら死ぬの?」


「あぁ、見逃すと約束するならな」



 最強な勇者のありえない要望にリリアは唇を噛み締める。



『貴方は私のお兄ちゃんじゃない』



 リリアは立ち上がると泣きそうな声でクレスを否定する。


「俺には剣術しかない、コイツに勝つことは不可能だ」


 もうクレスには戦える術がない。


「見逃されるくらいなら死んだ方がッ!」


 ベークを起点にヒュッと風が吹き荒れる。


 一瞬。


 先程まで膝を地面に付けていた筈のクレスがリリアを守るように立っていた。


 その身体には無数の傷が付けられている。


「これが現実だ、リリア諦めろ」


 血をボタボタと垂らしながら、クレスは再度地面に片膝を付けると頭を下げる。



「面白い、抗う力がない剣の勇者なんて怖くない、さっきまで凄く怖い存在だったのに、こうも呆気なく! ふふふ、神の子には感謝してもしきれませんね〜」




 気絶していた幼女が目を覚ますと起き上がる。



『ん、ママ?』



 テコテコとベークに近づいていく幼女。


「貴女は私の計画に大いに貢献してくれました」


「うん!」


 クレスはその幼女に既視感を覚える。


 ベークは漆黒の剣を高々と掲げると。


「だから優しく殺してあげるね」


 クレスはその言葉に目を見開く、先程リリアを守って負った傷のせいで身体が思うように動かない。


 それではベークの速度にはついていけない。


 接点が全然ない幼女のはずなのにクレスは助けようと身体を動かす。


 幼女は何も分からないまま、ベークが高く掲げた剣を見る。



 そして振り下ろされる。


 この場に居るものは誰にも止める事が出来ない。


 その瞬間グラッと地面が……空間が揺れる。


 世界全体が揺れてるような。



 ベークと幼女の間に空間を割ったように亀裂が入るとその隙間から黒剣が現れ、ベークが振った剣はその黒剣に弾き返される。



『間に合ったか』



 銀髪の青年が呟きながら亀裂の中から黒剣と共に現れた。



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