笑顔の敗北



「勝つ気でいる人なんて」



 刹那、ユリアが動く。


 風が頬を撫でるよりも速く、魔法の残粒子が頬にピリピリと突き刺さる。


 それじゃ遅い。


 避けろと条件反射で動く身体。



 ユリアが俺に声をかける。


「あれを避けますか」


 指で頬を撫でると一筋の切り傷。


「避けたって言うのか?」


 切り傷からスーッと垂れる血。


 俺の剣を超える速度の剣。


 これがユリアの本気か……。


 マジで無理じゃね?



 迫り来る無音の斬撃を条件反射で避けていく。


 後ろから物凄い爆発音が響いてるが意識してる暇はないと切り捨てる。


 一撃一撃に神経を研ぎ澄ませ!


 身体中に深々と傷を刻みながら避ける、足を止めることをやめない。


 直撃はその場で終わりを告げる、まだ終われない。


 ドクドクと溢れる血が水面を汚していく。


 俺の敗北が濃厚だとわかったのかすかさずクロが俺に語りかけてくる。


『ユウ様、私の力を使ってください』


『いや、これは俺とユリアの勝負だ、剣を再生してくれてるだけで助かってる』


『そうですね、そんなに楽しそうな顔をされてるのですから、今回は引き下がります』



 クロの声に俺は疑問を覚える。


 笑ってる? 俺がか……。


 段々と身体が思い出す、昔の動きを。


 サボっていたからか、身体の使い方を忘れてたらしい。


 久しぶりに自分の全力を出せる相手だからな、訛ってて負けましたじゃカッコつかない。



『思い出せ!』


 全身が痛い、あぁ素振りぐらいはやっとけば良かったな。


 目を凝らしてユリアの動きを追う。


 勘で避けていたユリアの斬撃がボヤけ始めた。


 急にじゃなくゆっくりと昔の動きを再現していく。


 避ける度にユリアの剣で傷を刻んでいたが、段々とユリアの剣が当たらなくなる。


 もうそろそろ反撃してもいいよな。


 防戦一方の俺はユリアの斬撃を受け止める。


 クロが作った黒剣が壊れると同時にユリアの動きが止まる。



 ……やっと追いついた。



「ッ! 何をしたのですか」


「さっきまでやってただろ、受け止めただけだ」


「避けるのが精一杯だった人が急に私の剣を受け止めるなんてふざけてる」


「違うな、避けることが出来ていた方がふざけてると思わないか」


「それは」


 クロのお陰で復元されていた剣でユリアの黒剣を弾く、そして一歩で距離を詰めると無防備になった身体に剣を横薙ぎに振るう。


 斬ることに一切の躊躇いはない。


 手応えもなく、スッと残像のようにユリアの身体が消えた。


 後ろから声が聞こえる。



『読めてましたよ』



 まぁ、気づいてたけどな。


「闇の勇者の能力か」


「はい、直感で察知して魔力の人形を置いときました」



 動く人形か。


 リリアが好き好んで使う魔法だしな。


 ホーリートレース。


 


「身体が軽い、やっぱり訛ってたみたいだな」


 俺は剣を素振りする。


「何を言ってるのですか?」


 俺はニヤリと笑う。



『ここからが本番だな』






 ユリアは思う。


 私と相対してこれほど戦闘を楽しんでる人を今まで見たことがなかった。


 クレス……わかっていますか、この異常差を。


 この戦いで貴方はずっとオーラルも纏ってない素の状態で私と対等……いや対等以上に渡り合っている。


 まさに神話上の剣の勇者のように。



『ここからが本番だな』



 クレスがそう言うと私の前から消えた。


 最初からそこに居なかったように。


 直感で読むとありえない場所からの斬撃。


 すでに視認はできない程の速度で振られ続ける剣をギリギリで避ける。


 段々と研ぎ澄まされていくその剣に戦慄した。


 厄介なのは、それがまだ、本気ではない気がするからだ。


 直感が言っている戦闘では勝てるビジョンが湧かない。


 先程まで圧倒的に有利だった筈なのにだ。


 最初クレスを見た時には思いもしなかった感情。


 私が負ける?



『終わりだな』



 私は初めて足を止めた、怯んだスキをクレスは見逃さなかった。




 はっと気を取り直し自分が助かってる事を自覚すると首筋で止められた剣、そして笑っている彼の姿。



『……マジかよ』


『何故……』


 あの一瞬で私を戦闘不能に追い込むなんて容易かったはず、何故剣を止めた。


『久しぶりに楽しかったよ』


 そう言ってクレスは光の粒子になり消えていった。




 私は初めて負けたと自覚した。



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