前日



 寂れた教会を背に一人の美少女が剣を振っている。


 その少女の剣は研ぎ澄まされ、剣を振るうと風が少女の後を追いかける。


 長い黒髪がなびき、黒い瞳が見えぬ敵を捉えて離さない。


 幻想の中にいる仮想の敵は銀髪の英雄。


 一振り一振りに想いを乗せて......。



『剣の勇者を超える』



 小さい頃見た英雄の姿は皆に希望を与えた。


 あの銀髪の少年は天才なのだろうか。


 私のような天才。


 皆からよく言われる言葉だ。


 私を育ててくれたシスターには感謝している。


 シスターは小さい私に良く言い聞かせてくれていた言葉がある。



『貴女は剣の勇者よりも大きな希望を皆んなに与えるのよ』



 私にはその才能がある、誰よりも努力したという自信も。


 確かに今では同年代で私より強いと言う人物は聞かなくなった。


 剣術だけは……誰にも負けない。


 私はどんな剣術も一度みれば覚える。


 あの剣の勇者の剣術でさえ、私の物にした。


 私の通っている学園に特別教員として来ている光の勇者のシゲルさんにも勝ったことがある。


 そう、私は強い。


 メディアルの剣聖リリアさん、闇の勇者のユウカさん、ミリアードの剣聖ミミリアさん。


 この三人は最強と言えば出てくる程の有名人。


 だけどその三人は既に卒業していて、フィーリオン剣士学園の学生じゃないのが悔しい、手っ取り早く私が最強だと見せつけられないから。


 今年もミリテリオン魔術学園がラグナロクの優勝を貰う。


 闇の勇者のユウカさんとの約束、今年のラグナロクで負ける事は絶対に出来ない。


 そして願いを叶える。


『私が最強という証明が欲しい』と。


 最強の三人と戦う事が私の願いだ。






 教室で俺は唖然としていた。



『何これ?』



 今ではこんな感じで決まるのか?


 それはラグナロクの出場選手をクラスの中から出し合うという物だった。


 何故か上級生は数名含め誰も出場する者がいないという。


 だから予選は無しと。


 昔は活気づいていたと思うんだけどな。



『まず、クレス君は決まりです』



 前のクラスでは最低にいた俺からすると有り得ないが、ここまで目立ってしまったらしょうがない。



「嫌だ!」



 面倒は嫌だ、上級生にも辞退してる奴がいるなら俺だってその権利はある。



「クレス君お願いします」



 リリアは俺の方に向かってお願いする、少し瞳をうるうるさせながら……。


 ……リリアからのお願い。


 聞くしかないじゃないか!



「まぁ、やってやらないこともない」


 リリアはニコリと笑う。


「そう言うと思ってました」



 くっ! 可愛い。


 昔あった全学年トーナメントとかやらないぶん楽だな。



「そしてフランさんですね」


「はい!」



 リリアに呼ばれてフランは元気よく返事をする。


 妹が選ばれるとは鼻が高い!



 そしてリリアの隣に居たユウカも勢いよく手を上げる。


「僕も出る!」


「ユウカちゃんはダメです」


「えぇ、じゃあ変装して出る」


「ダメです」


 馬鹿みたいな物言いに平坦な声で威圧するリリア。


「はい……」


 ユウカはリリアの威圧に負けたみたいだ。


 俺はふと疑問に思った事を口に出した。


「ところでさ……ラグナロクっていつなの?」



 ここまでやって来て、全然関心がなかった俺も選手に選ばれた事で少しは興味を示してみる。


 クラス中がキョトンとして全員が俺を見てくる、そして呆れたと言わんばかりにリリアが口を開く。


「明日ですよ?」



 ……はっ?



「明日?」


「はい、皆さんには予め伝えてあるはずです。まぁ、クレス君は私の話を聞かずに寝てる事が多かったのでその時に話したのかも知れませんね」



 はい、絶対わざとだ!


 俺が寝てる内に話したな。


 何故か授業聞いてると眠くなるからしょうがない。


 妹ラブのお兄ちゃんじゃなかったら怒ってるぞ。



「それでは、明日の事もありますし今日は終わりにします」





 皆んなが帰った教室で俺とリリアとユウカが残る。


 俺はさっそくリリアに聞いてみる事にした。


「なんで教えてくれなかったんだよ」


 リリアは俺から視線を外し少し頬を膨らませる。


「寝てたのが悪いんですよ」


 可愛いじゃないか! もう俺はリリアを責められない。


 そしてユウカはさらっと言い放つ。


「僕は面白そうだから黙ってた」


 黙ってたのかよ! まぁ聞いてない奴が悪いんだけどな。


 くそ〜! ラグナロクとか面倒くさすぎる。


 そしてリリアはニコニコと笑顔で話す。


「明日はクレス君が頑張れるようにお弁当を作ってあげます、全部お兄ちゃんの大好物を入れときますね」


 何を隠そう、俺はリリアが作るものなら全部大好物だ。


 ユウカは俺を見ながら喋る。


「お兄ちゃん愛されてるね」


 そんな弁当ぐらいではしゃげるなら、苦労しないんだけどな。



「リリアの弁当だと? 頑張る!」


 リリアの弁当だぞ! そこら辺の弁当とは訳が違う! テンションが上がりすぎて明日が待ち遠しくなるレベルだ。


 最近では毎朝毎晩リリアの手料理を食べている俺だが弁当はまた違っていいんだよ! わかるか? 何がいいってリリアが朝から俺の為だけを想って作ってくれる弁当だぞ!


 脳内が弁当ばっかりになってしまったが頭を切り替える事にする。


 俺が出るからには勝つ、その為には何が重要かを考えないとな。


 う〜ん。


 リリアのお弁当……ラグナロク楽しみだな!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る